九
夏祭りの帰り、早くも夏の終わりを感じた僕は早苗ちゃんにメールする。
『トンネルの話だけど、ちょっとわかったことがあるんだ』
『ほんと!? どんなこと?』
どう返そうか、ちょっと考える。
『できれば日が暮れてから、美術館まで行って話したいこと。水曜日はどうだろうって考えてるんだけど』
『じゃあ、図書委員終わったくらいがいい感じかも』
嫌がるかなって思ってたから拍子抜けした。その間にもう一つメールが。
『やっぱりそれじゃ早すぎるから、駅で待ち合わせにしない? 駅前で時間潰してるから』
『わかった。六時に改札でいい?』
水曜日が来た。降りそうで降らなかった雨雲は、お昼頃には消えていった。
海斗だけが現地集合で、僕ら三人は集まった。
「よお。で、大丈夫か」
開口一番、海斗は早苗ちゃんに声をかける。
「人がいるので、まあ。完全に真っ暗でもありませんし」
それでもあたりが気になるようで、完全に大丈夫とは言いがたい。顔も、緊張しているのが丸わかりだ。
「何かあったら海斗が何とかしてくれるよ」
「俺!?」
早苗ちゃんの表情にようやく笑顔が戻った。
「でも、どうしてここに?」
いつ切り出そうかと思っていたら、彼女が言い出してくれた。
「ちょっと試したらね、出来たんだ」
海斗が庭の向こう側を指差す。
「トンネルが出てきたのってこっちの方だよな?」
唐突な彼の言葉に戸惑いながらも彼女は頷く。第一、早苗ちゃんに説明しきる前だ。どうやらこいつも緊張しているらしい。
「よかった。じゃあ、ちょっと行ってくっから後よろしく」
止める間もなく行ってしまった。
「先輩はどこに?」
「庭の向こう側」海斗に遮られてしまった続きを話す。「あの光、再現できたから、もう大丈夫」
ああ、とも、うん、とも付かない返事が帰ってくる。
もうすぐだ、と思った。向こう側まで何十秒もかからない。
そう思っているうちに、早苗ちゃんの言ったとおり、すりガラスがぼんやり光って、彼女は息を呑んだ。僕にとっては水曜日に見た光景と何も変わらない。
「あの世のトンネルでも、シロでもなかったんだよ」
子犬の影の変わりに海斗の手が大きく影となりひらひら動く。
早苗ちゃんは安心したのかまだ不安なのか、少しがっかりしたようも見えて、どう判断していいのかわからなかった。だから僕はとりあえず続ける。
「……光るものなら結構あるんだ。僕らが始めに来たときは昼間で気付かなかったんだけど、海斗が何もないところをまっすぐ飛ぶ虫を見つけた」
ライトが消えた。行こう、と言って、僕らも海斗のいる方へ進む。
「まっすぐ」
「そう。赤外線を目指して飛ぶんだって。赤外線は、センサーとかに使われている。住宅地でそれが使われているとなると、」
曲がり角を曲がると、海斗がこちらを向いて待っていた。
「センサーライト。人が通ったら、勝手に電気が付くやつね」
海斗がカーブミラーを触って示そうとして、やめて指を指す。消えていた電気がまた付いた。
「それが鏡に反射して、丸く光ったんだ。で、鏡の前に手をかざすと俺の手が映るってわけ」
早苗ちゃんが、納得できないといった表情で僕に聞く。
「じゃあ、何があの影だったの? 誰が電気を付けたの? 人は多分、いなかった」
「僕はその場所にいなかったからわからないけどね、本当に人がいなかったなら、影と、ライトを付けたのは一緒じゃないかと思うんだ。でさ、このあたり、猫がうろついてたりしない?」
「うん。白黒のとか、茶色いのとか、毎日じゃないけどよく見るよ」
「犯人はさ、早苗ちゃんがよく見る猫のうちの一匹だと思うんだ。センサーって、動くものに反応するから、虫が通っただけで光ったりもするみたいでね。地面か、どっちかを歩いていた猫に反応してライトが光る。次に、鏡の前を通るから、影ができる」
「そう。センサーは俺が発見した」
自慢げに答える海斗に早苗ちゃんは表情を崩す。
「なあんだ」
そして、鏡と美術館を見る。
「こんなことに怖がってて恥ずかしい……。先輩も、ありがとうございます。こんなことに付き合ってもらって」
「楽しかったからいいってことよ。いや、楽しいは悪いか。なんていうか、夏!って感じがしたね、俺は」
「気楽だなあ。相変わらず」
「まだ夏は半分以上もあるんだぜ? 気楽にもなるよ」
バイクが一台凄いスピードで通り過ぎていって、それが合図になった。
「僕はそろそろ帰るけど、二人は?」
「俺? 俺も帰るよ」
「早苗ちゃんは?」
「どうしようかな。私はもう一回見たいお店があるから、駅まで付いていく」
「あ、わかった」
二人とも帰るだろうと思っていたから、想定外だ。
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