僕が向日葵畑に来なくなった理由を話そう。

 さっき、海斗に言ったことの続きだ。早苗ちゃんに連れてこられた後も、何度か二人でここに来た。わざわざ何かするわけでもなく、抜け道を出てすぐのところで座り、すごいとかきれいとか、毎回同じような感想を言い合ってすぐに帰っていた。目の前が向日葵だらけで道がなく、うまく歩けそうになかったからだと思う。

 夏休みのとある月曜日。両親に連れられて水族館に行った、次の日だ。その日会う約束をしていた友達から風邪を引いたと電話が来て、僕は一人、外に出ていった。

 子犬を探していたからだ。

子犬についてはもう少し前から話した方がわかりやすい。

僕の家族は引越しが決まっていたのに子犬を引き取った。新しい家が、動物を飼ってもよかったからだろう。

 動物を飼ってみたかった僕はとても喜んだのを覚えている。でも、その子犬は数日でどこかに行ってしまった。探したけれど見つからず、落ち込む僕を両親は水族館へ連れて行った。多分、僕の気を紛らわすためと、罪悪感からだろう。もちろん、それですべてを忘れたなんてことはない。会う約束をしていた友達とは一緒に子犬を探すことにしていた。それがなくなったから、僕は一人で探しに出かけた。じっとしていられなかった。

 強い風が吹く中、どれくらい歩き回っただろうか。僕は遠くの方で、走る早苗ちゃんを見つけた。手を胸の前で汲むようにして走るのが彼女の癖で、後姿でもあれが早苗ちゃんだとよくわかった。

 子犬がいなくなったことは彼女も知っていたから、彼女も子犬を探してんだると思って追いかけた。追いかけていくうちに、早苗ちゃんが何かから追われているように走っていることに気付く。ただの勘違いかもしれないけど、余所見をせずまっすぐ道を走る早苗ちゃんは、少なくとも何かを探している風には見えなかった。

 僕は、声をかけても届かない距離から詰めることができず彼女を見失う。あの走り方の癖で彼女は足が遅いのだが、同様に僕も遅かった。見失った場所は、向日葵畑へ行ける抜け道の近くだった。ここで僕は思う。何かから追われていたとすると、隠れられる場所は向日葵畑だ。一度入ってしまえば外からは見えない。暑さでくらくらする頭と弾んだ息を落ち着けるため、僕は斜めにかけていた水筒でお茶を飲む。

 生垣の前まで来た時、心がざわざわした。不安に思っていると、耳元で大きな羽音がした。勢いよく叩いてしまった僕の耳はキーンとした後ぼおっとなって、自分の出す音は大きく聞こえるのに外の音が遠く聞こえるような、変な風になってしまった。それが気持ち悪くて拭い去ろうと抜け道を潜る僕は、彼女がいつもの場所にいないのを知ると、向日葵をかき分け奥へ進んだ。まだ体が小さかったから、何とか花を押し倒さずに進めた。彼女の着ていた服と同じ薄いオレンジ色の布が見えて、そっちに近付く。

 向日葵の壁がだんだん薄くなり、彼女がしゃがみこんで何かをしているのが判別できるようになったとき、僕は足を止め、見つからないように口元に手を当てた。

 というか、彼女は異様だった。僕らが普段使っている抜け道があるところとは別の生垣の近くで、彼女は地面に向かって何かしていた。それ以上は彼女自身で隠れてしまっていて見えなかった。見える角度まで移動しよう、なんてことは考えられなかった。とにかく彼女は一心不乱に何かをしていて、それがとても不気味だった。

 少なくともこんな早苗ちゃんは見たことがない。

 僕は子犬のことも忘れてしばらく立ちすくんでいた。見つからなかったのは強い風と、強い集中力のおかげだろう。僕は彼女を置いたまま家に帰った。二度とここにも近付かなかった。

 引越した僕は、序々に子犬のことを諦め、忘れていった。

 今ではあの子の名前も思い出せない。

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