四
海斗はそういったが、十分もかからず着いた。
「なんか、見覚えあるな。でも、こんな庭だっけ」
美術館は一辺が二十歩くらいの立方体で、壁は薄い桃色だった。ところどころに小さな窓があるが、そこから中は見えない。その隣にすりガラスとガラスを、僕の知らない規則正しさで組み合わせてデザインされた壁がある。下の方で使われているガラスは小さく入り組んでいて、目線ほどの高さになると、身長より大きなガラスが使われている。高さは三メートルくらいありそうだ。ちょっと怖い。
そして、その中が庭だろう。中に向日葵が咲いているのがガラス越しに見えたり見えなかったり。住宅街の真ん中のこの壁はよく目立つ。
「いつだったけ中学の時? その時にこうなった気がする」
それなら知らなくてもおかしくはないな。
僕が壁の法則性を見つけようとガラスとにらめっこをしていると、海斗が美術館とは反対方向をじっと見ていた。
「どうした?」
なんか顔をしかめている。
「んーいや。あそこにカーブミラーあるじゃん?」
庭と正反対の家ではなく美術館の方向にある家を海斗が指す。出会いがしらの用途を避けるためか、家の人がでてくるのをわかりやすくするためか、目線の高さの位置にカーブミラーが取り付けられていた。
「それが、どうかした?」
カーブミラーとして使うためにはちょっと内側を向きすぎているような気がするが、いたって普通だ。ちょうど僕の姿が見える。
「あー真広のとこは大丈夫なのか。いや、美術館以外に何かないかなって思って違うところ見てたらさ、太陽光もろに食らった。ばあちゃんも同じことしてるなって思ってちょっと近付いたらこれだ。眩しい」
僕は笑って言う。
「何か、おかしいところは?」
海斗は目を押さえる。
「目閉じてても光が見える……それくらいだな」
手を外して瞬きをする。
「復活した」
「よし、で、どうする?」
海斗は首を傾げた。僕も傾げる。
「さあ散策?」
そして美術館の周りを歩くも、いたって普通の美術館だ。何もない。一周したところで僕は思う。
「こういうのって、夜にやるんじゃないの?」
海斗は納得いったようで、手を叩いた。セミの声に負けないくらい住宅地に響く。それに対抗してか、セミの声がもっとうるさくなった気がする。
「やべっ……と、まあそうだよな」
「そうだよ。真昼からトンネルみたいに光られてもわからないし」
「そうだよな……てことは、俺らはただ単に美術館に来たことになるのか」
「なんでだよ」塀の上をよたよたと歩く猫を、視界が捕らえる。「あ、ピアノ」
僕とまったく違う方向を見ていた海斗がこちらを向く。
「ピアノ?」
海斗はピアノを弾くまねをする。
「違う違う。あそこにいる猫」
「あれか。そういう名前なんだ」
ピアノについている首輪を見つけたのだろう。海斗はそういった。
「本名は知らないよ。でも、引越す前からずっといるんだ。昔は模様がピアノっぽかったからかってにピアノって呼んでる」
「ピアノにか。言われてみたら、なんと……なく」
苦しい同意だ。
「昔はもっとピアノに見えたんだよ」
今はちょっと白の面積が増えたけど、模様はあまり変わっていない。だから、高校生になって始めてピアノを見たとき、見たことがある首輪をしているネコがピアノであるとすぐにわかった。
僕は海斗に言う。
「ともかく、どうする?」
彼は不思議そうな顔をした。
「? 何言ってんだ。美術館だろ?」
「ああ、寄るのね」
「ここで帰ったって意味ないしな。中に光る何かがあるかもしれない。庭に入れるのは昼間だけ。ここ、庭だけならお金はいらないし。たまにはいいじゃん」
「なるほど、寄ろう。花は好きだしね」
詳しくはないが好きだ。だから園芸委員になった。
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