23 カウンター

「なんです、これ」


 物凄い剣幕で廉司の屋敷に飛び込んできた畠山が、握りしめていた一枚の紙を応接間のテーブルに叩きつけた。

 肩を上下させる畠山の横から夏目が手を出し、紙の皺を伸ばす。

 見覚えのある顔がモノクロで印刷されていた。


「今朝事務所に届いたんです」


 高ぶる感情を抑えながら畠山が告げる。


「浜岡が破門ってどういうことですか。辻組との掛け合いは上手くいったんじゃなかったんですかっ?」


 食ってかかる畠山に廉司の目つきも鋭くなる。

 夏目が横から鎮めにかかった。


「落ち着けよ。今、浜岡が破門を言い渡されたところで状況は変わらねぇだろ。アイツは確かに半グレ使って組に金を納めてたんだ」

「日付」

「あ?」

「日付を見てみろっ!」


 畠山の怒声に押され、夏目は破門状の日付欄に目を凝らす。

 一瞬、頭が真っ白になる。


「な、なんだこれ。一年以上も前じゃねぇかっ」


 自分の目を疑うかのように、夏目はテーブルから紙を取り上げ何度も確かめる。

 廉司はソファに座ったまま長い息をついた。


「……つまり、半グレにシャブを売らせてた浜岡は既に組とは関係ない人間だった。そう言いたいわけだ」

「こんなの文書偽造でしょう!日付なんていくらでも変えられる!」

「コッチが見落としてただけだと言われれば、それまでだ。今時ヤクザの破門状なんて毎週山ほど送られてくるんだからな」

「でも、辻組に売り上げを納めてたんでしょうっ」

「その証拠は掴んでない」

「!」


 夏目と畠山が揃って言葉を失う。

 廉司は煙草に火を点け、煙の行方を目で追った。


「俺達が掴んだのは、浜岡が運び屋からシャブを仕入れて半グレに渡し、売らせてた証拠だ。その売り上げを組に入れてたかどうかまでは分からねぇ」

「でも……でも辻の事務所に出入りして」

「本当か?」

「?」

「一緒に写ってただけだ。確かめてねぇ」


 その時、ほぼ同時に廉司と畠山のスマホが着信を告げた。

 畠山は廉司に断りを入れて応接間を後にする。

 廉司も自身のスマホの画面を見つめた。見慣れない番号だ。


「……」

――もしもし?飛廉の会長さん?

「誰だ」

――『誰だ』は無ぇだろう。一時間近く見つめあって話した相手に

「……辻か。ちょうどいい。今お宅の話をしてたところだ」

――浜岡のことか?あぁ、残念だったな。そういう事だよ

「上手く考えたな。こっちの手札を紙切れ一枚で引っくり返すとは」

――妙な言いがかりはやめてくれよ?そっちが持ってきた「証拠」とやらに不備があっただけだ

「交渉決裂か」

――交渉なんざした覚えはねぇよ。勘違いするな


 スマホに耳を傾ける廉司の目に鋭い刃物のような光が宿る。


――じゃあ、そろそろ失礼するわ。こっちは『忙しい』んでね。……あぁ、そうだ。飛廉会のますますの発展を願って一つ忠告しといてやる

「?」

――人を尾行つけさせるなら、もっと地味なヤツを選べ。じゃあな


 一方的に電話が切れる。


 辻の言葉の意味を廉司が理解した頃、畠山がひどく慌てて戻ってきた。尋常でない様子に夏目が心配そうな目を向ける。


「どうかしたのか?」

「いない」


 混乱した畠山の呼吸は次第に荒くなり、小さな呟きが悲痛な叫びに変わる。


「朴が、朴がいない!誰も連絡がつかねぇっ、ヤツの部屋も荒らされてる!」

「朴が?」

「若、アイツはどこにいるんですかっ!一体どうなってるんですか!」


 無事に返してくれる約束だったじゃないですか。

 大声で訴えながら床に拳を叩きつける畠山を夏目が必死で押さえる。

 彼の嗚咽を聞きながら、廉司は紫煙を宙に吐く。


 金髪の美青年が初めて見せたはにかむような笑顔が、煙の中に浮かんで消えた。

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