24 柵
真冬だというのに細い雨がパラパラと降っていた。
曇り空を見上げる。雨粒が放射状に落ちてくる。頭の上に広がる雲が一周ぐるりと回った。
五日ほど前から、廉司は微熱に浮かされていた。それでもゆっくり体を休めている暇はなかった。
朴が未だ見つからない。
だから、こんな所に来ている場合ではないのだ。畠山達と一緒に自分も彼を探したい。
本部長の呼び出しを断れない自分の立場に腹が立った。
灰色の空の下に聳え立つ高級ホテルのドアをくぐる。指定されたフロアまでガラス張りのエレベーターで上がり、部屋の前でスマホを鳴らした。
中から鍵が開けられる。
大きな窓の前で本部長の清水が眼下の景色を見下ろしながら立っていた。部屋に入ってきた廉司に気づくと、彼は頭を下げた。
「すいませんね。こんな所まで」
「いえ」
本当に迷惑です、と言いたくなるのをぐっと堪える。
清水も組長の実子である廉司への対応には気を遣っているのだ。
夏目にコートを預けた廉司は、清水に勧められるまま窓際の椅子に腰かけた。向かい合って清水も着席する。
「何か飲み物でも?」
「結構です。この後も立て込んでますので」
「お忙しい時にお呼び立てしてしまって」
「構いません。で、お話というのは」
二人同時に火を点けた煙草の灰を廉司はわざと急かすように勢いよく吐き出した。
清水は一度、灰皿にトンと灰を落としてから目を逸らし、窓の外を見つめた。
「ちょっと小耳に挟んだんですがね」
「……」
「辻組と何かありましたか」
「辻組?」
なぜこの男の口からその単語が出てくるのだ。
今、事態はこちらにとって不利な状況にある。上に知られるのはマズい。
廉司は眉一つ動かさず、冷静にすっ呆けた。
「辻組というのは
「そうです」
「いいえ。俺の耳には何も入ってません。下の者が何かやらかしましたか?」
新年早々物騒な話ですね。よく言って聞かせますよ。
廉司が笑みを浮かべると、清水は「いやいや」とかぶりを振った。
「若がそう仰るのなら何も無いんでしょう。とんだお節介を」
「いえ、清水さんには親父だけでなく俺の組の事まで心配して頂いて、本当に感謝しています」
深々と頭を下げ、相手が恐縮したのを見届けてから煙草を揉み消し、立ち上がった。入り口近くの壁際に清水の部下と並んで立っていた夏目が預かっていたコートを広げる。
ゆっくりと袖を通す廉司に清水が座ったまま声を掛けた。
「組長も今年か、来年かと楽しみにしておられます」
「? 何がです?」
「代替わりですよ。若が八代目を継がれれば、ますます鏑木組に活気が出ます」
「その話ですか」
「えぇ、ですから」
小さく溜息をついた廉司に、清水は穏やかに釘を刺した。
「よそと揉めるようなトラブルは絶対表沙汰になってはなりません」
コートを着た廉司が清水を振り返る。嘘くさい笑みには同じ笑みを返す。
「失礼します」
夏目を連れて廉司が部屋を後にする。
しんとなった部屋の中で、清水は真っ直ぐに下ろしていた足を組んだ。頭を左右に振り、首を鳴らす。立っていた部下にルームサービスを頼ませ、廉司が居た椅子に座らせた。
暫くして運ばれてきたバーボンを口に含む。酒の混じった息を、遥か下を通り過ぎる車の連なりに向けて吐き出す。
「しっかり頼むぜ、八代目」
窓を隔てて降っていた雨が本降りになり、車のテールランプを滲ませていた。
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