バルサローナに行こう
そんなこんなで現在ハルトとルインの2人はバルサローナの街に向かっていた。
「ハルト。最初は大変だったけど、意外に慣れるもんだね、歩くの」
「お前の鍛え方がたりないんだ」
ちょっと冷たいことを言うには言うが、ルインは知っているのだ。
ハルトが本当は優しいことを。
あの洞窟での出来事の後、陽人と瑠衣の2人の反応を一切顧みず、2人の置かれた立場などについて説明をするだけすると、かの妖精は「私はニンファ。呪いが解けることがありましたら、またその時にお会いしましょう」とだけ言って消えた。
その説明内容は、また、2人を絶句させるものではあった。
異世界マギアムンドがどのようなところであるか、聖騎士としてのルール、妖魔とは何か、などなど、あまりの情報量の多さに、陽人ですらも「なんだよ、この出来の悪い、チュートリアルで1日終わりそうなクソゲーは」とこぼしていたものだ。
だが、妖精が去った今、いつまでも洞窟の中にいるわけにはいかない。
2人はわけがわからないままにも、妖精が残した衣服、装備の一式を身につけて、いつのまにか洞窟の横側にできていた道を通って、この世界、マギアムンドにやってきた。
陽人はハルト、瑠衣はルインとして。
「なんだか僕の格好、女の子っぽくない?」
「そうか、魔道士という感じだとは思うが……?」
ハルトの装備が、いかにも固そうな装甲プレートを、腕胴脚に動きに無駄の無い程度にそれぞれしつらえられたものであるのに対し、ルインの装備は、ちょっと頑丈そうなごわごわした、前を紐で止める形の皮の上着に、スカートのようなひらひらのついた短めのズボンに、マントという感じである。
微妙に魔法少女っぽいこと、この上ない。
それがルインの不満だった。
「もー、僕の性別間違えてないのかな、あの妖精さんは」
「大丈夫だ、違和感は無い、まったく問題ない」
「じゃあ装備交換してよ、ハルト」
「だめだ、俺がそれを着ると、きっと、とっても、オカマっぽい」
「結局そういうことじゃんか……」
とにもかくにも、2人は聖騎士見習としてのマギアムンドの生活に慣れていった。
聖騎士見習というのはそれなりの地位であるらしく、札を見せると宿屋には無料で泊まれるのはありがたいものだった。
しかしなぜかいつも、カウンターの中で、意味ありげに不思議な笑みを浮かべる宿屋の主人には、ベッドが1つだけの部屋にしか案内されず、しかたなく、2人でベッドを共にしている。
この世界のベッドは寝心地はいいというものではなかったものの、その大きさは元の世界のダブルサイズ、クィーンサイズと見まごうばかりの大きなサイズであり、これだけは助かった。
もっともベッドを共にしているといっても、ただ、一緒の布団で寝ているに過ぎない、過ぎないが、ルインの心はなぜか複雑だった。
ハルトがもっと気にしてくれればいいと思うのだが、「ガキの頃と変わらないだろ。男同士なんだし、気にすんな」と全く気にせず隣でいつも自然な寝息をたてている彼にルインはもうそれ以上何もいえなかった。
さて、宿屋の他にも、武器屋、防具屋、道具屋、いずれも聖騎士の札で顔パスなのは当然である。何と福利厚生のしっかりしている職業なのだ、聖騎士は。
しかし、初めての戦闘で2人は思い知ることになった。
聖騎士の特典は、彼らの任務が危険であるがゆえのものであると。
まかり間違っていたら、ルインは命を落としていたかもしれない。
慣れない魔法を使い、妖魔をいいところまで追い詰めはしたものの、最終的に妖魔を倒すには、聖騎士としての力を振るう必要があった。
かの妖精、ニンファの説明どおりにするしかなく、躊躇っていたルインに対し、ハルトがそれがとても強引な手段であったにしても、ああしてくれていなかったら……と思うと背筋が凍る。
ひたすら自分の判断の甘さについて謝るルインに、ハルトは言ったのだ。
「俺は、あいつの、ニンファの言ったとおりやっただけだ。お前の反応のほうが、普通なんじゃないかと、俺は思う」
ハルトと一緒なら戦えるかもしれない。
呪い、絶対に解いてみせる。
一緒に元の世界に帰るんだ。
ルインは、その時改めて心に誓ったのだった。
「おい、見ろよ。あれがバルサローナじゃないか?」
少し先を歩いていたハルトが小高い丘の上で声をあげた。
ルインは少しスピードをあげて追いつくと、彼の指さす方向を見る。
そこには整然と区画された煉瓦の街が広がっていた。
真ん中あたりに、ニョキッとそそり立つ高い奇妙な形の塔が見える。
あれは何の建物なのだろうか?
この世界に来てから様々な街を見てはきたが、この風景は2人の好奇心を満たすのに十分なものであった。
「まだ歩けるか?おぶってやろうか?」
ふと思い出したかのように、ハルトがこっちを見て言った。
「もう最初の頃と違って慣れてるから大丈夫だよ。意外に心配性なんだよな、ハルトはさ」
口をとがらせつつも、最初の頃、脚が痛くて歩けなかったときに、ほら乗れよ、と背中を差し出したハルトの姿を思い出す。
そう、彼は口調や態度に似合わず、とても優しいのだ。
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