陽人と瑠衣

「願いを叶える石?」

「そうだ、これがもし本当なら俺たちの呪いが解けるかもしれない」


 希望に満ちた目で言うハルト。

 しかし、ルインは冷静だった。


「『人心を惑わす』って書いてあるじゃないか。それに……」


 ハルトがこういう目をしたときに、自分はいい思いをしたことがないよ、ルインは心底そう思っていた。


――――――――――――


 あおい陽人はると真堂しんどう瑠衣るいは親友というほどでもないが、幼少の頃からの知り合い、いわゆる幼なじみの常として、一緒によく遊ぶ仲だった。


 中学に入ってからもそれは変わらない。


 正確には、陽人がいつも、どこどこにいくぞ、なになにをするぞ、と自分の考えを述べて、強引に瑠衣を連れ回す。

 そういった関係性ではあるのだが。


 瑠衣のほうはというと、いつも強引な陽人のことが実はちょっと苦手ではあるものの、陽人の提案はいつも刺激的で日常の新たな側面を見せてくれることが多く、それに魅力も感じていた。

 さらには、陽人についていてやれるのは自分だけなのだという、わけのわからない自信がそれを後押しする。僕が陽人についていてやらなくちゃ、と。


 もっとも、あまりに一緒にいるうえに、自分の外見が外見であるものだから、たまに一人でいるときにクラスメートの女子に、「あれ?るいにゃん。今日は彼氏一緒じゃないの?」と言われることに対してはいい気はしない。

 だが、「僕は男だってば!」といっても、なぜか相手の女子に「るいにゃん寂しいんだねヨシヨシ……」と頭を撫でられるだけなので、最近は彼女たちに何を言っても無駄だと思われ、抵抗もしなくなってきてはいる。自分としてもその事実を認めるようであり、何とかしなくてはと思いはするのだが。


 そんなある日のことだった。


 いつもどおり人気のない学校の裏山にあるこの神社の境内で2人は今日何をするかを考えていた。いや、どちらかというと瑠衣としては陽人の提案、思いつきを待っていたというのが正確なところか。


 この前街に出来たショッピングモールにはもう行ってしまったし、この学校の裏山は探検しつくしている。ああでもないこうでもない。陽人が何かを言うのに対して、瑠衣が弱いながらもそれについての所見を述べる。いつもどおりの繰り返しだ。

 陽人も自分の活動の新奇性を追求しているのか、瑠衣の意見を一応は考慮して、次の考えを巡らせる。


 そんな中、突然、陽人が何かを思いついた顔をした。


 瑠衣は嫌な予感がした。

 この顔をしたときは、とてつもない何かを思いついたときではあるのだが、生徒会に呼び出されたり、職員室で説教されたり、果ては警察署のごやっかいになったりと、大抵酷い目に遭うことが多いのだ。


「そういえば、この神社まだ探検してなかったな」

「ええっ!?」

「奥だよ、奥。何が祭られてるのか、お前は気にならないのか?」

「ならない、ならないよっ。第一、バチがあたったらどうするのさ」

「あたるかどうかはわからないだろ。何も無いかもしれないし」

「少しでも可能性がある時点で控えようよっ」


 どうせ無駄なことだとわかっていたが、瑠衣は精一杯抵抗した。

 陽人はそんな瑠衣にニヤリとすると、神社の神殿の扉を開け放つ。

 もう遅い。

 瑠衣は覚悟を決めると、陽人の後ろに続いた。


 入ってすぐは目の前に神を祭る祭壇があった。

 豪華な神棚の前には、紙垂しでとよばれる、白い紙を段々に見えるように切り折ったあの紙がくくりつけられた大きめの木の枝、いわゆるさかきが添えられている。


「何だ、何もないじゃないか」

「そうだよ、陽人、何もないうちに引き返そうよ」


 またも無駄な抵抗を試みる瑠衣。

 当然のことながら、陽人は何も聞こえないかのようにこう言った。


「脇に、奥の間につづくっぽい扉があるじゃないか。いくぞ」


 逆らう権限など無い。瑠衣は、怯えながら陽人の背中にぴったりとくっついて同行する。


 それが失敗だった。


 扉を開けて一歩踏み出したその刹那、ふっ、と足下が無くなる感覚。そして、重力が無くなる感覚。


 そう、足下は奈落の底に通じる穴だったのだ……。

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