約束

肉を焼く。


とにかく焼く。


櫛に刺して焼く。


櫛は魔物の骨を加工した物で熱には強く滅多な事で焼けたり焦げたりはしない。


「お、兄ちゃん旨そうだな。


何の肉なんだい?」


「わからねえ、牛みたいな羽根の生えたモンスターの肉だよ。


ドラクエに出てくる『あばれうしどり』みたいなモンスターの肉って言ったらわかるかな?


大丈夫!魔術で毒がないのは確かめてるし、俺自身が何度も試食はしてる。


食えるモンだよ」


「ウシ?ドラクエ?アバレウシドリ??何言ってるのかサッパリわかんねーな。


まあいいや!食えるモンなんだろ?火酒一杯と一櫛くれや」


「ワリーな。


酒は置いてねーんだよ。


その代わり、酒のつまみとしてじゃなくても絶品なのは保証するぜ。


もし味に不満があったら御代はもらわねー」


「大きく出たな。


そんじゃ一櫛もらおうか。


一本いくらだよ?」


「銅貨3枚だよ」


「・・・思った以上の激安価格だな」


銅貨一枚が日本でいう10円玉くらいの価値だと思ってもらって間違いはない。


後で知った事だが、最初の客に売った肉はマンティコアの肉で一匹で国をいくつも滅ぼす事が出来るという冒険者ギルドで一匹白金貨七十万枚の懸賞金がかけられているモンスターの肉だという。


「どうだい?うまいだろ?」


臭みを消すために香辛料をまぶし、柔らかくするために野菜と一緒に調味料に漬け込んだ俺の自信の一品だ。


「どうだも何も・・・コレ本当に銅貨3枚で良いのかよ・・・金貨3枚だって高いとは思わない味だぜ?」


「料理屋なんてないし、肉料理なんてないし、価格の付けようがなかったんだよ。


銅貨3枚って値段が高いか安いかは知らねーけどアンタに気に入ってもらえて良かった。


もし気に入ってくれたなら、他所でウチの『肉の櫛焼き』の評判流しちゃくれないかい?


他にも違う肉の櫛焼きがまだまだあるんだぜ?


他はもっとわかりやすい、大トカゲの肉とかだ」


後に『ドラゴンの櫛焼き』と言われる肉料理である。


「そっちはいくらなんだい?」


「同じだよ、銅貨3枚だ」


「悪い事は言わねー。


もう少し金取った方が良いぞ」


「んな事言われても、適正価格ってわかんねーし、みんなに食ってもらいたいしな。


アドバイスありがとよ。


お礼に今回は御代はいいや」


「お?本当か?


じゃあ気合入れて宣伝しなきゃなあ!」


一日目の朝は売上は唯一の客から金をもらわなかった事でゼロだった。


気合を入れて焼いた櫛焼きのうち二本は俺の朝飯になったが、棄てるのはもったいなかったのでお近づきのしるしに隣近所の屋台に配った。


評判は上々だ。


自分で食べても美味いと思う。


何で全く売れないんだろう?


テナント代は半月分払ってあるので、屋台は市場に置きっぱなしで食材だけ持って帰ってきた。



屋台に今日追い払ったヤクザが嫌がらせをするかも知れないし、何も疚しいところが無くても『愉快犯』に嫌がらせされるかも知れない。


食い物を扱っている以上安心、安全なものを扱うのは義務である。


いたずらや嫌がらせで異物や毒物を混入されたとして『俺のせいじゃない』とは言えない。


提供する食い物に俺は責任を追わなくちゃいけない。


しかしやっぱり異世界で食い物屋は受入れられないのかな?


このまま屋台の商売はフェードアウトしちまうのかな?


この開店準備にかけた数年間は無駄になったのか・・・と少し俺は空しい気持ちになった。


学校では寝て過ごした。


教師が凄い顔をして寝ている俺を睨んでいたらしい。


しかし人間、自分より優れている人物に注意はしにくいのだ。


俺が目を醒ますとすでに放課後だった。


俺は昼めしも食わずに寝呆けてたのか。


これではいけない。


メシはどうでも良いが、親の期待を背負って魔術学院に入っておきながら学校でひたすら寝ていたのでは親不孝どころの騒ぎではない。


俺は学校が終わった後、夕方4時頃市場に戻った。


もしかしたらまた全く肉は売れないかも知れない。


予想外の事態だが、しばらくはダメでも足掻いてみるのは最初から決めていた。


しかしいざ開店してみると行列が出来ていた。


「ただでさえ肉を食う習慣ないのに、朝からガッツリ肉食いたいヤツなんていねーよ。


酒は別の屋台で買ってツマミとして肉買うヤツだって多いだろ。


朝から酒飲むヤツなんていねーよ」


そう言ったのは朝第一号の客になってくれて「この屋台の宣伝をする」と言っていた男だった。


この男は約束を守り店の宣伝をして客を連れて来たのだ。



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