第18走者 教え導く者

18

その日は、ジムでの最後の練習だった。


しかしながら、集まったのは俺と理科と英吾の3人だけだった。


社と保険ちゃんは生徒会の仕事がまだあるからと遅れるだけだが、国見はまだきていない。


理科たちによれば、まだ学校にも合宿が終わった次の日以外は来ていないらしい。


着替えが終わり、そろそろ始めようかなとか思っていた矢先に電話が鳴った。


しかし、着信音が誰のでも無く焦ったのだが、ジムにおいてある電話の音だった。


ガチャ


「もしもし?」


「聞こえるか?」


「はい聞こえまーす。」


「その声は数人だな。大変なことが起きた。落ち着いてきてくれよ。」



ガチャ。


「三木先輩誰からだったんですか?」


「社からだった。」


「なんて言ってました?」


「国見が近くで喧嘩をしているらしい。国見から吹っ掛けたらしいんだが、1対多数で今はボコボコにやられているらしい。それが近くの人が学校に電話してきたらしく、ウスハゲが今さっき向かったらしい。」


「まじですか…」


「それって部活的にもやばいですよね?」


「多分このことをキッカケに廃部になる可能性はあるな。」


「だったら。僕たちで助けに行きましょう。」


「英吾何言ってんの?場所もわからないし、喧嘩なんてしたことないでしょ?」


「いや、英吾の言う通りだ。助けに行こう。場所は社から聞いた。喧嘩に関していえば戦わずに勝つ方法はある。俺たちは何部だと思ってんだ?奴らは多分タバコやらなんやらを吸ってると思われる。それのせいで肺が弱いから100mくらい走ったらすぐバテちまう。目標はウスハゲより先にく国見を救出し、事件なんてなかった事にして後はしらばっくれよう。」


「なんともひどい作戦ですが、それしかないですね。車はもうでてるでしょうし早く向かった方がいいでしょうね。」


たまたまジムが、事件の起きている場所と学校に挟まれているおかげで、頑張ればウスハゲより先に着くことができるだろう。


こんな時にどうでも良いのだが、みんなやっぱり走り方が綺麗になってるよね。さすが陸止部だ。


「この先の廃工場でしたよね?」


「ああ、そうだ。行くぞ!」


廃工場なんてベタな場所でリンチをしている奴らなのでおそらく、タバコも吸っているだろう。


これはもう、勝ちじゃないでしょうか?


廃工場に着くとそこには俺たちを絶望させるものがあった。


見慣れた車があった。おそらくウスハゲの物だろう。


俺たちは間に合わなかったが、国見は絶対助けたいので中を観察すると予想通りウスハゲがいた。


「なんだジジイテメーなんか文句でもあんのか?ぶち殺すぞ?」


この発言を聞くにタッチの差で負けてしまったと言う事だろう。


「なんと言う口に聞き方だ。どう言う教育を受けたらそうなるんだか?まあ、それはどうでもいい。うちの生徒を返してもらう。」


そう言うと、ウスハゲは国見の腕を掴み歩き出そうとした。


しかし当然だが、相手はウスハゲの後頭部に鉄パイプで殴った。


しかし、それを睨むだけで終わりそのまま国見を連れて行こうとした。


相手も国見には飽きてきたのか、それとも教師という存在がなおさら腹が立ったのか分からないが、ウスハゲを殴り始めた。


ウスハゲが握っていた国見の手はもう離してしまい。盾のようにかばっていた。


「国見!さっさと行け!」


いつもよりも迫力のある、声が工場中に響いた。


「なんであんたはそんなに俺を…」


国見のこの疑問も当然である。


職員会議では陸止部は無くてもいいという人が大多数らしい。おそらくウスハゲもそちらだろう。


「決まっているだろ!教師だからだよ!」


「黙れや。」


ドスッ。


みぞおちに膝蹴りが入った。


「お前らは、私の事が嫌いなのかもしれないが。私は一度も思ったことなどない。叱ったりはするが、それもまた愛なんだよ!」


50位のバーコードハゲが愛なんだよなんて叫ぶなんて滑稽な光景でしかないはずなのに、俺たちはずっと涙が止まらんかった。


「教師が生徒を守るのに理由なんかいらないんだよ!生徒を守るから教師って呼ばるんだよ!」


そして、国見は足が震えながらも出てきた。それを理科と英吾が回収した。


そして俺は、当然あの超かっこいい先生を助けに行った。


ボロ雑巾みたいにボコボコにされた薄墨先生を回収して速攻で工場から出た。


最初の読み通り長距離になると息切れを始めすぐに見えなくなった。


そのまま、ジムに行きツヨポンの車で病院まで先生を運んだ。



「先生。俺あんたの事見直したよ。国見を助ける姿ムチャクチャかっこよかった。俺あんたみたいな人になろうと思う。ありがとう。」


「アホか。」


ポコッ!


「まだ死んでないわ。少し寝てるだけだ、くだらない事をするな。」


「別に死んだなんて言ってねーだろ!普通に感謝しただけだよ?」


「じゃあこの花と写真はなんだ?」


「にゃ?」


「そんな、どこかの霊界探偵みたいにとぼけても無駄だぞ。」


以外にこの人は漫画やアニメに関する知識があるのかもしれない。


「えーっと…。写真はふざけました。でも、花は先生たちが置いていったんですよ。俺じゃないです。先生愛されてますね。」


「どうかな…。私はあまり人に好かれないからな。まあ、わざと嫌われ役をしているとはいえ、嫌われるのは嫌だからな。」


「生徒には確かに好かれてはないかもしれないですけど、先生達には信頼されているんじゃないですか?花も持ってきてもらったし。」


「そうだな。それがゆりの花でなければ、そう思えるんだがな。」


あー。そういえばゆりの花には首が落ちるとかいう意味があったような気がしてきた。


何やってんだよ。先生達!わざとなら最低なのは当たり前だが、知らなかったにしてもどうなんだよ。


この空気どうすればいいんだよ?


薄墨先生が見る窓の外は梅雨明けで晴天で外に生えている何かの木も生い茂っていたが、先生は俺が見ているのとは違う景色を見ているのではないかというほどに寂しい目をしていた。


風が強く木が揺れ葉っぱが当たる音だけが聞こえていたが風も止み本当の無音になった時、俺は空気に耐えきれず出ようとした。


そして、椅子から立ち上がり目を開けたまま寝ているような感じの先生に国見のことを改めて感謝して部屋から出ようとした時、廊下の方からだけかの走るような足音がしてそれがこの部屋の前で止まった。


ドンッドンッ。


「入りますね?」


その言葉に対する返事も聞かずに息を切らした小森コーチは入ってきた。


なぜ息を切らしているのかを聞こうとした俺の声を遮って、先生は泣きながら声が変になりながら謝った。


「申し訳ありません。全て私の監督不行き届きです。」


「小森先生、謝るということはあなたが私をボコボコにしたんですか?それともあなたが仕向けた刺客かなにかだったのですか?」


「へ?いえ違いますが…」


「だったら何に謝っているんですか?」


「それは…私が生徒のメンタル面のケアを怠ったから、先生が傷ついてしまったので…」


「私は陸止部の顧問ですが、彼があんなに悩んでいるのを知りませんでした。いえ、内心どうでもいいという感情が生まれていました。でも、あそこまで悔しいと思えて、それを助けに来る仲間がいるのなら、部活も悪くないなと思いました。そして、そういう風にしたのは先生ですよね?胸を張っていてください。私はこいつらの顧問だって。」


「すみませ…いえ。ありがとうございます。」


薄墨先生はこれをきっかけに陸止部が廃部になってしまうのではないかと思っている小森コーチの心を読んだのか、部活の存続を言い渡した。


「あっ!そうだ先生私差し入れを持ってきました。花とかよくわからないので、リンゴを持ってきたので食べますか?」


「それは嬉しいですね。では切ってもらっていいですか?」


「はい。うさぎとイグアナとゴリラどれがいいですか?」


ん?


いい話だなー。と思って、出て行こうとしたのだが聞き逃せない単語があったよ?


うさぎはわかるがイグアナとゴリラ?リンゴでは表せないだろ。


「じゃあ、ゴリラで。」


以外と薄墨チャレンジャー。


「ごめんなさい。見栄はりました本当は出来ません。」


どう言う見栄のはりかたなのだろう?ジョークが難しすぎるだろ。


「はは、なんですかそれは?ではうさぎでお願いします。」


「ですから出来ません。」


と言ってまた頭を下げた。


ん?


うさぎって薄墨先生はいったよな?うなぎじゃねーよな?


「え?出来ないんですか?」


「はい、見栄をはってしまってすみません。」


「そっか。じゃあ普通でいいよ。」


「すみません。」


しゅんとしながら小森コーチはリンゴを薄墨先生の前にある机みたいなやつの上に置いた。


「あのー。これは?」


「リンゴですよ。」


薄墨先生が驚くのも無理はない。


だって丸ごとだもん。


そう、小森コーチはそもそも剥くと言うところから見栄をはっていたのでした。


それは社会人としてどうなんだ?と思ったが、前に米の炊き方について話していた時に水につけてレンチンと言っていたのを思い出した。


ワンチャン出来そうだけど。


しかし、他の先生みたいに適当や悪意の花束ではなく。純粋な心配のみからの丸ごとリンゴの方が薄墨先生は嬉しそうだった。


「じゃあ、俺行きますね。」


「ああ、気をつけろよ。」


「今日はありがとう。」


初めて薄墨先生にありがとうなんて言われたが嫌な気分ではなかった。


部屋を出た俺はまずみんなに電話をするために公衆電話のところへ行きみんなに部活の存続を伝えた。


みんな喜んでいたがとりわけ社は喜んでいた。


これで悔いはないとかこれで安心できるとか人生最後みたいなことを言っていた。


この時の俺はただ部活の存続に喜んでいるだけだと思っており、大袈裟だなと茶化していた。


最後にまたなと告げて電話を切ったことを鮮明に覚えている。


そして、その後社会助は死んだ。


俺はそのまたなが社への最後の言葉となってしまった。


その後、すぐにお通夜が始まり、葬式が行われたがよく覚えていない。


気がつくとずっと走っていた。


どこに向かっているかはわからないのだが、体は明確にある場所へ向かっていた。ただしそこになぜ行きたいと思い体がそこへ向かっているのは本当にわからない。ただ、俺は走り始めてからはあまり行っていなかった、ベンチにいた。


そこから見える太陽も今建設途中のビルが完成したら見えなくなってしまうのだろうか。


どんなものにも終わりがあるのだろうか?


あったとして、終わらせる必要があるのだろうか?


あいつは今どうなってしまったのだろうか?


天国や地獄なんてものはあるのだろうか?


あったとして何をすればいいのだろうか?


そもそも今生きている俺にする事があるのだろうか?


ないだろう。


そんな俺が死んだところですることなんかないだろう。


社の死をきっかけに大会まであと約一ヶ月と言う時に俺はまた、走れなくなった。

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