第17走者 別れる者
17
少し寝ぼけながらみんな朝食を食べた。
めっちゃうまい。
しかし、国見の姿はここにはなかった。
来我さんが言うには、既に起きてもうキャンピングカーの中にいるらしい。
~
「では、このアホをよろしくお願いします。」
「はい、任されました。来我、安全運転で送りなさいよ。」
「はい、心得ております。」
一さんって優しそうに見えるのだが、来我さん達が敬語を使うと言うことはやっぱり怖いのか?それともとてつもない何かがあるのだろうか?
「では、三木さん行きましょう。」
「ああ、はい。」
車には自動運転機能が付いているらしく運転席には誰も乗っていなかった。
「自動運転って使っていいもんなんですか?」
「もちろん、公道では運転席にだれかが乗っていないといけませんが、ここは公道ではなく私有地ですか問題ありません。なんなら、三木さんも運転してみますか?」
「はは、興味はあるけどいいかな。遅れたくないし。それに何か話しがあるって言ってませんでしたっけ?」
「そうでした。では、少し話させてもらいます。」
「はい。」
「私には妻がいました。しかし、事故無くしてしまいました。そして私は自分で自分の感情をコントロールすることができなくなりました。とても些細なことで怒ったり、意味もなく泣き始めたりと赤ちゃんのような時がありました。今から2年ほど前のことです。こんな60手前のおっさんが赤ちゃんのようにぐずったと言うだけでも笑えますが、それほど心が病んでいました。そんな時に私を変えてくれたのが、龍達です。彼らは小さい頃親に捨てられており、私が引き取ることにしました。あの社家では、身寄りのない子供を引き取り執事として育てています。勝手なことかもしれませんが、それくらいしか私たちが引き取る理由がありませんでした。そして、引き取った私は彼らに名前を付けることにしました。私は彼らに龍、虎、生、命という名を与えました。これは、龍が空虎が大地生と命でそのまま生命を表しています。つけた時は4人で足りないところを補い合えるようにと思いつけたのですが。自暴自棄の私に空の綺麗さ大地の雄大さそして生命、この全てを彼らは教えてくれました。何を話しかけてもああくらいしか言わない私を外へ出して走りもしないやつと鬼ごっこをしてくれました。私は日に日に心が回復しました。まずは色が見えるようになりました。今までは白黒の世界でした。次に音が聞こえるようになりました。ずっと音が聞こえなくなっていました。次に歌うようになり、かくれんぼくらいならするようになり、笑えるようになり、泣けるように、怒れるように、どんどん出来ることが増えました。そして、最後に走れるようになりました。走るというのはとても難しいことです。どうやって速くしているかなんて突き詰めて考えれば誰にもわからない。走ってると思っても周りからは歩いているようで歩いてるつもりでそう見られなかったり、一体私たちはどうやって走っているのでしょうね。それは、誰にもわからないのでしょう。ただ、私から一つだけ言えることがあります。それは、心がなければ人は走れません。なぜと言われても私は答えられない。ただ、心がなければ人は走れない。としか言うことができない。」
何を言っているのだろうと言ってしまえば、それで終わりのそんな話だった。だが、俺にはこの気持ちは痛いほどわかる。俺も一度心のせいで走りから遠ざいているからである。純粋に走りたくなかったと言うのもあるが、それでもそんなの言い訳だったのかもしれない。本当は走れなかったのかもしれない。あの時の記憶はほぼ無く、ただ毎日を無難に過ごしていたくらいで何を考えていたかなんて何も覚えていない。まあ、何も考えていなかったのかもしれないが。
「でも、なぜそれを今僕に?」
「国見くんは今、昔の自分を見ているようでね。どうにかしてあげたいと言う年寄りの自己満足さ。ただ、私たち大人が言うと説教みたいになってしまうから同じ経験をした君に頼んでみようと思ってね。」
「言われなくてもするつもりでしたが、一さんの気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます。」
少しすると、車が止まった。
「自動運転はここまでだからここからは運転をするので私は運転席に行くが何かあったらそこのボタンを押してくれ。」
「はい、運転気をつけてください。」
「最後に一つ。リーダーに必要なのは、圧倒的カリスマ性だ。何もしなくても付いて行きたくなるようなね。」
そう言って一さんは運転席に行ってしまった。その言葉にどう言う気持ちがあったのかはわからないが、社には皆ついて行きたいと思っているので、リーダーで正解だったなと思った。
~
そして車は予定通り8:00に着き超速で支度をしたので8:10に学校に着くことができた。
今日は合宿明けなので一応オフという事になっているが、久々にゴリぽんに会いに行ってみようかなあと思ったし、全身走法を見せてそれ用のメニューも奴なら作ってくれるだろうからジムに行こうと思う。
そのまま特に変わることなくいつも通りの授業を受け昼になったら飯を食って、雨が降ってきたからジムに行くのを辞めようかなと思ったが、バックに折り畳み傘があることを思い出して自分の用意周到さに惚れて終礼が終わったのでジムに向かった。
ジムには当然歩いて行こうと思っていたが、小森コーチが雨が降っているから送ってやると行ったので国見を除く4人で車に乗って向かった。
多分これは優しさもなんだろうが、僕らが風邪を引いたら困るからだろう。
そして、国見はまだ立ち直れていないと言うことがわかった。
~
「よお、ゴリぽん。見て欲しいものがあるんだけどいいかな。」
「見るわけねーだろ。俺様はツヨポンだ。もしくはトゥヨぽん。これ以外で呼ぶ奴の言うことなんか聞くわけねーだろうが。」
こちらはいろんなことがあって車の中も鬼みたいな状況だったのにこいつはいつも通りだった。
「悪かったよツヨポン。で、見て欲しいものがあんだよ。」
「だから!俺はツヨポンなんだよ!あれ?お前今ツヨポンって言ったな?」
「そうだけど?」
すると、ゴリぽんの目が真面目な時に目に変わった。
「お前が改心したとは思えない。どうせ心の中ではゴリぽんといっているんだろ?」
バレてた!
「てことはそれほど見て欲しいものでもあると言うことなんだろ?」
「さすがだな。」
「まあ、だいたい想像はつくがな。全身走法でも身につけたんだろ?」
正直、この時のゴリぽんは怖かった。
俺の心でも読んでいるのだろうかと本気で思ったが、たまたまだと自分に言い聞かせて答えた。
「よくわかったな。俺の心でも読んだのか?」
一応その可能性もあるので聞いておいた。
「んなことできねーよ。ただ、なぜか全力走法を覚えた奴はみんな全身走法も覚えようとしちまうのさ。あいつらみたいにな。ところで小森コーチはどこ行った?」
そのあいつらが誰なのかは俺には察しがついたが、敢えて言うことでもないしそんな隠すような事でもないのでほっておいた。
「小森コーチなら会議があるって言って、俺らを送ってからすぐ学校に戻ったよ。」
「そうか。ところでお前、全身走法を覚えるのにどれくらいかかった?隠れて練習してたのか?」
「3日前に初めてやったぞ。」
「はあ?」
その声はこのジムの外まで響いているのではないかと言う声で、その後も興奮した声で怒鳴るように叫んでいた。
「なに言ってんだお前。全身走法はめちゃくちゃ難しい走法だぞ!そんな2日や3日で出来るようになるもんじゃねーんだよ。正直に言え。ずっと練習してたんだろ?1、2年くらい?」
「そもそも、そんなに前は走ってさえいないだろうが。どうやって練習するんだよ?」
「そんなの歩きながら練習も不可能ではないだろ!さあ、早く本当の日数を言え!」
「本当はだいたい2時間くらいだけど。」
「2時間…。そんなのなおさら信じられんが、言わないと言うのには訳があるかもしれんからもうどうでも良いが、お前はその全身走法に対する練習メニューが欲しいと言うわけだな?」
「ああ、その通りだ。」
全く信じてくれないが、それでも練習メニューさえ貰えれれば問題はない。
「練習といっても、まあ簡単なものだけれどな。待っとけ紙に起こしてやるから。」
そう言って5分ほどしたら、3~4枚のレポートのようなものに長所と短所そしてそれの伸ばし方や補い方が書いてあった。
やはり、こう言うところは馬鹿にできない。
その後は、俺はもらったものをこなし、残りの3人も新メニューをもらい早速行なっていた。
基本的には俺と社は体力系。英吾と理科は体幹を育てるトレーニングを行なっていた。
6月ももう終わってしまうのでここでの練習も後少しとなった。
ゴリぽんは練習のメニュー作りに関して言えば、今まであった人の中でもトップにすごいだろう。
しかし、もうここで細かくアドバイスをもらうことはできなくなるのかと思うと、少しさみしいような気もしてきた。
「そういえば、ツヨポンさんは7月になったらどうするんですか?」
ナイスな質問だ理科。これで居場所がわかれば細かく無くとも、メニューを作ってもらったり相談くらいはしてくれるだろう。
「なんだ理科、体幹中に喋るとは随分舐めたことしてくれてんね。もっと厳しくしてやろうか?」
「これの10倍位なら余裕ですよ。それよりどうするんですか?」
「そんなにさせたらオーバーワークでぶっ倒れるけどな。全く俺のことなんかなんで興味あんだよ。まあ、教えるくらい良いけどよ。」
「どこに行くんですか?」
「開峰学園というところで、陸上の顧問的なことをしてくれって頼まれてな。そこに行こうと思ってる。部屋もその辺のものを借りてあるしな。」
開峰学園。国内なので遠いは遠いが行けない距離ではないが、もうツヨポンとは関わりを断つことになりそうである。
あそこには、風読 翔がいるのだ。
あいつは絶対に倒したい相手だ。ツヨポンとの関わりはしても良いんだろうが、俺のプライドがそれを許さないだろう。
つまり、この後少しの時間でどれだけ盗めるかが俺の勝敗にかかっていると言っても過言ではないだろう。
ツヨポンと組めば風読は9秒台なんて簡単に出してしまうだろう。
しかし、俺はそれを超える必要があるのだ。
絶対に。
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