第14走者 覚悟を決める者
14
アニメなどで部活が廃部になりそうになる理由としては人がいなかったり弱かったりすることが挙げられる。
そんな時にすごい転校生が来て主人公の熱意により仲間になり、廃部を阻止するというのがセオリーである。
そんな青春を過ごしたかったのだが、俺たちの送っている青春はというと。
覗きがばれ、2人にボコボコにされ(足は守ってくれた)、挙句学校に着いたら報告をすると言い始め、みんなで言い訳をいうも虚しく一蹴。
早く2人を止めなければいけないというのに止める策が全くと言っていいほど思いつかない。
この状況を側から見ると完全に絶望ではあるが実はまだひとつだけ可能性があるのである。
しかし、それは不確定要素も多く0%に近いものである。だが、もはや我々にはそのほぼ0%の可能性にさえフルベットするくらいに追い込まれていた。
「おい、ゴミども。さっさと風呂に入って部屋で死ね。」
なんという言葉だろう。教師とは思えないほどの悪口である。
とはいえ、今それを突っ込むと余計に酷くなりそうなので誰も突っ込みを入れなかった。
~
次の日、俺は来我さんが俺にオフを告げた理由が分かった。
筋肉痛だ、上半身の筋肉が異常なほど痛い。そろそろもげるのではないだろうか?
正直、ベットから起き上がる事すら困難な程に痛い。
これでは朝ごはんを食べる事が出来ないと思っている方がいればそれは大間違いである。
何故か、それは食べさせてくれる人がいるからである。
そう、俺は人生初のメイドさんにご飯を食べさせてもらっているのだ。だが、この別荘にはメイドは実はいない、では何故俺にご飯を食べさせてくれているメイドがいるのかというとこのメイドは…
「てめーいつか殺してやるかんな。」
「こらこら、メイドがそんな汚い言葉を言ってはいけませんよ。小森メイド。」
「申し訳ございません、旦那様。」
まるで、人を殺すかのような目で見ながら、怒りが混じったような声で言ってきた。
さて、少し話は戻るのだが、何故小森コーチは俺のメイドをやっているのかという話に入ろう。
結果から言うと、小森コーチと保険ちゃんも俺らの風呂を覗いたのだ。
死ねまで言っておいて自分たちも覗くという極めて悪質かつ許しがたい罪を行なった為罪を執行することにしたが、殴るわけにもいかないのでこうしてメイドになってもらっているのだ。
まあ、2人とも筋肉フェチで昔から常習犯だったのだ。昔はのぞいているのを見ても何も思わなかったので誰にも言わなかったが、今は違う。ちゃんと裁きを受けてもらっている。当然学校への報告も無しになった。
来我さんが2人が出たというのを教えてくれなければやばかった。
まあ、俺たちの時もチクったのは来我さんらしいがそれは仕方のない事だろう。
というか、どうやって出たかどうかわかったんだ?なんとも怖い人だ。
「朝ごはんを早く食べさせてくれ。」
「はぁ…はいはい。」
「はいは100回!。」
「多いわ!!」
的確なツッコミまでできるという有能なメイドである。
しかしこれで、指一本動かさなくても生活ができる。ゆっくり筋肉痛を治すとしよう。
~
ドンッ。
「イッテーーーー。」
何度目だろう。また落ちた。そしてこの痛みがまた恐怖を増やし走るときの妨げとなっている。
何度しても恐怖心は消えないむしろ増える中で成功なんか不可能だ。
「うまくいきませんね。」
突然後ろから声が聞こえたが今の僕には驚くことさえ出来ないほど体ではなく心が疲れている。
「そうですね。もう一生出来ないんじゃないですか?」
なんとも弱々しい死にかけの声だった。
「怖いですか?」
「ああ、マットがあるとはいえ痛いし怖い。むしろ痛くて怖いだけで済んでいるからそれに甘えて登り切るのを諦めている自分を感じてしまうほどに。」
「いえ、それは違います。あなたはもうそう思っています。これ以上怖いところにはいきたくない、どうせ行くなら最小限の痛みにしたい。と、もう思っていますよ。あなたの頭もそう思っているかは知りませんが体はそう思っています。」
「そうか…」
たった3文字だが、自分の仮説と客観的に見た人の意見があった事である種のQEDのようなものだった。
「時に猫垣様。昨晩女性のお風呂を覗かれたそうですがいかがでしたか?」
は?
なぜそれを今聞くのだ?というかなんでこの人真顔で聞いてきてんだ?
「うるさい。なんでもいいだろ。」
そしてそのまま塔を回り始めた。
何という動揺でしょうか、動揺しすぎて日本語の会話すらよくわからないことのなっている。しかも顔を真っ赤にして。どれだけ純情なのでしょう。
ドンッ。
ドンッ。
ドンッ。
ドドンッ。ちょっと今のはいつもより痛かった。
ドンッ。
ドンッ
「はっはっは。そんなヤケクソで走って登れるほど簡単じゃありませんよ。」
「うるさいな。あんたが余計なことを言ったから動揺したんじゃないか。」
「余計な事ではないですよ。ちょっと気になりましてね。」
「2人ともそんなに大きくは無かったですよ。見た目に反してすけべなんですね。」
もうほぼ無気力な声で言った。
「私はそんな事を聞いているんじゃありませんよ。私が聞いているのは怖く無かったかどうかですよ。」
「そりゃ、肩を触られた時は死ぬかと思いましたよ。」
「その前です。」
「えっ?おっぱいを見て怖いなんて普通思わないでしょ。」
「もう少し前です。」
「は?夜の山は怖かったですよ。」
「違いますよ。私が聞いているのは、見に行くのは怖く無かったかと聞いているのです。バレたら確実にボコボコにされ社会的に殺されるのはほぼ確実にもかかわらずなぜ行けたのですか?」
なぜと言われても正直おっぱいが見たかったとしか答えられないが、今改めて落ち着いて考えるとあの時の俺にはそんな事を考えもし無かった。
まあ、社会的には死にそうだが。
「確かに何でだろうな。今考えれば怖い事なのにあの時はそんな事考えてもいなかった。」
「性欲でしょう。」
何とまあズバッと言うのだろうか。1分ほど考えた自分が情けないわ。
まあ、性欲だけど。
「というかそんなことはどうでもいいのですよ。大切なのは、あなたはその恐怖に打ち勝った事。社会的にも身体的にも死ぬかもしれない恐怖をあなたは越えている。たかが骨が折れるかもしれない程度の痛みなんて恐怖に入らないでしょ。」
なんというか無茶苦茶なことを言っているが、そう考えるとこの程度の痛みなんて怖くなくなってきた。
全身が軽い。
今ならいくらでも登れれそうだ。
~
ドンッ
「痛っ。」
おいおい、全然登れないんですけど。
「猫垣様この塔を簡単に考えすぎじゃないですか?気持ちはあくまできっかけです。あなたはまだ自分の力に足に全てをかけていない。つまり、自分を信じていません。その程度のガキが登れると思うな。」
いやいや、口調変わってるんですけど。
元ヤンかよ。
でも、自分を信じれていないのは真実だ。
「では、今からじゃんけんをしましょう。私が勝ったら二度とこの練習はさせませんし明日もずっと部屋にいてもらいます。もしあなたが勝ったら続けてください。出来るようになるまで何日でも付き合いましょう。」
なんとまあ理不尽な事だろう。
だが、この勝負に拒否権はない。
そして、負ければ確実にチームの足手まとい。
社先輩は三木先輩は使わないと言っているが本気で勝ちを目指すなら俺が抜けることも選択肢に出てくる。
だが、変わるって決めたんだ。
何のために10キロも痩せたと思ってんだ。
これで応援なんて死んでもしたくない。
「やります。」
「ほう。では何を出すか決めなさい。そして、それに全てを賭けなさい。」
全て?なるほど俺にとって何なんだろうか?そもそも全てをかけるに値する人間なのだろうか?
でも、今の俺には一つだけある。
今の俺の全てが。
「決めた。チョキに俺のこれからの部活人生を賭ける。」
これからの事だ。
過去も大事だが、今の俺は未来のために走っている。
だからこれが今の俺の全て。
「わかりました。では私はグーを出します。私は絶対に曲げない。」
何という威圧感だろうか。
いつもの優しい声ではなく、低いRPGのラスボスのような声。
この言葉には命をかけているのではないかと錯覚する程の重みのある声だった。
「では参ります。最初はグーじゃんけん…」
今までの俺なら確実にパーを出す。本当なら勝ちだし、裏をかかれてもあいこで済むいわば安牌。
だが、俺はグーでもパーでもない。
チョキに賭けたんだ。
俺の全てを…
「チョキ!」
心から今まで過ごしたみんなとの時間これから過ごすであろう時間に恥ないような自分なりの覚悟の声で叫んだ。
結果は来我さんが宣言通りグーを出し俺が負けた。
「賭けというのは勝ちと負け以外にも結果が出ることがあります。それは何かわかりますか?」
「知らねーよ。」
負けた。どれだけ俺の全てを込めようともチョキはグーには勝てない。
いくら鍛えても重力には勝てないのと同じで。
「いえ、今の猫垣様ならわかります。絶対に。」
声が優しい声に戻っていた。
勝ちと負け以外にあるわけねーだろ。いや、まてよ。もしかして。
「フォールか?」
「その通りです。確かにあなたは負けた。だが勝負には乗った。すなわち、今までの自分に勝ち未来を掴もうとした。降りれば失いはしませんが同時に得る事もありません。あなたは未来のために過去の自分に勝った。だからもうあなたは登れますよ。」
「え?どういう事だ。意味が分からない。」
「わかりやすく言えば。じゃんけんには負けましたが過去には勝ったので練習に戻りましょう。という事です。」
は?
「じゃあ何、何でもよかったの?」
「いえ、そんなことはありません。もしあなたがグーかパーを出してフォールすれば閉じ込めました。」
怖いこと言うな。
でも、今度こそ本当に登れる気がする。
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