第12走者 新たなる道を行く者
12
「さてでは午後の練習を始めますか。」
保険ちゃんの胃薬のおかげで苦しさは全てなくなった。これで全力で挑めると言うものだ。
「よろしくお願いします。」
「午前の時に上半身の力を上げると言いましたが、それはメインではありません。もう一つの一番大事な能力を上げる為に午後は使います。」
「待った待った。あんなにやらして意味ねーのかよ。」
「そりゃ違うぞ。」
その声は小森コーチからだった。
「今からあんたが練習するのはある走法だ。その為に必要だったんだよ。」
「ちょい待ち、俺にはもう全力走法があるじゃないか。昔はこれで最速を出したんだぜ?他の走法なんていらねーだろ。」
それに今更走り方を変えると言うのは今までを無駄にするような気分である。
「三木様それは違います。あなた様の全力走法はある意味最高の走り方ですしかし、同時に最低の走り方でもあります。」
「ふざけんな、勝手言うなよ。」
最低なんて言葉がこれほどに心に刺さったのは初めてではないだろうか。
「まあ、落ち着け。ちゃんと聞け、あのな全力走法を考案した人がいるんだがその人はその上位互換の走法も考案してたんだ。それをお前に教えるんだよ、決して今までを無駄にする気は無い。」
「本当か?」
なんだか掠れた覇気のない声だったが闇の中で光を見つけたような安心感がそこにはあった。
「矗さん、勝手に早とちりしてごめんなさい。」
「いいのですよ、私ももう少し言葉を選ぶべきでした。」
「それでどんな走り方なんだ?」
正直言ってすごく気になる。体の力を全て出す走り方の上位互換、そんなのあるのだろうか?
「その走法は体の力を一定に保ち続けることによって、体力を効率よく出すことができる走法だ。しかもそれは足だけではなく手や腹、体全身で走る最強の走り方だ。その名も《全身走法》。」
なんと言うかっこいい名前だ!とは思わない。一個前のと名前似てるし、まんまだし。
ただ、俺はこの走り方を知っているような気がする。
「それは今より速くなれるのか?」
「わかんない。」
「は?」
「いやさ、私はこの走り方オススメしないんだわ。」
「え?なんで教えるの。」
「それは、私がそちらの方が良いと思い無理やり押し通しました。」
「それは、何故?」
「この走り方は無駄のない素晴らしい走り方です。もはや芸術の域にまで達していると言って良いくらいに。」
「えーっと。小森コーチ解説して下さい。」
「まあ用は、効率が良いんだよ。実は全力走法は無駄の塊なんだよ。実際速いは速い、というか全身走法よりちょっと下なだけで苦労を比べると同じくらいなんだよな。」
「効率?無駄の塊?どゆこと?」
「全力走法の時に全身に力を入れるだろ?それの差が無駄なんだよ。」
「差?」
「要はだな、RPGとかで考えると、どんな魔法も使える帽子とどんな攻撃も凌ぐ鎧と絶対に当たる弓を装備した奴がいたとしよう、こいつは強いと思うか?」
「強いんじゃないですか?まあ、帽子と弓がミスマッチな気がしますけど。」
「そうそこなんだよ。それが無駄なんだよ。」
「へ?」
「じゃあ次にどんな魔法も使える帽子とどれだけ魔法を使ってもmpが消費されないローブと威力を格段に上げる杖を装備した奴がいたとしよう、こいつはどうだ?」
「最強じゃね?」
「そのとうりだ、つまり一個一個が強くても合わさった時に邪魔し合うと使い物にならないわけだ。」
「そうか!全力走法は全身の力をひたすら上げるだけだから部位によって力の偏りが出るんだ!それが結果として邪魔しあっているというわけか!」
「そゆこと。ただ、さっきも言ったが弓と鎧だけでも強いんだ。少しおしゃれな帽子を被った最強の弓と鎧を纏った奴なんだから。」
「でもそれだと使っていない力が出てくるって事ですか。」
「そだよ。何回も言うが私は今までの全力走法で構わないと思っている。体力を上げればいくらだって速くなれるんだからな。」
「しかし、それでは限界がきます。並み居る強豪の前では意味をなしません。」
急に話しかけんなよビビるでしょうが。
「だが会得の難易度が高い。感がよければ1時間でできるようになるができない奴は一生できん。」
「その為の小森様ではありませんか。」
「ん?今のどういう事だ?」
「実は小森様は全身走法が出来るんですよ。」
なんだと!あんなに人にいらんと言っておいて自分はしてんのかよ。
「いや、数人そう睨むなお前の言いたいこともわかるが聞いてくれ。そもそも、全身走法は長距離用なんだよ、だから身につけただけなんだよ。」
「長距離用?何故だ。」
「全身走法っていうのはだな、全身の力を同じにして走るわけだが肝はそこじゃない。お前今全力走法で何メートル走れる?」
「90mくらいだな。」
「そうかではお前の体力を90と仮定しようそして1mにつき1消費するとして90m走れるというのが現状だ。そして体力が0になったら動かなくなるとしたらお前はどうすれば100mまでたどり着ける?」
「そりゃ1mで消費する体力を0.9にすれば良いんじゃねーの?」
「そのとおり。90mしか走れない体力を調整すりゃ100m走れる同じ要領で行けば42.195も余裕ってわけ。OK?」
「待て、それだと相当遅くならないか?」
「当然そう思うよなでも、おまえが思っているようにはならない。何故なら人間の筋力には限界があるからだ。そしてその限界に近ずくにして力の伸び幅は減って行く速さが上がらないわけではないが0.1秒にも満たない速さしか変わらんだから単純に比例のグラフというわけではない故にフルマラソンでもアホみたいに遅くなることはない。むしろ調節が完璧なら普通より速く走れるぞ。しかも無駄がないからしんどさが異常に低い。これほど長距離に向いた走り方があるかよ。」
「なるほどな、全身走法が長距離に向いた走り方と言うのはわかった。だが、何故俺が習得する必要があるんだ?」
「知らん。」
即答であった。もう世界最速だった。
「は?なんで知らないのに進めてんだよ。」
「うっさいなあ。何回も言うが進めてるのはこの矗さんだ!」
そう言って小森コーチは矗さんを指差した。
「ではご説明いたしましょう。まず、何故全力走法ではいけないのか。全力走法はその名の通り全力で走ります、そして鍛えて変わるのは走行距離。つまり、全力走法はタイムが計算で出すことができます。一方全身走法は調整によって長距離も短距離も走る事ができます。また、どちらも体を鍛えれば速くなれますが全力走法は鍛え方によっては走行距離が減る可能性もあります。そのような事より私は、全身走法を挙げさせていただおております。」
確かにタイムは速くなっていたがある程度の予想とほぼ合致していた。その事を俺は順調と思っていたがそれは速くなったのではなく、ただ単純に速い状態を維持する時間が長くなっただけだったと言う事だったのか。
「分かった。俺はその全身走法を身につける。ただ見込みが無かったら言ってくれすぐに諦めるから。」
「良い返事です。」
急に師匠感出されても困るわ。
~
また負けた。これで何度目だろう?勝てないとかあと少しとかそう言う次元ではない、ただ遅いのだ。決して反応速度ではないと思う。実際先輩より早く反応しているからだ、音が鳴ってから0.3秒ほどで反応しているはずなのだ。つまり、今足りないのは起き上がる速さだと確信している。だが、どうもうまくいかない。
(国見様は早く起き上がろうとしていますがそれでは勝てませんなあ。他のところは掴んでいると聞いていますが私の所だけまだ答えも導けていませんねえ。まあ、答えは教えられませんしペースというものもありますしね。)
なんだ何が足りないのだ。いや何が足りないかは理解している、動きの滑らかさだ。社先輩の動きも見させてもらったが正直次元が違った。滑らか以前に無駄がないなんなら必要な動作さえ無い。この動きをマスターするのが一番大事な事だとは思うが全くできない、何が足りないのではなく動作が多すぎるのだ。俺が10の動きで走っているとしたら先輩は3の動きで動いているそんなイメージだろう。
一度だけ惜しかったことがあった。だがそれはフライングだったと思う。正確には分からないけどいつもより早くに出てしまった気がしたので、おそらくフライングだと思われる。フライングしても惜しいと言う自分に腹が立つ。
今の俺はひたすら起きる動作を完璧にする必要がある。その為には数をこなすしか無い、考えるより動く方が俺は得意だから。
~
だいぶ登れるようにはなってきたが、最後の角度が上がるところで踏ん張りがきかない。足に頼ってはいけないと来我さんも言っていたが体が気づいたら足に頼りきっている。
「ビビらずにそのままで走れば運がいいと成功しますよ。」
何故かあの後2回ぐらいで成功した理科の言葉もなんだかイライラしてくる。
ビビらないなんて無理に決まってるじゃ無いか。体がほぼ横になっているのに、笑いながら走っていたあいつがいかれているのだ。
終わったらすぐに休憩しやがって。今も来我さんとなんか話してるし。
~
「中川様少しよろしいでしょうか?」
「何ですか?」
「中川様は昔、何かスポーツをされていたのでしょうか?」
それは理解にとって意外な質問だった。見た目もヒョロっとしているしタイムも良く無いのに、何故この人はそんな事を聞くのだろう。そんな事を考えていた。
「見た目通り何もしていませんよ。なんでそんな事を聞くのですか?」
「いえ、この蟻地獄はそんなに簡単にはできておりません。失礼ですが、理解様のタイムや体力ではクリアさえ怪しいと思っていました。」
「ははは、そりゃそうですよね。確かに僕はスポーツは一切してないし、親にしたいと言ったら断られました。」
「そうですか。でしたら生まれ持った才能でしょうな、それをもっと活かせるようなことができたらよろしいのでしたが。恥ずかしながらこれが一番難しい物でして…申し訳ありません。」
「才能ね…それは確かに勉強面なら否定しなかったんですけどね。僕はある人に出会ってスポーツをしたいと思いました。でもさせてくれなくて、それでもいつかしたいと思って部屋にこもって勉強してるふりしてずっと体幹を鍛えてたんですよ。だからあの位は全然何て事ないんですよ。」
「なるほどそういう事でしたか、先程は申し訳ありません。」
「いやいや、謝るような事じゃ無いよ。」
「ちなみに、どのくらいされたいたのですか?」
「毎日3、4時間を小学生くらいの頃からしていますよ。」
なんと言う事だ毎日3、4時間も体幹だけをし続けたと言うのか。何がいや誰がそれほどまでにこの少年の心を動かしたのだろうか?
ただいま言えるのはこの少年、中川 理科様があの5人の中で最速になるのでは無いだろうかと言う憶測だけである。
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