第7走者 出会う者

7


俺の母〈最速のマーチ〉こと田島 弥生は俺の知っている中で最高にネーミングセンスがダサい。


耳を疑うかも知れないが、自分の二つ名も自分で考えているのだ。


とても痛い。まあ、自分の事なのでお好きにどうぞという所もあってほっといたのだが、遂に自分の息子にまで付けやがった。


〈トリプルナイン〉


ダサい以前にまんまだしこれ以上記録が伸びたらどうするつもりなのだろう?


極め付けは、部活の名前だ。陸止部だとふざけるのも大概にしてほしい。目が悪い奴なら気付かないぞ。

だが、部活の日誌の名前だけは認めてもいいかもしれない。



「「「「「1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2……。」」」」」


走り込み中である。


俺の母が陸止部の創部者と知った後、小森さんに入った事を伝えた。その時分かったが小森さんは顧問ではなくコーチだった。


そしてその小森さん改め小森コーチの指導が始まった。全員での走り込みの後、国見と社はスタートの練習。理科は筋トレ、英吾と俺はまだ走り込み。


英吾は体重を減らす事、俺は体力作り。


今日は5月の最終日、部活に入って約1週間このタイミングで10秒は切っていないと流石にキツい(50m)。

「よしじゃあ皆記録測るから読んだらきてね。」


最初に呼ばれたのは国見と理科(もうすでに呼び捨てに出来ているのだ流石リア充)。


「よーいドン。」


走り始めて約1秒既に差が分かり始めていた。国見はこの一週間でスタートの練習を叩き込まれていた。


その成果かスタートから最高時速に達するまでの時間は1秒未満だった。


それと対称に理科は前回と比べてもあまり違いは見られなかった。


国見:6.0


理科:7.1


二人とも速くなっている。特に国見5秒の大台まであと0.1秒その0.1秒が辛い事は知っているだが彼にはもっと速くなってもらはないと困るのだ。


理科も記録は伸びている小森コーチの筋トレが功を奏したのだろう。筋肉が少ないので土を蹴れてないとすぐに気づいたのは流石だと思った。


「次猫垣と社」


なんだ俺はトリか。最後なのはいいが一人というのが辛い、隣に誰かいると速さが分かって走りやすいし自分の速さがわかるから誰かとが良かったのだが仕方がない。


英吾7.5


社 6.1


社もスタートのおかげか伸びている。しかし英吾は前と変わらない。だが、前回と比べると疲れがない、走り込みの成果が見えている。


「数人来い。」


前回が13.45。9秒台までは戻したい。


「よーいドン」


全身に力を入れて走るこの走法は体力をアホほど使う。


「はあ、はあ、」


疲れが来た。だが前回と比べると持続時間が伸びている距離にして35m。



「数人タイムは、8.9」


なっ!元が遅すぎるが故に他の奴より伸びがいいのは想定内だった。だが、8秒台は想定外過ぎる。


でも。まだ…


「まだダメダメだな。」


「ああ。」


小森コーチは部活の時だけ何故かsになる。ワザと俺らのために心を鬼にしてくれているのだろうと分かってはいるのだがギャップが凄すぎて萌えるのを忘れてしまう。


「35mくらいか。50m走に出るならば後2週間で物に出来るだろう。だが、そんなものは無いしお前が出るのは違うだろ?」


「分かっています。100mの内の35mを世界最速で走れても残りの65mをヘトヘトの状態で走れば国内はおろか県ですら勝てないでしょうね。」


「その通りだ。だが、無理はするな。走りが嫌いになるからな。」

その日は、記録を測った後は特に何も大したことはなく解散となった。


6月に入った。


この季節は梅雨があるので外での練習は10日までとしてそのあとの20日間は小森コーチの知り合いのジムで練習させてもらえるらしい。


6月に入っても特に練習メニューは変わらなかった。


少し言うとすると、岩国と社は細かい動きにも注意され始め本格化していった。


そんな中俺は次の10日にあるタイム計測で7秒台と50m間の全力走法(ぜんりょくそうほう)の為ひたすら走り込んでいた。


しかし、それを苦とは一瞬も思わなかった。


どんどん集中できた。少し恐怖さえ感じるほどの集中力だった。


だから、部内の異変に気づけなかった。


10日。測定日


この日、社は遂に5秒台に乗った。そして岩国も7秒00という本当に惜しい記録だった。そして俺も7秒80遂に目標の7秒台に乗った。そして、全力走法も45mは持つようになった。


なにもかもいいと思っていた。そんな、考えの俺を殴ってやりたい。


英吾:7.8


理科:7.5


あまりにも受け入れ難い真実だった。そしてそれは怒りでもあった。


「おい、どういうことだよ。」


この時の俺は、タイムには消して怒っていなかった。何故なら0.何秒なんて物は遅くなったになんて含まれない。


俺が怒ったのは、二人のゴールを見る目だった。


「お前ら今ゴールを見て走ってなかっただろ。」


二人とも筋トレや走り込みのお陰で体力は付いている。だから、50mくらい走っても汗をかいたりはしない。でも本気で走れば息は少しぐらい上がるのだ。


「お前らふざけてんのか?まだ、2週間前のお前らの方がマシだぞ。」


そのあと俺は帰った。



次の日の昼休み社がいつも通り来た。


「やあ、元気かい?」


「まあな、タイムも順調に戻り始めているしな。」


それは本当に嬉しいことだった。


「あの2人の事聞いてくれるかい?」


「嫌だね。あんな目をした奴らのことなんて知るかよ。なんなら俺が代わりに出てやろうか。」


「僕がお願いと言ったら出てくれるのかい?」


試す様に言ってきた。


「そう言っているだろ。」


「じゃあ、優勝のためにも二人のどちらかと変わってくれ。」


「構わんが二度と話しかけるなよ。」


そう言うと社の口角が上がった。


「だから僕は君にそう言わないんだよ。試すような事してごめんね。」


4人で出ると言っておいて後から入ったやつを出すなんてそんな奴とは話したく無い。まあ、プロの世界なら仕方ないとも言えるが生憎俺らはプロじゃ無い。


「まあいいよ。」


「ありがとう。お礼にコレをあげるよ。」


何だろう?写真のようなものみたいだが…。まさか!


「AV女優のヌード写真か?」


「そんな様なものだよ。」


ヌード写真と聞いて喜んでしまった為その時の社のほくそ笑んだ顔に気づけなかった。


パラッ。


「やべえ。」


ヌード写真を落としてしまった。そんなのがバレたらリア充と思われなくなってしまう。いや、それ以前に人として見られないかも…。少し想像したが、女子に罵詈雑言を言われる。悪く無いかも知れん。いや、良くねーよ。危ない、危うく変な性癖になるところだった。


正気を取り戻し写真も一枚も見られる事なく回収できた。ふー危ない危ない。家に帰ってからゆっくりと見ることにしよう。


「今見てよ。」


なんですとーー。何だこいつ、今見ろだと?それくらいの勇気も無いのにAV女優を語るなという事か?

「いいだろう。今見てやるよ。はっ。」


掛け声と共に俺の前に現れた人は…。


「なるほどな、お前は回りくどいんだよ。つーかいつ撮ったんだよこんなの。」


俺だった。それも走らないと誓っていた時の。改めて客観的に見ると、明らかに今と比べると目が死んでいる。


「ごめんね。でも、コレが一番効果がいいかなと思ってさ。」


「効果抜群の上に急所に当たったよ。分かった、ちゃんと聞く。」


同じ目では無かった、俺の方が死んでいた。


「英吾の方はもう小森コーチに頼んであるからもう大丈夫。でも、問題は。」


「理科の方ってか。」


「うん。」



勉強は苦手じゃない。むしろ得意だ、大体授業を受ければ理解できる。


だから、みんなと比べて自由な時間があった。


その時間を何に使ったかといえば、基本的に読書だった。


運動は全くできないわけじゃないが好きでは無かった、やれと言われればするくらいだった。


だから高校に入ってから部活に入ることに決めたのは自分自身が一番驚いている。


何もしないことに飽きてきた事もあったのだろうが、それでも入部率3割以下のこの学校で入ろうという奴自体珍しいのに初心者だなんて僕だけでは無いだろうか?何故僕が入る事にしたのかそれは、前述通り暇だからと言うのもあるだが一番はある先輩に憧れてだ。


昔、ある学校の陸上部とおぼしき人達が走っていた。その時の僕には速いくらいにしか感じないような年だが一つだけ気付いたのだ。それは、一人だけ明らかに遅いと言う事だ。その時の僕は「あの人遅い」くらいしか感じなかった。


でも、毎日見続けているとある感情が浮かんできた。


それは、尊敬の感情ではなく哀れみに近い感情だった。


あんなに差が有れば2年ちょっとでは絶対に埋まらないだろう。それなのに何故あの人は走るのだろう?僕には理解できないだろう。


来る日も来る日もひたすらに走っていた。


それをただ横目に見ながら家に帰るそんな日々を過ごしていた。


そんなある日図書館に借りた本を返しに行った帰りの道のベンチにいつもの遅いあの人が座っていた。

息を切らしていたので今日は自主練でもしていたのだろうか?


話しかける気などなかったなのに頭より先に口が、今聞かなきゃ絶対にダメだと言う予言にも近いそんな感覚だった。


「あの。」


「何ですか?すぐ退くのでちょっと待ってください。」


「ああ、違います。少し聞きたい事がありまして。」


「聞きたい事?何かな?彼氏ならいないよ。」


「そうではなく、何故走るんですか?嫌な言い方をすればあなたは遅いですよね?走っても仕方がなくないですか?」


「あはは、人が気にすることをズバズバ言うねー。小学生?」


「はい、そうですが…。」


「そっか、あんまりズバズバ言うと傷つけるから気を付けなよ。」


「はい…ではなくて。」


「何で走るかだっけ?それはねー。


何故かこの女の人は溜めて話す癖がある。あまり好きではない。


「はい。」


「私馬鹿なんだ。だから考える時間がもったいないんだ。」


「どう言う事ですか?」


「《迷ったら走れ》」


「え?」


「昔、おねーちゃんから言われたんだ。あんたは少し抜けてるから考えるのをやめなさい。迷ったら走れってね。」


身体中に電撃が走った気がした、迷ったら行動それは齡11歳の単純で言われた事を効率的にするだけの人生観を変えるには十分すぎる言葉だった。



「なるほどなぁ、それは深刻な問題だ。」


「だろ?どうしたものかなあとも思うんだが…。」


「どうもできないと。」


「そゆこと。」

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