第6走者 走り出す者

6


今考えれば大した事が書いてあったわけじゃない、ただ一人の人を走りの世界に入れたいと思った一人のランナーの日記のようなものだった。


いわば実験の様なものだった。


こんな事をしたらこうなったらだから次はこうしようみたいな事が書いてあっただけなのだ。

まあ、それに心が動いてしまったのではあるが。


それにあの紙に書いてあった言葉迷ったら走れあれは特に俺の心に刺さった。


しかしあの紙は明らかに別添えだった。つまり母さんは汐田とかいう人以外に伝えたかった言葉ではないだろうか?まあ、知るよしもないのだが。


「おい、着いたぞ。」


「ああ。」


あんなに敬遠していた陸上という世界に俺は戻る。それが、いい事なのか悪い事何かは知らない。


何故かと聞かれたらとりあえず、

「風を感じたいから。」と、でも答えようと思う。


さて、走りの世界にでも戻ろるとしますか。そう心で思い(言ったら恥ずいから)ドアノブを回した。

俺の2回目の走りの世界は、始まらなかった。


「そこは野球部の部室だぞ。」


「おっとオリンピック。」


間違えてしまった。おいおい、こんなんではいけないな。本当にさっき言わなくてよかった。


「ここか?」


「ああ、今度はあっているぞ。」


ガチャリ、今度こそ一歩踏み出した。


「みんな、元気か?」


「社先輩遅いですよ!早く新しい人探さないと廃部になるっていうのに。」


「ごめんごめん、でももう心配は要らない何故ならこいつが入るからだ!」


「こんにちはー。今日からお世話になります三木数人です。よろしくお願いします。」


おおー、となんだか間の抜けた声が上がった。


「流石ですね、先輩。」


「まあな、でも俺は無いもしてないけどな。」


本当にこいつは何もしていない。


「そんな事無いですよ。先輩の熱意があってですよ。」


「そうなのかなー。いやー照れるなー。」


おい。調子に乗んな。


「それはさて置き自己紹介でもするか、数人お前からいいか?l


「ああ、さっきも言いましたが三木数人ですおねがいします。」


俺の対して中身のない自己紹介に後に、少し太っている男が次に自己紹介を始めた。


「猫垣 英吾(なこがき えいご)です。1年です、ダイエット目的で始めましたが今では大会目指して頑張っています。」


今の言い方だと痩せる為に始めて痩せたから大会頑張るぞ!の様な言い方だが、そんなにまだ痩せていない気がする。


でも、痩せようとして頑張るという気持ちは好印象である。


その次にさっきのとは対象にヒョロッとしたのが口を開いた。


「中川 理科(なかがわ りか)です、僕は体作りにために頑張っています。」


こいつも自分を変えるために、走るのか。嫌いじゃない。


次は背の高い男が話し始めた。


「国見 語(くにみ かたり)です。お願いします。」


カッコ良く言えば寡黙、普通に言えばあまり話さない奴なのだろう。だが、こいつの体つきは前の二人と比べて明らかに違う。走ってきた男の体だった。


「悪く思うなよ、話すのが苦手なんだ、ちなみに全員1年だから後輩だぞ。」

「そうか、わかった。一応聞くが顧問は誰なんだ?」


「小森先生だよ。」


「いや、もう一人いるだろう。なぜなら、あの人は最近入ったばかりの先生だからだ。それより以前の顧問がいるはずだろう。」


「薄墨先生ですよ。」


「確か猫垣くんだっけ?」


「英吾でいいですよ。」


「そうか、英吾今なんつった?」


「ですから薄墨先生です。」


「ウスハゲだと。」


おいおい、これは温厚な俺でも黙っていられないよ。


「おい、社。聞いていないぞ、どういうことだ。」


「だって言ったら絶対入んないだろ?」


「当たり前だ。はあ、今からでもやめられるかな?」


「無理に決まっているだろが。残念だったな。」


はあ、やってしまった今世紀入って1番のミスかもしれない。入ると言ってしまったし、事前に確認していなかった俺も悪いので諦めるが、モチベーションは下がった。


「薄墨先生のこと嫌いなのですか?」


「ああ、こいつは僕も理由はよく知らないが薄墨先生の事をすごく毛嫌っているんだよ。ウスハゲなんてあだ名もつけてな。」


「そうなんですか。なんでなんですか先輩?」


「えっと君は中国くんだっけ?」


「違います、中川です。僕も理科でいいですよ。」


「そうか間違えてすまんな理科くん。ちなみになんでかは聞かないでくれ、言いたくないんだ。」


ちなみになんでかと言うのは、俺の学校での立ち位置によるものだ。俺は校長の謎の考えで在学しているので、ウスハゲからすると勉強もしない走りもしない奴なので俺への当たりが強くてとても嫌いになった。ちなみについでに言うと、あだ名のウスハゲは頭のハゲから来ている。


「そうだ、数人お前から何か聞きたいことはあるか?


「そうだな聞きたいことではないのだが、みんながどれ位の速さなのか見せてくれないか?」



「じゃあまずは僕から走るね、理科タイム測ってくれないか?」


「はい分かりました。」


「俺もゴールで見とくわ。」


ちなみに今回は、50mを走ってもらう。


「じゃあ行くぞー。」


「よーいドン。」


流石に速いな、合同体育で一緒になる事があるのでたまに見かけるがあいつの身体能力はずば抜けていることは知っていたが、走りに関してもやはり速い。


「何秒だ?」


「6.2秒です。」


速い。だが、大会に行くとなるともう少し欲しいタイムだった。

そのあと3人にも走ってもらった。


英吾:7.5


理科:7.3


国見:6.1


「どうだ?」


「正直遅い、大会を狙うならもっと縮める必要がある。ちなみに何に出るつもりなんだ?」


「200×4のリレーだ。」


「なるほどな、ならば国見、社お前らは5.5くらいを目指して欲しい。英吾、理科おまえらは、6秒前半つまり1秒縮めるのが大会で勝つための最低条件だ。」


「1秒なんて無理ですよ、今は5月末大会は8月半ば2ヶ月ちょっとでできるわけないでしょ。4月から始めて約1ヶ月半で縮んだのは0.5秒ですよ2ヶ月で1秒以上なんて無理です。」


「馬鹿か、できないだと。違う、やるんだよ。」


「あなた何なんですか?何様なんですか。」


「まあまあ、落ち着け理科。」


「落ち着けませんよ、確かにこの人のお陰で部は存続ですが、この人にそんな言われることではないでしょ。」


「確かにな、でも落ち着け。こいつは、言うだけの実力はあるんだよ。」


「えっ?」


俺から声が出てしまった。社に俺の過去のことは言っていない、つまり。


「昔の俺を知っているのか?」


「まあね、だから君をずっとスカウトしたんだよ。昔、君をあの大会で見た時から決めていたんだよ。」


「そうか、そう言われると少し照れるな〜。よーしお前ら元9.99の俺の走りを見せてやる。」


「社先輩、9.99とはなんですか?」


「あれ、国見お前が喋るなんて珍しいね。そのままの意味だよ、あいつは100mで999を叩き出したんだよ。」


「待ってください。今、国内での最速は10秒を切ってないはずだ。」


「確かにな、でもそれは公式記録だけの話だろ。あいつの記録は非公式、ただそれを裏付けるものは僕の記憶しかないけどな。」


「どういう事ですか?」


「雷が落ちて計測器が全部壊れたんだよ、壊れた計測器は⒐99を指してぶっ壊れたんだよ。」


「つまり、走り終わったと同時に雷が落ちて計測器が壊れて非公式という事ですか?」


「そうだよ、確かにそれだけなら機械のバグを考えるんだけどたまたま、僕も自分で測っていた。それが9.99だった。だから僕は彼をスカウトした。」


「みんなーいっくぞー。」


いつも寡黙でクールな感じの国見が興味を持っている。これは、いい傾向だ。


「よーいドン。」


久々の感覚だ、まず全身に力を入れる。全身で走る、これは昔の小森さんの走り方を参考に母さんが俺に教えてくれた、最速の走り方だ。


感じる全身で風を土をそして、体に流れるこの最速の血を。


ああ時間が長く感じる、気持ちいいこの疲れが気持ちいい。


やはり、ブランクの所為か体力に限界を感じ始めてきた。


元々これは体力を物凄く消費する走り方なのだ、だから俺は100mしかでれなかったのだ。


「ゴーーーーーーーーーーール。いやー気持ちいいね。爽快爽快。理科くん何秒?」


「えっと13秒45です。」


は?なんて?


「今、なんつったーーーーー。」


「ですから。13秒45です。」


「社先輩、人を間違えましたか?」


「いや、これは想定内だ。」


「は?」


「あいつは、最速を出した2日後から走る事ををやめた。故にあいつは丸4年走っていない、そんな奴が急に走れるとは思っていない。」


「てことは、本当に埋め合わせとしか思っていないんですか?」


「いや、当然戦力として考えている。国見聞いたことあるか?」


「何をですか?」


「記憶喪失になっても話せたり泳げたり自転車に乗ったりすることは出来るらしいんだよ。」


「つまり?」


「あいつの走り方は変わっていなかった。あとは体力と環境この2つであいつは、最速に戻る。俺はそう確信している。」


この時、社自身も無意識であったが一人称が変わるほどに興奮していた。


「どういう事だこれは。」


これは想定外過ぎる、最速が出るとは思ってはいなかったがまさか社や岩国の倍以上のタイムとは思いもしなかった。


だが、走り方に違和感はなかった。つまり、体力が上がれば戻れる。そう俺は確信した。


でも。恥ずい。


「えーっと、何というかそのー。」


後輩に気を使わせてしまった。辛い。


「無駄が多くないですか。」


「確かにそう見えるかもしれんが、これが最速の走り方だ。」


「14秒が?」


「13.45な陸上やるならそこは正確にな。悪かったよあそこまで啖呵切っておいてこんなので。」


「大丈夫だよ数人、4年も走って無いのに走り方が変わっていない。故にまだ道はある。」


「やっぱそうか、よかったー。俺も走り方に関しては大丈夫だと思ったんだよ。」


「じゃあ皆、ランニングに入るよー。」



死ぬかと思った。体力の少なさに自分でも引いている。


「さて、皆帰っていいよ。」


「「「お疲れ様です」」」


「お前は帰らないのか?」


「ううん、この日誌書いたらすぐ帰るよ。」


「そんなのあるのか?」


「まあね、みんなの事や大切な事があると書くんだよ。」


「ふーん。」


《走り行く全ての人たちへNo.22》


「ん?これは。」


俺がもらったものと酷似した名前をしているな。


「なあ、これの昔の物ってあるか?」


「ああ全部あるぞ。」


おや?おかしい?俺の勘違いか

「じゃあさNo.1を見せてくれないか?」


「ああー。悪りぃNo.1だけないんだ。」


ビンゴだ、俺の母さんはこの学校の卒業生だ。しかもこのふざけた名前の部活も自分で作ったのだろう。


「あのさあ、部活に入った記念にこれやるわ。」


「ん?」


《走り行く全ての人たちへNo.1》


「ええええええーーー。何で持っているの?」


「そんな事は気にすんな。じゃあな。」



「ただいまー。秋子さん」


「お帰りー。遅かったって事は入ったんだね。」


「まあな。ありがとな。なんか凄い心にきたわ。」


「いえいえ。」


「それとさ、あの本を部室にあげちゃったけどいいかな?」


「ああー、まあいいよ。私にはもう必要ないし、数人ももう必要ないんだろ?」


「ああ、これ以外はな。」


そう言って、2つ折りにされた紙を見せた。


その時の秋子さんの顔は、何か遠くの物を見ていた気がするがそれは決して悲しい顔ではない気がした。

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