第3走者  決意する者

3


私はこれからどうするのだろう?


そう、勝手に思っている。


高校の頃たまたま出来た数学を友達に教えた時に、


「教えるの上手いね。」


と、一言言われただけだったのだが別にそれ以外なりたい物も無かったし、それっぽい理由にもなったので教育系の大学に通い。教育免許はあるがなる気はないので成らず。ただ、趣味に没頭している感じなのである。


趣味と言っても、一応プロの陸上選手ではあるのだが…


小学校の頃誰にも抜かされた事がなかった。だから、好きな男子のタイプもみんなと違った。みんなが足が速くてカッコイイよね。などと言う奴は私の足元にも及ばなかった。だからその頃は、私の事を応援してくれるような人が好きだった。マネージャーみたいな事ではなく、普通に走っている時に応援してくれる程度の人が好きだった。別にそれはクラスの為の応援でも。嬉しかった。


高校に上がって、体格差がつき始めて男子に抜かされるようになって来た。


とはいえまだ、半分以上は私より遅いのだが。


故に、私はその頃足の速い人が好きだった。その人の背中を追っているうちにその人のことを思っていた。


ちなみにその頃周りは自分の部活の応援に来てくれる人が嬉しくて気づいたらカッコよく見えて来た。などと言っていた。


私は、なんだか高校生から小学生になっているみたいだった。勿論ただ速いから好きという浅はかな考えでは無いにせよ、それでも自分のことを子供だと思ってしまっていた。


大学時代サークルに入り陸上を続けるつもりだったのだが、ほとんど飲みサーとなっており。結局一人で走ることになった。


あるマラソン大会をきっかけにシューズ会社とスポンサー契約をして晴れてプロになるチャンスを得たのだが、そもそも私は100m志望だったので断るつもりでいた。


しかし、そんな私の無理も一応タイムを見てからとチャンスをもらい、後日走りその場で契約が決まった。

最初の方は、大会なども優勝していたのだがある事を境に優勝を拝む事はなくなる。


それこそが、私と風読 翼(かざよみ つばさ)との出会いだった。


この風読 翼は私の人生を変えた人間ベスト3に入る人間である事は間違いない。


彼女は国内の記録をどんどん塗り替え男子の記録とも遜色無いものになってしまった。


高校の時ですら男子を抜き去る事は出来なかった私が彼女を抜かす事はほぼ不可能に近かった。


それでも、走りたいという感情以外なかったので私は走り続けた。あまり、彼女の事も意識はしていなかった。


しかし、彼女は私と同じシューズ会社に入ってきたのだ。今まで意識をしないようにしていたのだが、同じ場所にいると言うのはどんなに頑張ってもやはり意識してしまうし比べられる。


彼女は何も悪くは無いただ彼女が現れてから成績も落ちモチベーションも下がっていた。故に私はその会社を出る事にした。


これは言い訳かもしれないが、私はその顔の社長があまり得意ではなかったいや嫌いだった。指導と言う名のセクハラ、成績が落ちればパワハラ、正直心が参っていた。


だから私は約1ヶ月何もしない日々が続いた。


地元に帰りのうのうと生きていた。


秋子さんという大学時代の先輩に愚痴を言って慰めてもらっていた。


秋子さんは大学時代もマネージャーとして助けてもらっただけでなく大人になっても助けてもらった。正直一生かかってもこの恩は返せないのでは無いのだろうか?


ちなみに、私の人生を変えた人ランキング2位優しい人ランキング1位である。


1ヶ月ほどそんな生活を送っていたら、秋子さんからある陸上の実業団を教えてもらった。


その中の関係者と親しいらしく、入れてくれるように口添えをしてくれたらしい。


本当にこの人には感謝なんてなまぬるい言葉では足りないほどの感謝を送ろうと思った。


私はその時始めて自分の言葉の少なさを呪った。


その実業団は、プロにも通用する人もいたし実際プロだった人もいた。


なので、とてもレベルは高かった。


しかし…


「なんで、ここはリレーしかしないんですか?」


何故か個人種目を誰もやっていなかった。厳密言えばいたのだが圧倒的少数だった。


「いやあのね、そもそもうちは団結力や体力づくりがメインだから、そんな大会に重きを置いてないんだよ。勿論、優勝は嬉しいけどね。」


そこは実業団と言うよりは、部活と言う方が正しかった。


よって私は孤立してしまい。一人近くの川の近くの1本道で練習することにした。


そこは、100mごとにベンチがあるので距離が測りやすく練習がすごくしやすい環境だった。


100m走ったら座りまた走る、それの繰り返しだった。だから、ベンチに人が座っていると嫌な感じもしたが私のものでは無いので我慢していた。


だが、一人で寝転がって1つのベンチを使うマナーのなっていない人がいた。


すごく嫌な感じがした、それは疲れているから座りたいからでは無く何となくその人の態度が嫌だった。

「あの、どいてくれませんか?3分ほどでいいので姿勢を起こすだけでいいので。」


なんというかこの時の私は凄く身勝手だったと思う。しかし、それでも言わなければいけないそんな気がしたのだった。


「悪いね、それはできない頼みだ。私はこのベンチに寝転がりながら夕日を見るのが好きなんだよ。」


「夕日が見たいのであれば他の場所でもよくないですか?」


「それを言うなら休憩だって他の場所でもいいんじゃないのか?」


正直、ぐうの音も出なかった。


「それにね、この長い道で夕日が見れるのはここだけ。唯一ビルが邪魔しないんだよ。」


とても幸せそうにそう言った。それはまるで、いや実際私に言っている言葉ではない気がした。


そんなこんなで話してると、太陽が沈み始めた。


こんなにじっくりと夕日を見る事は今までなかったのだが、つい見入ってしまった。それは、今日という日が終わり始めている事を残酷にも無慈悲に伝えているそんな気がした。


夕方が終わり夜が始まった。


「悪かったね、いくらでも座るといい。」


その人は、少し乱雑にそれでいて目に少し涙を浮かばせながら言った。


正直もう体力など回復していたが、それでも座り私は彼女に、


「また見にきてもいいですか?」


そんな事を口走っていた。


「あたり前だろ、確かに私しか知らないし私以外見ようとしてるやつもいないけどここは、私のものではないんだから。」


そんな当たり前の言葉が何故か今は私の心を喜ばせた。


次の日も走り夕方になればベンチに言って眺めていた。当然、彼女もいた。


次の日もまた次の日もその次の日も毎日通っていた。最初はベンチに座らしてくれなかったが。1週間ほど立つと、座って待っていたのでその日から座る事を許された。


気づくとお互い、早く着いて話をして夕日を見たら解散そんな事をしていた。


名前も知らないあの人と話しているととても落ち着いていた、1日疲れてもあの人との会話は疲れを吹き飛ばすそんな力がある気がする。


あの人と出会って1ヶ月経ったか経ってないかぐらいの時、私は久々の公式戦に出ることになった。ほぼ行ってないのだが、一応実業団名義で出ることになった。


公式戦と言っても都内から離れた地方での予選の様な物なのでここに風読はいなかった。そのことに対してホッとしている自分とそんな気持ちになっている自分に対して釈然としない自分がいるのもまた事実だった。


結果は、自己ベストを出して優勝した。


なんだか、長距離ですごい選手がいると皆騒いでいたがそんな事はどうでもいい。


早くこの喜びをいの一番に彼女に伝えたかったのだが、そんな日に限ってこなかった。


別におかしな話ではない、今までもたまに来なかったりするのだ。当たり前と言えば当たり前なのだがお互い社会人なので時間が作れない日もあるだろう。


家に帰りテレビを見ていると、たまたまよくあるスポーツ選手に色々な質問をする番組がやっていた。


「風読選手にとってライバルいるんですか?」


「そうですね…乾(いぬい)選手や小鳥遊(たかなし)選手、早見(はやみ)選手などの走り方は参考にしています。」


「全員、男子の選手ですよね?」


「はい。」


「女性の選手では誰かいるのですか?」


「そうですね…ライバルなどはいないですね。正直、私の記録が国内ではあと5年は抜かれないのではないかと思うので…」


その言葉を聞いて、嗚咽にも近いなにかが体の中から込み上げてきた。


分かっていた、だが努力すれば変わるかもしれないそんな風に思っていた、いや思わせていた。自分につき続けた嘘を、たかが足が速いだけの人間にテレビ越しで悪気など一切なき突きつけられた。


「小森選手などはどうですか?」


アナウンサーのその言葉が意外だった。私が出てきたこともだが、私を知っていたということが1番の驚きだった。


「あの人はもうダメかもしれませんね、だんだん成績が落ちて今私がいる所にもいたんですが辞めさせられて、復活は難しいのではないでしょうか?」


「そうですか。ありがとうございます。」


どうでもよかったが、一つ言いたいことがある。私は自分から辞める事を選んだのだ。


次の日走っていてもまともに走れていたか微妙だった。昨日のあの言葉がずっと残っていたからだ。


そんな気持ちで走ってはいけないと知っていながらもエリア予選まで時間がなかったので走るのを辞めなかった。(地区予選→エリア予選→本戦このような順番で行われる。)


ただひたすらに、走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走るーーーーーーーーー。


気がつくと寝ていて、また走る。抜くのが嬉しくて、ただ走りたくて走っていくそんな日常は気づいた時にはもう跡形もなくなって消えていた。楽しくなんてなかった。


そんな自分の気持ちとは裏腹にタイムは確実に伸びていた。風読 翼の記録には遠く及ばないもののそれでも、エリア予選は突破できると確信していた。


だから、現実を受け止めることが出来なかった。


走りたくもないのに走ってタイムを伸ばして、そのことに対して喜ぶこともなくひたすら走るだけの日々を過ごしていたのに、風読 翼以外は大したことないと思っていたのに。自分の力は自分が一番分かっているつもりだったのに、その力が強いと盲目的に信じていた自分にひたすらに怒っていた。


テレビでは、私に勝って本戦出た選手のことを風読 翼が期待してるだのなんだの言っていた。私の事は悪口すら言われなかった。世界から消えた気持ちになった。何もする気になれなかった。


だから、今でもあの日あそこに行ったのは不思議で仕方ない、そのことに対して怒りなどは全くないただ不思議だった。


「おいおい、何か悩んでいる顔をしているね。」


「えっ」


まるで、空気が出ただけのそんな掠れた声だったと思う。それでも聞き取ってくれていた。


「えっ。じゃないよ、悩んでいる顔をしている気がしたからそう言っただけだよ。」


「なんで分かるんですか?凄いですね。」


たまたま持っていた水を一口飲んで、そんな事には興味のない様な、いや全くない事を隠す気もない様なそんな言い方だった。


「まあ、顔だけじゃないんだけどね。靴も左右違うししたジーパンで上がパジャマの様な服、極め付けは何も食べてない事を物語っているその顔。それに、一度ここに来ると、何かあると気がつくとここに来てしまうのだよ。それくらいここには何かあるんだよ。それを知っているのはこの街で3人だけ、その内の1人に成れたんだ胸を張ると良いよ。」


気がつくとここに来てしまうそんなの幻想だし、たまたまじゃないかとその時の私は思っていた。

だから、あの時に私はあんな事を言えたんだろうと思う。


「こんな場所知らなくても死なないじゃないですか!胸なんか張るわけないでしょ!」


ストレスもあった。でも、言った後からすぐに反省をした。あんな目をした彼女を初めて見たからだ。

「ごめんなさい。流石に言い過ぎました。私ストレスが溜まっていてつい当たってしまいました。」


どうでも良いが、頭を下げた時にさっき言っていた服の間違いに気付いた。


「いいよ、私も無神経すぎた。あなたが苦しんでいるのにそれを逆なでする様な感じになって、ごめんなさい。」


流石に大人だと思った。高校を出てから走ることだけを考えていたから自分の心は変わってない事を痛感した。相手が心から悲しい気持ちになっているのに私は、服のまちがいに気をとられていた。


涙が自然と出てきた。


「ここに座りなよ。」


優しい声がまた私を一層辛くさせる。


「走るのもうやめちゃうの?」


「私には才能がない事が分かりましたから。」


「才能ね。確かに最近のあなたは自分の才能を活かしきれてなかった気がするね。」


なぜ知っているのだろう?私の事ではなく、今の言い方だと昔の私を知っている様な言い方ではないか!

「私の事知っているのですか?」


「高校2年生の君を初めて見たときビックリした。たった100mになんてドラマがあるのだろうと。長距離なら分かるよ長いししんどいし、プレッシャーも凄い長い時間人に見られ続けるものだからね。だから、短距離なんて面白くない。ずっとそう思っていた。でも、あなたの全身でゴールを目指すあの走り方は違った。ただひたすらにゴールだけを貪欲に目指すあの目に私はファンになっていたの。」


確かに、私はある人見たきっかけで全身に力を入れて走る走法を使っていた。実際その走り方は、良くないと何度も言われた。だが、私にとっては早く走れた。でも、体への負担と体力面から完成させることは出来なかった。何故それを彼女が知っているのだろう。


「何故そんな昔のことを?」


ただ単純に不思議だった。高1の頃に少ししていた走り方を知っているのが。


「あなたを見る為じゃなかった、同じ時に走る子の応援でたまたまあなたを見かけたの。」


「高校の頃陸上部だったんですか?」


「少し違うけどそうだよ。」


「何メートル何ですか?」


「5000mだよ。」


「長距離なんですね。私は体力が少なくて諦めたんですよね。」


「じゃあ今から始めて見る?」


何を言っているのか分からなかった。いや、日本語はわかったのだが。走ること自体諦めようとしている人にこの人は何を言いたいのだろう?


「そんな簡単なことじゃないですよ。私は言った通り体力も少ないですし。まあ、誰かに君は才能があると太鼓判を押されれば別ですけど。」


「君には才能があるよ!」


流石の私も声が荒がてしまった。


「あなたに何がわかるんですか?普通の人にそんなことを言われても何の励ましにもならないんですよ、むしろ煽ってる様にしか聞こえないんですよ。」


これは、私の人生の中でやり直しができたら言いたくない言葉ランキング2位である。別にそれは、彼女を傷つけたからではなく…


「普通の人に言われてもね。なるほどね、じゃあ国内最速の私が太鼓判を押してあげると言ったら?」


「は?」


まるで呼吸にも等しい、声にならない声で、それでいてさっき潤した喉を全て乾かしてしまうほどそんな声が出た。


「名乗ってなかったよね、私の名前は田島 弥生 一応国内最速の記録を持っているよ。」


「えっと、誰ですか?」


ちなみにこれが言いたくない言葉ランキング1位である。


これが、私の人生に影響を最も当てた「最速のマーチ」こと田島弥生と私の出会いだった。

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