お嬢さんは果てしなく続く墓場の墓石や卒塔婆を一つ一つ丁寧に見ながら誰かを探し続けている。それを私と和尚はずっと見守っていた。

「あんたはいつ帰るんだい?」

 ふと、和尚が尋ねてきた。私は寺の山門へ目をやるが辺獄の寺であることに変わりはなく、私自身にも何か変化が起きる様子はない。だが、私の足元にははっきりと影が伸びている。和尚に影はない。国民服の青年にも、お嬢さんにも影はなかった。

「まだ誰かに会う必要があるのでしょう」

「そうかい」そう言うと、久しぶりに和尚が笑顔をみせる。

「それにこのまま帰るわけにもいきませんし」そう言って私は墓場の中に足を踏み入れる。踏み入れてようやく気づいたが、この場所の墓石と卒塔婆の文字は近づいても読むことができない。目の前にあるのに遠くにあって読めないかのようだ。

「何か手がかりはないのでしょうか?」そう和尚に尋ねると、「繋がりのある者にしか分からんだろうよ」と和尚は首を振る。

 もう一度お嬢さんの方を見た時だった。目が墓石や卒塔婆ばかりの中でお嬢さん以外に何かを見た気がして、そちらへ向かって歩く。私が気になったのはお嬢さんが果てしなく続く墓石と卒塔婆の中で立ち尽くす足元だった。私に気づいたお嬢さんはこちらに気づいて会釈をするが、それを気にもとめずに私は墓石のそばに置かれた丸石を拾い上げる。

 石とは思えない温もりだった。お嬢さんの方を見ると目を丸くしている。その石がお嬢さんの探していた子だったらしく、その石を大切そうに私から両手で受け取ると大切そうに抱き抱えると深々と一礼をし、和尚の方へ歩いていく。

 和尚としばらく話をしていたお嬢さんは深々と一礼をして去っていった。お嬢さんが去ってから和尚の元に戻ると、和尚が深々と頭を下げる。

「すまないねぇ。どうやら、儂があんたを呼んでしまったらしい」

 その言葉に私が驚くのを見ると、和尚は私に足元を見るように促してくるので足元を見てさらに驚く。足元に伸びる影は穴が開いたように雲の切れ間に青空が覗く空が見えるのだ。この辺獄の空に青空はなく、墓場同様に果てしなく曇り空が続くのに。

「長いこと探していたのに誰ひとりとして見つけられなくてな。それで見つけられる者を呼んでしまったようだ」

「では、私はここを去ることに?和尚はこれからどうされるのです?」

 その質問に「儂はただの坊主頭で和尚などではないのだがねぇ。だがまぁ、ここで探しながら人を待つよ。また用事があれば来るといい」


 和尚は笑ってそう言った。

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