「あの、どうかされましたか」

 その言葉に我に返ると、隣で若い僧が心配そうにこちらの様子を伺っていた。

 若い僧いわく、外に出ると山門の前に立つ私の姿が目に入ったが、まるで魂が抜けているかのように生気がまるで感じられず、心配になって声をかけたのだそうだ。妙なことを言ったと詫びる若い僧には、私の方こそ妙な場所で物思いにふけってしまい申し訳ないと詫びた。

 私は山門から外には出ずに、若い僧からお線香を持ってきてもらうと寺の本殿の方へ引き返す。向かったのは、無縁仏さんを供養する石碑とお地蔵さまの前だ。昔はご先祖さまの香炉に供えるお線香の一部を無縁仏さんを供養する石碑とお地蔵さまの香炉にもお供えしていたのに今日は忘れていたからだ。

 お線香を香炉にお供えして静かに手を合わせ一礼すると、私は山門へ向かった。 今回は山門を抜けても目の前に果てしない墓場が広がることはなく、振り返っても辺獄の寺はそこにはない。いつもの旧市街にある寺と旧市街の町並みが目の前にあるだけだ。そのことを確認すると、雲の切れ間に青空が覗くのを眺めながら私は市街地へ戻るために歩き出した。

 

 不思議な縁もあるのだなと思いながら。

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