「おや、また誰か来ましたよ」そう私が和尚に声をかけると、「そんなに人通りが多い場所じゃないんだがねぇ。あんた何人呼ぶつもりだい?」と少し呆れたように笑いながらそちらに顔を向ける。

 気が張り詰めるような感覚がして振り返ると和尚から笑みが消えていた。

「どうされました?」そう尋ねると、「儂の客だよ」と静かに和尚が答える。

「先生」という女性の言葉に向き直るとそこには老婆の姿はなく、目の前には若い女性の姿があって驚いた。老婆が若い女性の姿になったことに驚いたのではなく、この女性が花をあしらった上品な着物に高級そうな帯を締めて穏やかな顔で佇む姿はご婦人というにふさわしく、私がこの場に立っていることが場違いのように思える。

「必ず立ち寄ると思っていましたよ。お嬢さん」和尚が会釈をする。

「お久しぶりです。先生」お嬢さんと呼ばれた女性は深々と和尚に頭を下げる。

「儂にはここのどこかで待っていることしか分かりませんが、お嬢さんが見つけるまでここにいますから」そう和尚が言うと女性は深々と頭を下げたまま、「それはわたくしの役目でしょう。先生がずっとここで待つ必要はありません。先生は立派に人を救ってこられた方です。ですから先に進んでください」

 そう言われた和尚は「お嬢さんの件だけじゃないのですよ。善悪様々な事情とはいえ私は命を救う立場でありながら命を奪うこともあった。そのすべての方がこの地を訪れるまで儂は待ち続けるだけ。それが死んだあとの儂の成すべきことです」

「では……」と、お嬢さんが何か言いかけたのを右手で制すると、「あなたに罪はない。生まれるはずだった命にも。その命は道が分からずここに留まっているだけで、罪があるわけではない。罪があるのは儂だけで十分」そう言うと、お嬢さんに墓場の方へ行くよう促して右手を墓場の方に向ける。お嬢さんはもう一度和尚に一礼をすると、何かを探すように墓場の中へ入っていった。

「ここを辺獄と呼ぶのは、ここが賽の河原じゃないからだよ」そう和尚は呟いた。

「賽の河原の積み石の話を知っているかい?」和尚がこちらを向く。賽の河原とは三途の川の河原であり、親より先に死んだ子どもは三途の川を渡れず、親のために石を積んで塔を作らなければならない。そんな話だったはずだ。

「それは親より先に死んで、親を悲しませた罪の報いなのだろうよ。だが、親より先に死んだ者全てがそうなるわけではない。ここは石を積む必要のない者たちも眠る土地なのさ」


 そう言う和尚は悲しそうな目で、誰かを探すお嬢さんを見守っていた。

 

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