国民服姿の青年は私が目の前に来ると、それまでもきれいな姿勢で立っていたにも関わらず靴の踵を合わせて、より姿勢を正すと静かに一礼をしたので私も慌ててぎこちない一礼をする。

 顔を上げるとまっすぐこちらを見つめる青年と目が合う。私より年下とは思えないほど凛々しく迷いのない眼差しで見つめられて、私はどう話しかけたら良いのかわからず何も言葉が浮かばない。すると先に青年が話しはじめた。彼も緊張していたのか声が上ずるのを抑えるよう話し方だが、はっきりとした口調だ。

「私は自分の役目は果たしたと考えています。ですが、その後の日本国がどのようになるか気になってこの地に留まっておりました。それも数年先ではなく数十年先の日本国がどのようになっているのかを知りたいので、ここに留まっていたのです」

 青年はここまで一息に話すと少し間をおいて口を開く。私は何を問われるのかと緊張して身体が強張る。

 だが、青年はこう私に尋ねてきた。

「日本国はあるのですね」

 難しい質問をされると思ったのでその言葉に驚いたが、どうにか私が「はい」と答えると青年は姿勢は崩さぬまま、少年のような眩しい笑顔で笑うと「ああ、良かった。あるのですね。日本国はあるのですね」と呟くと、敬礼をしそうになったのか右手を挙げそうになったのを恥ずかしそうに止めてから深く一礼をし、もう一度私の顔を見ると笑顔のまま右手側の道を歩いてゆく。その姿は十歩も歩かないうちに霧が晴れるかのようにふわりと消えていった。

 私には一瞬の出来事でその場で立ち尽くしていたが、いつの間にか隣に和尚が立っていた。

「良かったじゃないか」そう和尚は静かに言った。

「これは夢なんでしょうか。私は私が望む答えを得る夢を見ているのでは?」そう尋ねる私に和尚は、「夢みたいなものさ。だが、あんたの望む答えだけではないだろうよ。彼もまた望む答えを得るためにあんたを呼んだのだろう」

「私は返事をしただけですよ?」心配そうな私を見て和尚は口を開く。

「途中で命を落とした身にはそれだけでも救いになったのだろうよ。戦争以前の日本は地図から日本という国が消えるか消えないかの存亡の危機とずっと戦ってきたのだからな。それが数十年後も存在している。何より国民服とは比べ物にならないほど上等な服をあんたは着ているじゃないか。彼からしてみれば、守り抜いた国は豊かになった。そう映ったのだろうよ」

 その言葉に青年へ何か言葉をかけるべきだったのだろうかと、青年が去った道とは反対の道に視線を逸らす。


 そちら側から老婆が歩いてくるのが目に入った。

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