薄暗い小道を抜けると曇り空とはいえ、視界が明るくなったように感じる。

 何より道路を挟んだ向こう側にある寺の土塀が白いのもあるのだろう。さらに寺の土塀の向こうは墓場なので、土塀より上は空が開けて見えるのも視界を明るく感じさせるのかもしれない。左右を確認し自動車が通り過ぎるのを待ってから道の反対側に渡るが、自動車が通り過ぎた車道には自動車が出した排ガスの臭いがする。その臭いが市街地の人の多さと空気の悪さを思い出させるので、その空気を振り払うように足早で土塀の脇を歩いていく。

 土塀が続く先に見えていた寺の正門の前に着くと門は普段通り開いており、その奥に寺の本堂をはじめとする建物が見えるが門の前で足を止める。

 寺の正門は「山門さんもん」というのだったか。うろ覚えだが寺が元々山の中に建てられていた名残で、平地に建てられていても寺の正面門を山門と呼んで俗世と切り離された境界としての意味合いがあると聞いたことを思い出しながら、侍の時代から変わらず建ち続けているという山門を見上げる。長い年月がそうさせたのかこうして目の前で見なければ木造であるとは思えないほど、山門は干からびて白く色あせている。さすがに修繕は定期的にしているのだろうが、本堂をはじめとする寺の主要な建物と違って立て直されていないからこそ、ここまでこの門は干からびたかのような姿なのだろう。そのせいか別の世界への境界というのにふさわしい存在感がある。


 足を踏み出して境内に入る。期待とは裏腹に別の世界に入るようなことはなく、時折訪れる寺の境内に入っただけだ。本殿脇の住職が普段生活している家で、若い僧からお線香をもらうと山門から続く石畳をはさんで寺の本堂前に墓石が広がる墓地に私は足を進める。

 平日ということもあり、墓地には無機質な墓石が並ぶだけで誰もいない。それでも私以外に墓地を訪れた人がいるのか、通り過ぎた墓石の香炉からお線香の煙が外に出ているのが見える。それを通り過ぎて墓地の中央よりやや奥まったところにある、ご先祖様のお墓の香炉にお線香をお供えして静かに手を合わせる。何かかける言葉があれば良いのだろうか。何か悩みが増えてしまったように感じながらご先祖様の墓に一礼して寺の本堂へ歩き出す。いらぬことを考えるぐらいなら来るべきではなかったのだろうか。

 墓地を抜けて本堂前の石畳に出る。本堂脇の無縁仏さんを供養する石碑とお地蔵さまの前で体の向きを変えて本堂の前を横切ればすぐにあの干からびた山門の前だ。門の向こう側を自動車が走り去るのを見て、またあの臭いを嗅ぐのかとため息混じりに門を抜ける。


 抜けた先は果てしなく続く墓場だった。

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