都会の喧騒けんそうから離れたかった私は家を出て、市街地の中心部から逃げるように旧市街へと入っていった。どうも最近は精神的に疲れているらしい。大勢が行き交う中を歩くだけでひどく疲れる。様々な声や音が私に向けられているのかと考えてしまうほど、耳が余計な音を拾ってしまう。きっと、私自身が自分の問いに答えを出せず、明日より先を明るく生きるイメージがないからだろうか。

 旧市街を流れる水路の清流を眺めながら石造りの橋を渡る。この旧市街は江戸時代から続く古い町で、水路を使った船の物流とともに発展してきた歴史をもつ。昭和に入り道路整備や建築が盛んに行われた現在の市街地に経済活動の中心が移った影響で旧市街の活気は失われたが、旧盆のころになると古い家々の軒先や水路沿いに提灯が飾られ、日が暮れてからはその雰囲気の良さと涼を求めて人通りが多くなりかつての活気を取り戻す。ただ、今日は旧盆でもなければ正月でもないので、旧市街に昔から代々暮らし続けている人がひっそりと暮らしている日常のなかであり、時折軽トラックや自転車が走り去るほかは水路の清流と私の足音が響くだけだ。

 きっと私はこの清流の流れが生み出す水の音に癒されたかったのだろう。目線を脇の水路に落とすと澄んだ清流の中を水草が音もなくなびいている。水路の両側にはこの水路の歴史とともに長い年月かけて成長したであろう苔が水路の側面をところどころ覆い隠している。水路に魅入るあまり水路に寄りすぎたので心地の良い水の音は聞いたまま視線を旧市街の町並みに戻す。こちらは水路のように変わらぬままとはいかないようで、木造の味わいのある家々の間にちらほらと屋根瓦を必要としない現代風の家が数件建っている。だが、無計画な市街地と違ってその土地に暮らしてきた人が立て替えたのか、あるいは旧市街の町並みを気に入った人が越してきて家を建てたのか新しい家の外装は周囲の家々の色に合わせて控えめだ。

 しばらく歩き続けると見覚えのある商店の看板を見つけて足を止める。今日は気分転換に旧市街を訪れただけだったのだが、せっかくここまできたのだからと商店の脇にある小道に入る。ここをしばらく歩くと数軒の寺が立ち並ぶ旧市街の大通りに出ることができる。小道脇に建ち並ぶ木製の塀は高さがあるのと大人1人が手を左右に伸ばせない程度の幅しかないせいで薄暗さと圧迫感を感じるが、特に今日はあいにくの曇り空が圧迫感に拍車をかけていた。

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