異世界から侵略にきたらしいお嬢様にとりあえずうどんを出してみた

はまち

第1話

 うどんって美味しいよね。

 小麦粉と塩と水を混ぜて切っただけなのに、中毒的な美味さだよね。

 シンプルイズベストを体現した料理だよね。

 変に同意を求めてる感じになってるけど、僕はみんながうどん好きなことを前提にお話しているよ(視聴者2人のネコネコ生放送に向かって)。


 とりわけ香川県の讃岐うどんは最高。旨味のたっぷりつまったいりこ出汁に、歯ごたえ十分の麺があいまって、もう人間駄目になるくらいの美味さでさ。

 僕なんて、あんまり讃岐うどんが好きすぎて、東京の会社辞めちゃったもんね。

 単身この香川まで来てさ、五年間修行して、いやーさすがに大変だったわ(苦笑)

 でも苦労の甲斐あって、こうしてお店まで開いちゃってさ。どんだけうどんラブなのよ。

 最近「うどん県、いりこだ市」なんてちょっとあれな売り出しかたしてるけど、みんなも観音寺まで来たら、うちの店でうどんを食べてほしいよね(視聴者1人のネコネコ生放送に向かって)。


 ――なにも、僕はお店をサボっている訳ではない。これはれっきとした宣伝活動である。

 僕がやっているうどん専門店『かさまつ』は、香川県は観音寺駅から車で15分ほどの山沿いに位置する、まあどこでもあるようなお店だ。

「讃岐うどんは香川で食べられてこそ、讃岐うどん。地産地消ここにあり」を掲げて、なんとか開店資金を集めてオープンしたところまではよかった。

 だが、こんなくそ田舎――いや、圧倒的に人口が少ない場所に出店してしまったのだから、あら大変!

 お客様が来ないんです、本当に。

 いや地産地消ってすごく流行ってるからコンセプトに取り入れてはみたんだけど、そもそもつくったうどんを消化してくれる人がいないと成り立たないからね。

 そこ盲点だったわ。開店がらがら状態ではじめて気づいたわ。

 というか、それ以前に地元の人たちってすでに行きつけのうどん屋の一軒や二軒は知ってるから、東京出身のぽっと出のうどん屋に見向きもしないのね!

 そこも盲点だったわ。開店二ヶ月後でもがらがら状態ではじめて気づいたわ。 

「ここで視聴者のみんなにお得な情報ね。会計時に『ネコ生を見た!』で、トッピングの半熟卵天をおひとつサービスしちゃいまーす。わーい!」

 ぱちぱちぱちぱち……。セルフ拍手がかなしく響いてるけど、こうした営業時間外の地道な宣伝活動がきっと実を結ぶ日がくるはず。

 高松自動車道のインターから近いし、県外からのお客様をゲットできるは――あっ、視聴者0人になりやがった! なんだこいつ。


「なぁ、カムデン。本当にこんなところでいいのか。あの男、液晶に向かって一人で話しかけているのだぞ。変質者かもしれん」

「シャウケお嬢様、仕方ないではございませんか。辺りに民家らしきものが見当たらないのですから。それに我々の国、ひいては世界とは文化が違うのです。彼らにとってはあれが普通なのですよ」

「む、それもそうだな……。まあやむを得んな」

 がららっ!

 店のドアが開かれるのと同時に、びくんっと僕の肩が跳ねた。おじさんびっくりしちゃったよ。

 おかしいな、営業中ののれん出してないはずなんだけど。

「ごめんなさーい。うちの店、午後3時で閉まっちゃうんですよー。またのお越し……を?」


 珍しい来客が二人いた。

 カムデンと呼ばれた子は、肩までかかる黒髪をなびかせる少女なのだが、鼻の高さも目つきも日本人のそれとは違った。背丈は僕と同じくらいだから、170センチぐらいだろう。

 もう一人のシャウケお嬢様(ってかお嬢様ってなんだよ)は、頭一つぶんぐらい背の低い少女でこちらも外国人だ。絵の具で塗ったみたいに綺麗な金髪をツインテールにし、蒼く澄んだ両目でじっとこっちを見ている。


「ここは『チキュウ』で間違いないな?」

「え? いやいや、ここは『かさまつ』ですけど」

 東京の南阿佐ヶ谷にあるラーメン屋だよね、『チキュウ』って。向こうでリーマンやってたときはよく行ったもんだ。美味しいよね、あそこ。

 でも外国からの観光客とはいえ、東京と香川を盛大に間違えちゃったかー。かわいそうに。

「なんということだ、カムデン。ここは『チキュウ』じゃないらしい。座標を見誤ったか」

「なにを言っているのです、お嬢様。座標は間違いございません。ここは『チキュウ』にある存在する国の一つ、『ニホン』で合っています。現に設定した翻訳装置が作動して、会話ができているではありませんか」

「そ、そうだったな。ここの住民ときたら、平気で嘘をつこうとするなど、治安が悪いと見受けられる」

「心中お察しいたします。……おい、そこの!」


 ぶおんっ。


 ハエが耳を通り過ぎるような音がしたかと思うと、目の前には切っ先が突きつけられていた。

「わわっ、危ないよ。お嬢ちゃん。しまってしまって」

 それはピンク色のレーザー(?)の剣だった。鼻先がだいぶ熱いので、本体は相当の熱量を持っているはずだ。最近のおもちゃ危なすぎるだろ。

「カムデン、殺してしまっては意味がないではないか」

「シャウケお嬢様の命とあらば。おいお前、命拾いをしたな!」 

 またもや、ぶおんっと音を立てて、カムデンは鞘に剣を収めた。

「本当に命とられそうだったから、今度からそれやめようね……」


 しかしながらよくよく見てみたら、この子たちよっぽどアニメ好きなんだろうな。

 カムデンのほうは、深夜にやってる魔法少女みたいなふりふりした装束だ。

 一方のシャウケお嬢様は、ウエディングドレスをそのままミニチュアサイズに仕立てたような贅沢感あふれるお召し物である。

 最近外国人に日本文化が人気だって言われてるけど、こういうコスプレも向こうの人が着ると絵になるよなあ。


「ここの住民と見受け、問いたいことがある」シャウケお嬢様が人差し指を立てた。

「さっきからやけに難しい日本語使うね……。あっ、わかった。道に迷っちゃったんだね。観音寺駅は歩くと遠いから、タクシーがおすすめだよ」

「何を言っておるんだ、こいつは。まあよい、確かに道案内を頼みたいと思ってな」

「観音寺駅じゃないの? えーと、どこまで」

「そうさな、この国で最も権威のある人物がおる場所へ」

「そりゃ、東京だよ。っていってもここからずいぶん遠いけどね。でもそんなところ行ってどうするの?」

「物々交換の要求だ。我々の国でハウルカスケと呼ばれる資源が枯渇していてな。それの代替エネルギーを探していたところ、『ニホン』のとある資源が見つかったのだ」

 うわぁ、なにやらすごくこじらせちゃった系の女の子たちだぞ。さすがに都会じゃ相手にされないから、田舎でこうした「設定」のごっこ遊びを楽しんでいるのだろう。

 まあちょっとちぐはぐなところが面白いし、もうすこし付き合ってあげるか。

「へぇ、そうなんだ。でももし要求が拒否されちゃったらどうするの?」

 僕の質問には、言うまでもないといった顔で今度はカムデンが返す。

「我々も文明国である以上、対話での平和的な解決をしたいところだが」

 言って、カムデンは再びレーザー剣を鞘から抜くと、立てかけてあった長ネギを一太刀で薙いだ。


「侵略も手段の一つだ」


「し、侵略ですか」

「ああ、そうだ。要求が飲めないとなると侵略し、奪い取るほか手段はない。目をつけられたのが、運の尽き。たとえ犠牲者をだし、この地を我らの属国にしようとも、探し求める資源を手中に入れて見せようぞ」

「うっはぁ、そりゃあやりすぎだよ。君たちの国がそんなに困ってるのなら、それこそ対話をしないと。そんなに資源が枯渇してるとこってどこだっけな……」

「我々の国の名前はアステリア。ここ『チキュウ』とはまず星が違うし、次元も異なる」

 お、おう……。なんかやけに凝った設定だな。おじさん物理とか弱いから、もうちょっと話の次元を落としてくれないとわかんないぞ。

 とにかく、侵略なんて危ない設定を止めさせなければ。

「侵略はだめだよ」

「それはできない」

「できないことないって、できるって」

「到底、受け容れられない」


 そんな問答をカムデンとひとしきり続けていると、

「カムデン、もうよいではないか。行けばよい場所はわかっただろう。腹も減ったし、早く船に帰るぞ」

 年相応にわがままな表情で頬を膨らませるシャウケお嬢様に気づき、我に返ったカムデンがとっさに「申し訳ございません、お嬢様! すぐに支度をしますので!」と詫びているので、

「お二人さん。お腹すいてるんなら、うちのうどん食べていきなよ。一杯サービスしてあげるから」

 せっかくの観光客。手厚くもてなして、笑顔で帰ってもらおう。そうしよう。


「おまたせしました、かけうどんのあったかいのね。今日は特別に海老天もプレゼント」

 ことり、と。『かさまつ』自慢のベーシックなかけうどんを供した。

 うどんは毎日手打ちの歯ごたえがしっかりしたもの、出汁も伊吹島産のいりこをたっぷり使った、ザ・讃岐うどんだ。

「カムデン、なにやらごちそうされたが」

「シャウケお嬢様。これは今までの非礼を詫びるための、せめてもの償いなのでしょう。ここの住民にも良心が残っていて、いくばくか嬉しく存じます」

 なんじゃそりゃ。

「ふむ。いい匂いもしておる。それに我らが主食のエンパリオッソにも似ているな。毒味してみろ、カムデン」

「はっ」

 箸は使いにくいだろうからと用意したフォークをむんずとつかみ、麺をすくいあげると、もさりもさりと口に入れた。

 けだし彼女は毒味役を全うしているのだろう、咀嚼の度に自身のチェック項目を満たしているか確認している。

「ふむ、むむ」

 なぜかうどんを食べるだけなのに、緊張感が走った。

「シャウケお嬢様」

「なんじゃ」

「とても美味しいです」

 思わずしちゃったね、ガッツポーズ。


「おお、想像以上にずっと上品で、美味いではないか!」

 シャウケお嬢様はというと、外国人にしては意外なほど麺をすするのが上手で、その食べっぷりはさながら現地の香川県民を見ているようだった。

「この白の麺はくにくにと独特な食感で、食べていて楽しくなるな」

「ええお嬢様。この液体も旨味たっぷりでとてもバランスのよい料理かと」

「これはエンパリオッソが負けたぞ、こちらのほうが美味い」

 二人とも笑顔でうどんを食べている様子でほっとした。外国人にはラーメンが人気だけど、うどんも美味いってところを見せてやれてよかったな。

「とにかく、二人に喜んでもらえてよかったよ」

 こんなに幸せな表情でうどんを食べてくれる人は、はじめてだ。

「うむ、礼を言うぞ。おかわりをもらってやらんこともない」

 しょうがない、今度は釜玉を食べてもらおう。


 結局、3杯目のうどん(今度は釜揚げうどん)に突入したところで、シャウケお嬢様が箸を止めた。

「しかしあれだな。この白の麺、ゆで汁は――。おい、住民!」

「はい?」

「この白い麺は『うどん』と言ったな。これはどうやってつくるのじゃ」

「どうやって、って」

 説明するほどでもないんだけどと付け加えて、レシピを説明していると、シャウケお嬢様が「待て」と手を出した。

「おいカムデン。この小麦粉という素材を照合してみろ」

「はっ。――お嬢様、驚きました。これはエンパリオッソの原料とほぼ同じです」

「おおやはり、これが」

「ええ、これが我が国の救世主たり得るかもしれません」

 何言ってんだ、こいつら……。


「要はエンパリオッソっていう麺類が君たちの主食であって」

「うむ」

「エンパリオッソに使用するカムガイという原料が、小麦粉と似ていると」

「その通りだ。ちなみに訊いておきたいのだが、このうどんのゆで汁はどれくらいの価格で取引されているのだ?」

「へ? ゆで汁の価格? 何言ってんの捨てるよ、こんなの」

「す、す、捨てるだと!?」二人は顔を紅潮させ、目を見合わせた。

 ――なんという横暴。

 ――金をどぶに捨てているぞ、こやつら。

 ――文化が違うのですよ、お嬢様。

 なにやらひそひそ話を続けていた二人だが、頃合いになってカムデンがひょいと石のような何かをよこしてきた。

「これ、ダイヤじゃないか。どうしてこんなものを」

 テレビショッピングで売っているようなちっちゃなダイヤモンドではなく、ずっしり手のひら大の大きさだった。これ、いくらするんだろう……。

「これはこの世界で高価なのか?」

「高価も何も、超がつくほどの高級品ですよ」思わず敬語になっちゃいますよ。

「ふふそうか。よし、決まりだ。お嬢様、早速東京とやらに向かいましょう」

「善は急げと言うしな。それっ、カムデン。船の用意を」

「はっ、お嬢様」


 すったもんだの帰り際、シャウケお嬢様が慈悲に溢れるほほえみで頭を下げた。

「ありがとう、住民よ。これで我々の国は救われる」

 今の今まではわがままな女の子という感じだっただけに、胸がどきんとした。

「いやいや。別にうどん食べさせただけだしね。気をつけて旅行楽しんで」

「旅行ではないのだが……。まあよい。うどん、とても美味であった。また食べに来るぞ」

「ああ、ありがとう。機会があれば遊びに来てね」

「そうだ、お主の名を教えてはくれないか? 見受けるところ客商売だろうし、宣伝しておいてやろう」

「はは、そりゃどうも。お店と名前と同じなんだけどね、僕の名前は笠松だよ。よろしくね」

『香川県のうどん屋に外国人少女(コスプレ)が現る』と題して放送した当日のネコ生は、タイトルのインパクトも相まって、初の来場者数10人越えを果たした。

 やったぜ。

 

 不思議なコスプレ少女二人組の来店から、一ヶ月後。

 僕を取り巻く環境が大きく変わった。

「いらっしゃーせー! すみません、10分ぐらいお待ちいただきまーす!」

 僕一人で切り盛りする『かさまつ』は、お昼時を過ぎても満員の人気店に様変わりしていた。

 あの後、シャウケお嬢様が日本との共同声明の会見に出席の際、僕のお店を全国ネットで宣伝してくれたのだ。

『ここ地球は日本国において、最初に出逢った住民のカサマツ氏が、アステリア国の資源枯渇に大いに貢献してくれた。カサマツ氏は同名でうどん屋を営んでおり――』

 店内に置かれたテレビから、ワイドショーが流れている。この会見映像も何度見たことか。ここ数日は日本と異世界国家の友好条約締結の話題で持ちきりだった。

『いやぁ、しかし驚きましたねぇ。私も何十年と大学で教授をやっとりますが、まさか異世界からビジネスの話があるなんて思いもしませんでした』

 ――こんちはぁ、笠松さぁん! うどんのゆで汁を回収しに来ましたぁ!

 おっと業者さんだ。こうして一日一回はゆで汁回収業者が訪れ、昨日分のゆで汁を持って行く。翌々月には銀行口座にマージンが引かれた売り上げが振り込まれるのだそうだ。

 今では全国各地のうどんチェーンや個人のうどん屋が、このゆで汁ビジネスに加盟しているのだとという。

『うどんのゆで汁を万能エネルギーに変換するなんて、考えもしませんでしたよ。いやね、日本でもゆで汁からバイオエタノールを精製して実用化には至ってますが、まだそれが定着しているわけではなかったんでねぇ』

 ちなみにシャウケお嬢様が置き忘れていった、ダイヤモンドは今でも戸棚に飾っている。

 日本と異世界の友好の印。

 こればかりはずっと残してゆきたいと思う。


 がららっ!

「いらっしゃーせー! ごめんなさーい、結構待ちそうですけど……あ」

 一ヶ月ぶりの顔が、そこにはあった。

「大盛況のようだな、よかったよかった」

「しかしお嬢様、これでは我々が食べるのに時間がかかります」

「よいではないか。待てば待つほど、食べたときの感動が増すものよ」

「それもそうですね」

「――そうじゃろう、カサマツ?」

 呼び捨てかいと笑いながら、僕は鍋で踊るうどんを網ですくう。

「今日もサービスしとくよ、シャウケお嬢様」

 最高に美味しいうどんを、召し上がれ。

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