第8話


 『覚醒』


 俺は、小さい頃からチューリップが好きだ。その理由は簡単で、チューリップは色んな表情を持っているからだ。楽しく笑っている赤いチューリップもいれば、寂しい微笑みを浮かべている青いチューリップもいる。

 ジェリー、紗綾、シビーがステージ1のアグロ・キュートを倒してから、少ししてから雨が降ってきた。

 実を言うと、俺は雨が嫌いだ。雨が俺のことを嗤っているように聞こえる。


「じゃあ、次はシズの実力を4人に見てもらおうか。シズ、1人で行けるか?」


 これはしっかり観察するチャンス!


「多分・・・」

「まあ、心配するな。楓守も私も居ることだし、もしもの時は助ける」

「ん・・・」


 絶対に俺が助けに行くより、メイが助けに行ったほうがいいだろ。

 戦闘力的にな。

 街の中を歩くときは、一瞬も油断してはいけない。

 ゆえに、みんなが無言になり、周りが静寂さに包まれる。


「ステージ3の反応!シズ行けるか!?」


 街の静けさを破ったのは、メイの警告を促す声だ。

 ステージ3!?

 このゴーストタウンは、ステージ1、2が多いんじゃないのかよ!?


「行ける!」


 大きな声で声を上げて、走り出したのはシズだ。

 行くのかよ!?


「鬼人化!」


 走り出したシズの体に、赤い闘気が纏われる。

 これが、シズの能力・・・。

 シズが走り出した道の、7メートル先に大きなアグロ・キュートが姿を現す。

 俺とミク先生が戦った奴よりは、ちょっと小さい感じか。


「ハァ!!」


 両手に持っている小太刀を、アグロ・キュートの頭に力強く斬りつける。

 どこから出てきた小太刀!?


「硬い・・・!」


 しかし、カチンッという音とともに弾き返される。

 やはり、背中はダイヤモンドの20倍硬いと言われる程あるな。

 シズは、1度体勢を立て直してもう1度斬りかかる。

 今回は、硬い背中ではなく柔らかいお腹を狙う。


「ここっ!」

「グゴーー!」

「なっ!?」


 前脚で弾いた!?

 アグロ・キュートは、シズの斬撃をいとも簡単に前脚を振り上げて弾いた。

 メイも心配の表情を浮かべる。

 本当にこれが、シズの実力なのか?いや、絶対に違う。


「何で!?」


 シズ自身も、自分に対する苛立ちが少し見受けられる。

 俺が戦ったステージ3のアグロ・キュートより、圧倒的に賢い。

 危険すぎる。


「次は、これで・・・!」


 シズは左右にステップを踏み、アグロ・キュートの隙を伺い、急所に攻撃を叩き込もうとした。

 が、それは空振りに終わった。


「!?」


 避けた!?

 アグロ・キュートは、シズの考えが分かっていたのか、ギリギリまでシズを自分の懐におびき寄せて、頑丈な前脚でカウンターを放った。

 対して、シズはカウンターを避けようとしたが、あまりに唐突だったため、横腹に傷を負ってしまう。

 その痛みに、シズも声を上げてしまう。

 出血もしている。しかも、今のシズは隙だらけだ。

 脳裏に、5歳のころの惨状がループする。

 マッチ棒を滴る水のように、ゆっくりと涙が俺の頬を流れる。

 このままじゃ。


「死ぬ!!」

 

 そう思った時には、俺の足は無意識の内に走り出していた。


「鬼人化!」


 口が勝手に動き、俺の体が強く赤に輝く。


「シズの能力を「コピー」した!?」


 メイが、驚愕の表情を浮かべる。

 まあ、無理もない。VPの中の能力において、「コピー」は常識を外れているからだ。

 アグロ・キュートまでの距離、30メートル。

 俺は、この距離を0.3秒で駆け抜ける。

 活力化と、鬼人化を両方使いこなしている彼の姿は、黄色と赤色が混じりあって、傍から見たら『神』のように見えたかもしれない。


「消えろ」


 小さく呟かれたその声が、消えたころにはもうステージ3のアグロ・キュートの姿は、跡形もなく消えていた。


「何これ?」


 助けられた張本人のシズは、口を開けて呆然としている。

 えっ、俺なんでここに居るんだ?

 そうだ!シズは!?


「シズーー!!」


 早く助けないと、シズが殺されてしまう。

 急がないと!!


「シ———」

「ここに居るよ」


 俺の叫ぶ声を、誰かが遮る。

 とりあえず、声のする方向に首を曲げる。

 すると、そこには


「シズ!!」


 満身創痍ではなく、傷一つない元気なシズの姿と仲間のみんなの姿があった。

 あまりの嬉しさに抱きつく、ということはないが、内心はとても嬉しい。


「それより、ステージ3のアグロ・キュートは?」


 さっきから気になっていた疑問を、みんなに聞く。

 すると、みんなが変な顔で俺の方を見てきた。

 怖いよ、怖いよ。


「楓守が倒したんだよ」


 はい?


「どういうこと?そんな訳ないじゃん」

「1撃で倒してたからね」


(コピーのことは、楓守には言わないほうがよさそうだな。)


「楓守の姿、まるで有名な神話で出てくる「ルデア」様に似てた」


 シズはかわいいから何でも許すけど、メイだけは何言っても許さん。

 何かそういう義務感を感じる。


「確かに!楓守はルデアだ!」

「新生「ルデア」だな」


 やっぱりメイが言ったら腹が立つわ。

 ていうか、みんなで勝手に話が進んでるんだけど。

 その後も、みんなが俺にお礼をずっと言ってくる始末だった。


 何があったか、俺にも説明してくれー!


                 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る