第5話


 『眉毛に火がつく』



「特別教育学校は、1つだけでいいんだよ。」


 1人の男が、孤独に呟く。

 この男が居る所は、もう人が住まなくなった街。つまり、ゴーストタウンだ。

 辺りは、灰にまみれていて、息をするのも一苦労だ。しかし、男は苦しむ様子もなく話している。


「ガギギググゴ」


 奇妙な音が、男も後ろから聞こえる。

 男は何も怖がる様子なく、振り返る。


「お前か。何?お腹が空いた?心配するな。今から、たらふく食べさせてやるから俺に付いてこい」


 驚くことに、男が話している相手は、ステージ3の化け物。アグロ・キュートだった。

 まるで、同じ種族のように楽しく話している。が、その様子を傍から見たら、どんな人間かは想像できるだろう。


「ガギグ?」

「ああ、そうだ。今から、羽愞中等特別教育学校を潰しに行く」


 そう言って、男は腰を上げて歩き始めた。 


『呉牛、月に喘ぐことはなかった』


 A組の授業風景は、見たことはないが、組み分けがされている以上、多分俺たちB組よりA組の方が優秀だと判断できる。

 俺は、いつもメイから言われていた。


「上は、絶対にいる」


 今現在、俺はB組の中で最も強いが、A組に入ったら俺はどの位の序列何だろう。

 先生は、お前は強いって言ってくれるけど、まだ戦闘経験が薄いのか、自分の戦闘力がどれ位なのか分からない。


「キーンコーンカーンコーン」


 朝のSTが始まる。


「おはよう。全員出席しているな。今日の授業は、A組との合同練習だ。心して取り組むようにしてくれよ」


 クラスのみんなは「負けるの分かってるのに、戦うとか頭おかしいよ」「萎えるわー」と言っているが、俺はチャンスだと思っている。

 その理由は、夏の2校トーナメント戦に出たいからだ。実際、夏の大会に出られるのは各学年の、序列上位者だけだと聞いた。

 早く戦って、夏の大会に出られるかどうか確定させたい!


「場所は、昨日使ったのと同じアリーナだ。A組より先に集合しておけよー」


 それは、あれかな?

 試合では、A組に勝てないからせめて集合だけは、と言う暗示か?

 まあ、それは気にしちゃいけない所だ。


「今日は、個人個人で来てもいいぞ。けど、決して遅れるなよ」


 ?

 ということは、今日は個人戦⁉

 最近はチーム行動ばっかりしてたから、そこの感覚がバグってたわ。


「解散!5分前には完全集合だからな」


 先生は、用意をしに行くのか、先にアリーナに向かう様子だ。

 俺も早く行かないとな。


「一緒に行くか?」


 同じチームの3人に声を掛ける。


「当たり前です。女子だけでA組の前に顔を出すのは、無理です」


 理由がかわいいな。

 しかも、俺の方にシビーが詰め寄ってくる感じで来るから、ドキッとした。


「ありがとう。じゃあ、チームで行くで決定していい?」


 一応、2人にも聞いておく。


「それこそ愚問だよ」

「確かに愚問だな」


 よしっ!

 これで、紗綾とジェリーの許可も貰ったし、さっそく行くか。


「しゅっぱ————」

「ちょっと待ってください。兄貴!」


 ⁉

 ビックリした~。

 相変わらず声デカいな、金剛君は。


「あの、俺たちも一緒に付いて行っていいですか?」


 これは珍しいな。

 彼が俺に付いて来るなんて。


「それは、いいんだけど。何で?」


 これは、聞くしかないでしょ!

 入学初日は、あんなに元気だった彼が、こんなことを聞いてくるのだから。


「それは、その・・・。俺みたいな雑魚が、A組に会わせる顔なんてないからです」


 彼の頭が下がる。

 何かあったのかな?

 けど、このままだといけないので、ここは俺が元気付けてやるか。


「金剛君は強いよ。体に合った能力、優れた観察力。十分に君は強い。自信を持って。君が元気をなくしたら、俺も元気がなくなる」


 金剛君は、ゆっくりと頭を上げて、


「ありがとうございます!!」


 いつも通りの元気な声を出してくれた。


「どういたしまして。けど、さっきのはさすがにうるさいよ」

「すいません。気を付けます」


 いよいよ楽しくなってきた!

 俺の得意な個人戦で、クラスのみんなにいいところ見せよう!

 そういう訳で、俺たちチーム「フォアフロント」と「ギルティー」は足早にアリーナに向かった。

 先生に怒られたら、たまったもんじゃない。


 俺たちがアリーナに着いたら、そこには見たことがない顔がたくさん居た。

 とりあえず、俺たちは先に集合していたB組の仲間の所に集まる。


「緊張してきたわ。自信なくしそう」


 ジェリーが、顔に似合わず弱音を吐く。


「ジェリーがそれ言ったら、みんな自信なくすぞ。自分に自信持って、はいっ」


 俺はジェリーの手を取り、彼女の胸の前に移動させる。

 頑張るぞいっ!のポーズだ。


「恥ずかしいよ、こんなの。けど、これで少し気持ちが楽になったかも。ありがとう」


 俺のセットしたポーズを、すぐに止めてしまう。

 あぁ、もったいない。かわいさアップのポーズが。


「こちらこそありがとう。俺はいつもジェリーから元気貰ってるから」


 もし、男4人の部屋だったら俺はどうなってたんだろう。多分、疲れ切ってただろうな。

 同じ部屋に、幼馴染の紗綾も居るし、本当に3人には感謝だよ。 


「キーンコーンカーンコーン」


 ふぅー、緊張するな。やっぱり、これは人の性だ。


「A組とB組の諸君、集合ありがとう。私は、B組担任の砂川だ。今日は、先生から聞いていると思うが、A組とB組との合同練習だ。真剣に取り組むようにしてくれ」


 司会は、ミク先生か。

 みんなの息が、少し抜ける。

 先生の隣に立っているのは、A組の先生かな。

 遠くから見ても分かる筋肉量。見るものを圧倒する形相。

 見るからに、体育の先生的な雰囲気を醸し出している。


「人数が多いが、初めの試合は決まっている」


 おい、こっち見るなよ。

 何だよ、笑うなよ。えっ⁉、まさか・・・。


「A組序列トップの酒木氷と、B組序列トップの古谷楓守とのスペシャルマッチだ」


 はあ?

 何がスペシャルだよ。


「氷、やってやれー!」

「おーー!!」


 A組の声援が、アリーナに響く。

 アウェイ状態だな。


「楓守、負けたら昼食抜きだよー!」

「頑張れー!!」


 応援の仕方、クセありすぎだろ。

 まあ、嬉しいけどさ。

 これは、勝たないといけないな。


「酒木、古谷。向き合って、準備をしろ」


 A組の生徒と、B組の生徒が一斉に輪のように広がり、中心に試合場所を作る。

 初めてのA組との合同練習なのに、初っ端からトップ同士の試合か。

 楽しんでいくか!


「お前がB組トップか。張り合いのない顔つきだな」


 彼が、A組トップ酒木氷。

 顔は厳ついものの、体はそこまでしっかりとはしていない。

 水色の髪に、蒼い目。名前と相まって、能力はだいたい予測がつく。


「戦ってみないと、分からないものだよ」


 と言ってみたものの、正直自信があるかないかと問われたら、ないと答えるだろう。


「2人とも準備はいいな」


 しっかりと向き合う。


「3・2・1始め!」


 まずは、ストレッチと行こうか。

 軽く、両腕に活力化をかける。


「ランス!」


 彼の掛け声とともに、槍の形状の氷が猛スピードで飛んできた。

 これが、彼の能力か。

 でも、これだったら簡単に。


「壊す!」

「!?」

 A組と、彼の顔が唖然とした表情になる。

 まだ、ストレッチだぞ。

 どうしたのかな?


「お前の力は、その程度か?」

「いや、まだ30%も力を出していないよ」


 はあ?それはおかしいだろ。

 俺は、A組の中でも圧倒的に強い。入学式初日の個人戦でも、氷の能力『だけ』で全員を倒した。

 なのに、何であいつには俺の能力が通用しない⁉

 俺は、A組だぞ!


「今回は、特別だ。お前には、俺のもう1つの能力を見せてやろう」


 もう1つの能力ってことは、彼もDP⁉

 DPなら、初めから2つの能力を併用して、攻めればいいのに。


「これが俺のもう1つの能力「鳥化」だ!」


 彼が光に覆われる。

 羽が生える。口に、くちばしが生える。

 これは、

「何それ。見た目笑えるー」「鳥とか、森生えるわ」「ヤバすぎ」

 笑われるでしょ。

 A組の人も笑ってるんだけど。

 あっ、そうか。彼は、この能力を見せるのが恥ずかしくて、A組の前でまだ見せてなかったんだ。


「わ、笑うな!お前をこの能力でボコボコにしてやる!」


 怒りの矛先が、俺の方に向いた件について。

 彼は、大きな羽を羽ばたかせて宙に飛ぶ。

 見た目は、滑稽でも能力自体は強いな。あと、上を取られるのは戦闘において、圧倒的不利だ。


「ランス!」


 さっきと同じなら、えっ⁉

 量が違う⁉さっきは、1本だったのに今度は3本⁉

 60%出すか!

 足にも活性化をかける。


「俺ならできる!」


 2本の槍は、足で薙ぎ払って粉々にする。

 そして、あと1本は。


「掴む!」


 そして。


「投げる!」


 投げ返された槍は、もとの速さの倍で空気を切り裂いて飛んでいる。


「あぶねっ!」


 彼は、ギリギリの所で体の中心をずらして、致命傷は逃れた。

 しかし、


「俺の羽が、あー!!」


 能力を使い慣れていないせいか、羽に穴が空いていた。

 そして、羽の空気抵抗がなくなり、地上に降りてしまった。


「これで、元通りだね」


 よしっ!決まった!

 空中対地上は、さすがに分が悪すぎる。


「やっぱり、俺が戦ってきた相手とは格が違うぜ。けど、まだ俺はあきらめない!」


 集中して行こう!

 これからが、本番なのでここで「未来視」を使う。

 眼の色が、猩々緋色から熨斗目花色に形質を変化させる。

 ここは、かなり難しいけど能力の強化&同時使用を使おう。


「カッター!」


 薄く形状を変化させた氷が、俺の方向に大量に飛んでくる。

 まともに当たったら皮膚が切れそうだが、これならいけるだろ。

 活性化を全身にかけ、未来視に集中する。

 俺の全身に氷の刃が激しく動くが、痛くもかゆくもない。


「まだまだ!」


 これじゃあ、まともに動けそうにないな。

 早く、未来(さき)を見せてくれ!


「早く、早く!」


 !

 見えた!

 ?

 けど、何かこれは。

 ヤバい!!


「先生!!今すぐにアリーナからみんなを避難させて!!」


 俺の叫びと同時に、酒木君の攻撃が止まる。


「どういうことだ?古谷」


 真剣な眼差しで、俺の方を先生が見る。


「アグロ・キュートがここに走ってきてる!!」

「何!?」


 俺が見た未来は、衝撃的なものだった。

 何と、このアリーナにアグロ・キュートが走っているのだ。

 しかも、かなりの大きさだ。


「先生は、お前を信じる!けど、私も担任としてここに残る!小川先生、A組とB組の生徒をすぐにアリーナの外に避難させてください!」


 ちゃんと、かっこいい性格もメイに似てるじゃん。先生、かっこいい~。

 ミク先生に指示されたA組の小川先生は、何が起こっているのかが分からない様子ながらも、A組とB組をしっかり避難させてくれたようだ。

 後は、


「すいません。俺はどうしたら」


 戦うだけだと思ってたら、酒木君が残ってたー!


「お前は、先生と古谷が戦っているのを傍観しておけ。絶対に邪魔はするなよ。けど、しっかり見ておけよ。お前は絶対に古谷に勝てないってことが分かるから」

「分かりました!」


 酒木君は、少し分かっていない部分もあったが、アリーナの端に走って行った。

 そろそろだな。


「来る!!」

「ドガーン!!」


 100メートルの高さから、鉄球を落とした時のような全てを破壊する音と同時に、奴が勢いよく入ってきた。


「で、デカい・・・!」


 それはまるで、自分が赤ちゃんなって超えられるはずのない高い壁に、前を塞がれているかのように錯覚してしまうほど、圧倒される大きさだった。


「これは、ステージ3⁉」


 ⁉

 先生は、普段街に出てくるのはステージ1か2だと言っていた。

 しかし、今俺の前に居るのは、戦ったことのあるVPすら少ない、ステージ3のアグロ・キュートだ。

 連携が大切になってきそうだ。


「先生の能力って何があるんですか?」

「空走と、高速演算だ」


 さすが姉妹だな。能力が似てる。


「ガギー!!」

「右に飛べ!」


 危なかった。まあ、待ってくれる訳ないもんな。

 先生の高速演算、分かったぞ。

 相手の攻撃がどこに接触するのかを、頭の中で演算して導き出しているのか。だから、先生の指示はいつも正しいのか。


「先生が、空走であいつのターゲットをとる。奴に隙ができたら、最大パワーで急所を狙ってくれ」

「了解です!」


 先生が囮になるのか。

 少し心配だが、大丈夫だろう。

 先生が、高速スピードでアグロ・キュートの方に向かって行く。


「ゴグー!」


 俺は、活性化を右腕にフルパワーでかける。 

 指示は、先生が出してくれる。それまで待つんだ。


「ガギッゴー!」


 ステージ3の威力は凄いな。

 アリーナの地面が、アグロ・キュートの攻撃によってへこんでしまう。

 先生は、その攻撃を得意のスピードを生かして、躱している。

 もうすぐだ。あと少しで。


「今だ!やれ、古谷!!」


 腹に力が入る。

 見えたっ!

 これがアグロ・キュートの急所か。これで。


「終わりだ!!」


 力いっぱい込めて、急所に殴りを入れる。


「グゴー!ガガ!!」


 痛いのか、アグロ・キュートが叫んで悶える。

 殺れてないか?


「ガッガギギゴ。・・・・・」


 ドサッ・・・。


「一撃で、倒したのか?」  


 アリーナが、静寂に包まれる。


「そう、みたいですね・・・」


 ・・・・・・・・。


「良くやった!!」


 キャーーー!

 先生が、俺の方に飛んでくる。

 誰か、助けて~。


「ヨシヨシヨシヨシ」


 完全に拘束されました。

 ていうか。


「胸、当たってるんですけど!!」

「ご褒美だ」


 そんなご褒美、全くもっていらん!

 もうすぐで、あっちの世界に逝きそうになった所ギリギリで、活性化を使って拘束から逃れた。


「はぁー、はぁー。疲れた」

「そんなに仲良かったのか?」


 ⁉

 これはこれは、酒木君。ごきげんよう。


「いや、全然仲良くないよ。ましてや、先生と生徒だよ。ありえないありえない」


 ぎりぎり取り繕えたー。あぶねー。


「そうだよな。いや、そうですよね」


 ん?


「何で口調変えたの?」

「それは、俺じゃ到底敵わないからです」

「何を言ってるの。酒木君は十分強いよ。DP特有の能力併用も簡単にしてたし」

「そんなの、兄貴に比べたらちっぽけなものじゃないですか」


 おっとー、今聞き逃せないこと言ったね。

 兄貴、は止めようか。もうこれ以上持ちきれない。


「兄貴!」


 ああ、そうですか。

 俺には拒否権は無いんですね。


『不敵な笑み』


 ここは、荒廃した街。

 かつては、かなり賑わっていたみたいだが、全てのものには栄枯盛衰が付き物だ。

 そんな荒廃した街の1つのベンチに1人の男が腰を下ろしていた。

 ⁉


「俺のお気に入りの反応が途絶えた⁉」


 何が起こったんだ?


「倒された、のか。ハッ、ハッハッハッハ。ステージ3のアグロ・キュートを倒す実力を持つ奴が、あの学校に居たとはな。これは、してやられたな。学校に送ったのが悪かったか。多勢に無勢の状況は、打破できなかったようだな」


 これからが楽しみになってきたぜ。


「さあ、ショータイムだ!」


 男は、不敵な笑みを浮かべて歩き出した。


『誇張とは、こういう事』


 ステージ3のアグロ・キュートを倒した俺は、先生と酒木君と一緒にアリーナの外に居るみんなの所に、報告にいくため重い腰を上げた。


「先生が先行ってくださいよ」

「それはいいが、お前たちは何も喋るなよ」


 どういうことだ?

 まあ、先生が先頭をきってくれるし、いいか。

 先生が、アリーナの大きな扉を開ける。


「校内にて突然姿を現したステージ3のアグロ・キュートは、B組序列トップ古谷楓守が1人で討伐した!」


 ?、?

 はぁ⁉

 待って、待って。1人でって違うじゃん!

 先生の顔は、


「チラッ」


 めっちゃ笑ってるー。

 本当に小賢しい先生だな。


「楓守!楓守!楓守!楓守!楓守!楓守!楓守!楓守!」


 その後も、楓守コールが続いたのは言うまでもないだろう。


 俺は、怒涛の楓守コールから抜けて、教室に逃げ込んだ。 


「恥ずかしいよ」

「そんなに恥ずかしがることでもないでしょ。むしろ、誇るべきだと思うけど」


 ⁉

 懐かしいような、聞きたくもないような声がするのは、俺の気のせいですよね。


「久しぶり、楓守」

「メイ⁉」


 俺が初めに戻ってきたから、普通は誰も居ないはずの教室には、俺の師匠。

 砂川メイが居た。


「何で居るの?」

「そんなの簡単な理由だよ。かわいい弟子がステージ3のアグロキュートを倒したんだよ。そりゃ仕事そっちのけで来るよ」

「何で知ってるの⁉ていうか、俺より絶対に仕事優先だろ!」 


 俺がそう言うと、メイは右手の人差し指を立てて。


「チッチッチ。分かってないな、楓守は」


 うぜぇー。

 性格が悪いのが染み出てるわ。


「ていうか何で知ってるの?」

「ミクから聞いたから、走ってきたんだよ」


 えっ⁉

 連絡している素振り全然してなかったよね、先生。

 どんな姉妹だよ!もしかすると俺は、世界1危険な姉妹と関わっているのかもしれない。


「分かりましたから、帰ってください。ハイハイ」


 メイの背中を押して、強制的に帰らせようとする。


「ちょっと待ってよ。私は、伝えたいことがあってこの学校に来たの」

「伝えたいことって、俺に?」

「そう。明日の授業の話なんだけど、国上中等特別教育学校との合同訓練だから」


 冗談じゃないよな。

 メイは、性格は悪くても今まで嘘はついたことはない。


「それがどうしたの?」

「多分だけど、その明日の合同訓練の指揮を私がするの。だから、よろしくって話」


 ・・・・。え?


「それだけ?」

「それだけ言うなー!まあ、本来の目的はかわいい楓守を愛でることだったけど」


 今、小さな声で危険な発言が聞こえたなー。

 今のは絶対に聞こえた。


「俺を愛でてくれるのは嬉しいんだけどさあ、それにも限度ってものがあるじゃん」

「何でそのことを⁉」


 こっちが驚いたわ。

 記憶力低下止めてくれ。


「もういいから、帰ってくれ」

「楓守にいじめられるよー。助けてー」


 歳が近いからって、そういうことしないの!

 早く帰ってもらわないと、クラスのみんなが帰ってきちゃうから。困るの俺だから!


「楓守ここに居るんでしょ」


 ガラッ。

 教室の扉が開く。


「やっぱり居た。誰と話してたの?」


 終わった。

 あとでメイ絞めるわ。


「何だ、誰も居ないじゃん。もうすぐで、みんな帰ってくるから座っておこ」


 ?

 メイは?

 呆れるぞ。本当に足が速いな。


「そうだな」

「楓守ってアグロキュートと戦ったことあるの?」


 またまた変な質問をするな、ジェリーは。


「ないよ。さっきのが初めての戦いだよ」


 なんせ俺は、小学校卒業と同時に3年間山の中で過ごしてたからな。

 そんなたわいもない話をしながら、クラスのみんなが集まるのを待っていた。


『変えられない事実』


 この世界には、変えられないことがたくさんある。固定概念などが、例に挙げることができる。しかし、変えられないことはないと唱えるものもいる。


「強者は敵を恐れず、友人を恐れる。弱者は友人を恐れず、敵を恐れる」


 これは、ある人が言った格言だ。


 ジェリーと5分程話していたら、クラスのみんなと先生が帰ってきた。

 「兄貴!これは偉業です!」「楓守兄貴の強さ、なめてました!」「助けてくれてありがとう!」など、温かい言葉を掛けてくれて、嬉しかった。


「お前ら、静かにしろ。確かに古谷が成し遂げたことは、すごいことだが、先生はお前らに大切な話がある」


 先生が、みんなを騙してるんだからね!そこの所忘れないでね!


「明日の授業の話なんだが・・・」


 明日の授業ってことは、メイから聞いた話がそのままされるのかな。


「明日は、国上中等特別教育学校の高等部1年生との合同訓練がある」


 やっぱりか。


「・・・・・・・・・・・・」


 あれ?

 みんなの顔が暗い。何で?

 ジェリーと俺は、今何が起こっているのか全く理解できていない。


「紗綾、どうしたの?」


 ジェリーが、隣の紗綾に理由を聞いてくれる。


「中学部の頃からなんだけどね。この学校と、国上学校との戦闘力の差がすごいんだよ。ああ、ダメな意味でね」


 そういうことか。

 そう言えば、羽愞の戦闘力を10とするなら、国上は30って聞いたことあったな。

 3倍は大きいよな。


「先生も、国上と合同訓練をするのはあまり、賛成していないんだ。けど、この学校に今日新しい英雄が生れたじゃないか!」


 先生がそう言った瞬間、クラスの視線が一斉に俺に集まる。

 こっち見ないで!


「先生の感覚で言ったら、古谷は国上に行ったとしても、確実に校内序列1位に立てると確信している。だから、お前ら安心しろ」


 人の名前勝手に使うなー!

 あと、安心しろってどういう意味だよ!


「ここから話すことは、絶対に聞け」


 クラスが瞬間にして、静かになる。


「明日は、各チームごとに向こうのチームと合体して、合計8人で動いてもらう。各チームに1人の教員がつくが、油断してはいけないぞ。あくまでお前たちの訓練だからな。教員に頼ることがないようにしてくれ」


 8人はけっこう多いな。

 好きに動けないのが悲しいな。


「それで、その8人組で行ってもらうのが、ゴーストタウンだ」


 えっ?

 それって、自分たちからアグロキュートを狩りに行くってことだよな。


「そうだ。お前たちには、ステージ1のアグロ・キュートを対象に、討伐を行ってもらう」


 周りは「そんなの、自分から死にに行ってるのと同じじゃないか!」「何で俺たち何だよ!」と声が上がっているが、いつかはⅤPなんだから戦わないといけないんだ。

 つまり、これは俺たちVPの宿命なんだ。


「明日は、国上との合同集会をやった後に行く。詳しい説明は、その時に指揮者がしてくれる。説明は以上だ。今日の授業はこれで終わりだ。各自解散してくれ」

「キーンコーンカーンコーン」


 帰りのSTが終わる。

 やっぱり、みんなの顔が暗いな。



「シビーは、国上中等特別教育学校にどんな印象を持ってる?」


 俺たちは、帰りのSTが終わってすぐに4人で寮に戻った。

 紗綾はどう思っているのか聞いたし、一応シビーがどう思ってるのか知りたい。


「私には、国上に友達が居ました・・・。けど、厳しい練習に付いていけなかったのか、自分で死を選んでしまいました」

「ごめん。・・・聞いちゃいけなかったね」


 気まずい雰囲気が2人の周りを囲む。


「私は、全然構いません。ただ、国上中等特別教育学校は、強い人材を手に入れるためなら手段を選ばないということは知っておいてほしいです」


 もし、それが本当だとしたら、かなりのブラック学校だな。

 かわいそうだ。けど、俺は何にもできなさそうだ。


「分かったよ。ありがとうシビー」


 頭を下げる。


「とんでもないです」


 明日は、国上中等特別教育学校の高等部1年生との合同訓練だ。

 これは、練習ではない。訓練だ。

 甘い気持ちで取り組んだら、最悪命を落とす。


 一度死んでしまったら、その事実は変えられないもんな・・・・。


                                     つづく

  

 

 

 

 

   


 

 

 

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