第2話 「セトランデル高等魔法研究学院」
シャルフの街を後にして9日、予定よりも早く魔法都市セトランデル近郊の小高い丘までやってきた。人口約20万人、エウレスト最大の魔法研究機関であるセトランデル高等魔法研究学院を有するこの街は都市全体が魔法に関する物で溢れている。魔法書、魔法媒体、魔導具などから錬金術、呪術、死霊術、占星術、信仰魔法などの魔法とそれらに関連するもの、これらで手に入らないものはないと言われているらしい。もちろん、それに見合う対価を支払うことができればの話だろうが……
セトランデルの外観は魔法都市の名に相応しい荘厳な作りでありながら、ところどころ
馬車が防壁を通過した時、地上の建物や店舗がほとんど使われていない事に気づく。その様は寂れた商店街のよう、人っ子一人おらずガランとしていた。馬車を降りた人々は次々に宙に浮かぶ島を目指して散り散りに飛び去った。上を見上げると地上に比べてその活気は凄まじい。人や乗り物が無数に飛び交い、売り子の声が下まで届いてくる。
ん?にしても何でみんな空飛べるんだ?と馬車を降りて考えていると、如何にも魔法使いという格好のお爺さんが声をかけてきた。
「お兄さん、よその人じゃろ?わかるぞ、何でみんな空を飛んどるんじゃ~と思っとるじゃろ。それはの、わしが配っておる
「
「ふぉっふぉっふぉ、心配御無用じゃ。魔学院の最新モデルはこの旧世代モデルとは比べ物にならん性能じゃよ。その最新モデルもセトランデル防衛軍兵士と一部の人間しか装備を許されておらん。まぁ要するに配ってしまって観光客に使ってもらったほうが良いというわけじゃ。そもそもこの街でしか使えんしの、これ」
「あれ、そうなんですか?そりゃまたどうして?」
「この街全体に魔力の力場が発生しておっての、建物が浮いているのも皆が飛べるのもぜ~んぶそれのおかげじゃて。ま、詳しいことはまたの機会にの」
そう言い残しお爺さんは手をひらひら振りつつ、飛び去っていってしまった。とりあえず入学試験の申し込みをすべく、もらった説明書を読みつつ装置を起動した。その装置はWi○リモコンか、はたまたVR用コントローラーかという棒状の機械と宝石の埋め込まれた腰巻きで構成されており、棒状の機器の人差し指のトリガーが上昇、中指のトリガーが下降、アナログスティックが前後左右の移動になっている。魔法を封じ込め制御出来る魔導具、その正体はとても近代的なものだった。
さて、ナビは相変わらず店や施設まで表示できないし、今回も聞いて回るしかないか……と思って上昇していたその時。無数に貼られたポスターが目に入った。
「セトランデル入学試験 開催! 君も魔法使いになろう! セトランデルは君を求めている!」
さっきのお爺さんが真面目な顔でこちらを指差しているポーズの絵が描かれている。あのお爺さんもしかして学院の偉い人なのか?にしても構図が完全にアン○ル・サムだな、このポスター……
ポスターが貼られた建物の側には、最奥の白銀の巨城に向けた矢印が無数に浮いている。あの城が魔学院なのだろう。浮かぶ建物達は魔学院に向かって左右に一列ずつ、真学院に向かってまっすぐ並んでおり、その様子は城下町の大通りのよう。この大通りをまっすぐ進むだけで魔学院へ着けそうだ。
そう思い真っすぐ飛んでいると、急に目の前に右向きの矢印が現れた。先程までわかりやすく巨城を指差していた矢印と同じ見た目の矢印が明らかに違う方向を指している。指し示す先は細いレンガ造りの建物。木の扉が一枚ついただけ簡素な造りだ。
怪しいと思いつつ恐る恐る扉に手をかけ、扉を開いたその瞬間。暗い闇から無数の影の腕のようなものが体へ伸び、闇の中へ引きずり込まれそうになる。必死に抵抗し、一瞬振り切って逃げられるかに思えた。しかし、影の腕が腰回りを巻き付くように覆い、そのまま引っ張り込まれて体がくの字に折れ、闇へと呑まれた。
視界が暗い。何も見えないが地面に背を向け落下している事だけはわかる。レビットの操作が効かない。手先に血が集まっていくのがわかる。10秒、20秒、どんどん下に落ちていく中であらゆる思考が頭の中を駆け巡る。そもそも宙に浮いた建物に入ったはずなのに何故真っ暗なまま落ちているのか。風を切る音も聞こえない。いつまで落ちるんだ?そう考えていた時、急に体が暖かい何かに包まれ落下スピードが落ちた。暗い部屋のカーテンが開けられ太陽の日差しに目が眩んだ時のように急に視界が明るくなる。そっと足から地面に下ろされたそこはドーム状の地下室で、100名弱程度の自分(の体)と同程度の年齢の若者が集まっていた。長い落下から解放されたばかりだからか目眩がひどく、足元がふらつく。
「学院への入学希望者ですか?」
軽く俯いていた顔を上げる。声をかけてきたのは
「あ、あの……ここはなんですか?いきなり暗闇に引きずり込まれてここまで落ちてきてもう何がなんだか」
「ここは第1628回セトランデル高等魔法研究学院 入学試験合格者の集合場所です。ここへ来たということは学院への入学資格を得たということになります。稀に誤ってこの場所へ来られる方がいらっしゃるので念の為こちらで入学の意思を確認させて頂いております。入学の意思がない場合は後ろの通用口から地上へ出られますのでご安心下さい」
「あっ、その入学希望者に違いはないのですが、まだ申し込みしていなくて。これから魔学院へ受験の申し込みへ行くところなのですが……」
「なるほど、ですがその必要はありません。魔学院は正規の試験会場で、こちらは公にされていない裏試験です。安心して下さい、あなたは合格しました。後ほど入学説明会がありますのでご出席下さい。では」
裏試験ってなんですか?なぜ合格したんですか?といろいろ聞きたいことがあったがお姉さんはそそくさと去ってしまった。混乱した頭を落ち着け、しばらくすると先程のエルフのお姉さんが演台に立ち、説明会を始めた。
「本日は試験合格、誠におめでとうございます。数日後に控えた入学式を終えたその瞬間から、皆様には本学の生徒として過ごしてもらいます。入学に際しまして、本学の成り立ちやルールについて簡単にご説明させて頂きたいと思います。ここからのお話はお帰りの際にお渡しする入学のしおりと学院規則にも掲載されておりますので、どうぞ気を楽にしてお聞き下さい。本学はセトランデル国立魔法研究機関を前身とする魔法の教育や研究を目的とする学術機関です。運営資金の60%程度は国の支援金で、残りは学院関係者によるセトランデルへの技術提供の報酬で賄っております。学生の皆様には伸び伸びと勉学に励んでいただくために門限なしの全寮制で学費・生活費等は一切頂いておりません。ですが、運営資金には際限があります。そこで、より学生の皆様に切磋琢磨して頂くべく本学は特殊な教育形態を取っております。その名も「
教育機関でレーティング使うのは斬新な発想だな……レーティングはプレイヤー同士が対戦するゲームで用いられるプレイヤーの実力の評価指標。将棋もチェスも麻雀も、レートでプレイヤーの実力を評価する。この学院では魔法の知識や腕がそのまま数字に現れるってことか、面白いじゃないか……!!!
興奮していると他の入学生の一人から質問が飛んだ。
「ランクが上がるとどういったメリットが享受できるんでしょうか?」
「基本的には受けられる講義のレベルが上がり、大図書館で借りられる書物が増え、使用許可が下りたり実験室や魔導具の種類が多くなったりします。また、特級学生以上からは個室が与えられるのですが、こちらは学生の皆様の大きなモチベーションの一つになっていますね」
入学生達から小さく歓声が漏れた。そういえば寮生活が始まると誰かと一緒になるのかな、それはそれで楽しみだ。歓声が落ち着いた頃、話を再開しようとお姉さんが話し始めようとした時、質問のため一人の入学生が手を上げた。
「あの……昇格があるってことは降格もあるんでしょうか?」
「おお、丁度それについてご説明しようと思っておりました。学生の皆様に降格はありません。ただ、条件を満たすと退学になる場合があります。退学になる条件は2つ、1つ目は下位のランクのレート範囲まで自身のレートが下がった状態でレート審査を受けることです。下級学生の場合は500以下、上級学生の場合は2000以下になった状態でレート審査を受けると退学になります。またレート審査は3の倍数の月に行われますが、年末のレート審査終了後に全生徒無条件でレートが500下がります。これは学生達の競争と努力を促し、組織の停滞を防ぐためとされていますね。二つ目は3年間同じランクで留まり続けた場合です。こちらも先程と同じ目的で導入されている規則ですね。学院の目的はあらゆる分野において魔法による革新を生み出し続けることです。学生の皆様には退学制度は意識せず、常に上を目指し続けて頂ければと思います」
入学生達からどよめきの声が漏れた。おそらく皆気づいたのだろう。まだレートの数値にどれほどの価値があるかわからない現状でも500という数字が小さくないことに。一応昇格条件を満たした状態で年末のレート審査後に500下がっても、ギリギリ退学にならないよう配慮されているがかなり過酷な制度だろう。学び続け、結果を出し続ける必要がある。
「最後に、非常に厳しい条件であるかもしれませんが魔法を学ぶには最高の環境です。是非、この学院で皆様が目指す最高の魔法使いになって頂ける事を祈って説明会を終了いたします。本日はありがとうございました」
厳しいかもしれないがやるしかない。俺の夢がついに叶うのだ。魔学院、一体どんなところなのだろうか。
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