第3話 「魔法学基礎Ⅰ」
ついに入学式当日になった。入学式が終われば今日から講義や実技が開始する。実に楽しみだ。心を踊らせながら宿を後にし、レビットで魔学院へ向かう。無一文で宿に泊まれたのは説明会終了後に行くところも金もない旨をエルフのお姉さんに伝えたところ、学院と提携している外部の宿泊施設を紹介してもらえたからだ。利用するためには「ミトラから泊まることを許されたと伝えればいい」と言われたので宿へ向かいそっくりそのまま伝えると、快く泊めてもらうことが出来たため無事今に至る。
そうこうしていると魔学院までたどり着いた。太陽の光を受けて白く光り輝くそれは、遠くから見ていただけでも大きかったが、近くで見ると更に大きく感じる。どのくらいの高さがあるかわからないが、見上げれば首が痛くなるぐらいには高い。入り口の扉を開いて中へ入ると、目には見えないが心地よい粘性の膜のような物を通り過ぎた気がする。通り過ぎて一番に飛び込んできた目の前の光景に何かとてつもない違和感を感じる。建物の外側よりも明らかに中の空間が大きいのだ。正面のエントランスホールの先には街の大通りほど活気のある屋台や建物が並んでおり、その屋台や建物の上には天井がない。高すぎて建物内上空には雲や太陽ほど光り輝く球体のような物まで浮かんでいる。中庭というには大きすぎるそのだだっ広い空間は、建物の中にいるはずなのに外にいるのではないか、街の中にいるのではないかと錯覚してしまうほどだ。かろうじてエントランスホールまでは建物らしい天井やシャンデリア、床や壁の装飾があり、左右には長く続く廊下が見える。エントランスホール中央に立て看板が設置してあった。
「セトランデル高等魔法研究学院 入学式に参加する者は大ホール 天啓の間へ →」
案内があって助かった。ぞろぞろと右へ向かう人の流れがある、この人達についていけばいいだろう。長い廊下の突き当りにまっすぐ進んでいると身の丈の倍ほど大きな扉が開けっ放しになっており、その中へ入るとオペラの劇場のような作りになっていた。今入ってきたのはその劇場の3階部分に当たるようだ。上にもう2つ、階層が見える。
「はいはい、入学生のみんなは1階、オーケストラ席やで。奥の階段から下降りてや~」
深い青紫色に輝く毛並みの猫っぽい獣人のお姉さん?が下へ誘導していた。
「入学生の諸君。ようこそセトランデル高等魔法研究学院へ。私はこの学院の長を任されておるギミル・ゼン・フォーノルヒと申す。今年もまたこの日を迎えられる事を大変嬉しく思う。――さて、魔法とは何か。他者を傷つける力か、夢を叶える力か、否。物体と現象と概念を操作する技術である。魔法は他者を傷つけるも、夢を叶えるも使う者次第じゃ。魔法は使う者を拒まぬ、良き者も、悪しき者も。ここにいる皆も様々な事情で此処におるじゃろう。しかし、これだけは心に留めておいてほしい。己が良き事と信じる何かのために魔法を使いなさい。そのために貪欲に知識を求め続け、正しさに柔軟な考え方を持ち、発見に心を踊らせ、他者に寛容であり、そして、自由に生きなさい。だが自由は放埒とも無責任とも違う。正しくあろうとあれ。良き者であろうとあれ。さすれば、魔法は君の友である。諸君らの人生に知と栄光の煌きのあらんことを!以上!」
ドッと割れんばかりの歓声と拍手がホール中に響き渡った。俺は魔法が好きだ。魔法に心があるかはわからないが、好かれるような生き方をしたいと思う。良き事と信じる何かのために魔法を使え、そして正しくあろうとあれ、か。自分は何のために魔法を使いたいだろうか。今はただ、ただ心惹かれていただけだ。これから得るであろう知識と力を正しく使うにはどうすればいいんだろうか。ふと、そんなことを考えさせられる入学式だった。
入学式が終わった後、学生達には真っ黒な生地の縁に金の刺繍が施されたケープと交差した杖と竜が彫られたピンバッジが配られた。他の学生もこのケープを纏っている者が多かった。制服のようなものだろう。多かった、というのは特に着用を義務付けられているわけでもいないため、着けていない者もそこそこいるからだ。
「入学生はケープに挟まれた番号と表に従って西棟の各教室へ移動して下さーい!あと、ピンバッジは失くさないようにして下さい!皆さんのレートを記録するための者なので忘れて授業に出るとレートが変動しませんのでご注意を~!」
なるほど、これで学生の実力を図るのか。これも魔導具なのかな。ええっと紙には……62番と、62番は西棟4階第5教室って書いてるな。ケープを羽織ってピンバッジをケープに留め、教室へと向かった。
西棟4階第5教室、30人ほどが入る教室で最前席から後ろに向かって少しずつ高くなっている。現在ケープを羽織った学生達で満席だ。しばらく待っていると今回の講師と思しき角の生えた褐色の男が入ってきた。
「皆さん、入学式お疲れ様でした。私はグラシェダ・エ・ノートビルズ。見ての通り、デモリカです。専門は火属性魔法全般。主に消えない炎を研究対象としております。本日から皆様に魔法学基礎Ⅰを教える担当研究員です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
スーツを正しく着こなし、立ち居振る舞いの隅々から育ちの良さが伺える。20代前半といったところだろうか。若く見えるがその礼儀正しさが大人っぽさ補正をバリバリにかけている。
「さて、さっそくですが授業へ入ります。魔法とは物体や現象の操作、概念への介入、その他やって良いこともやってはいけないことも含め、ありとあらゆることを己で御す技術です。初日から座学では退屈ですしね、魔法の発動から習得までをやってみたいと思います。お題は「
ポチッとグラシェダが教壇の操作盤のような物のボタンを押すと、教室が広い草原へと一瞬で変化し、レンガ造りの壁が地面から生えるように現れ、壁の前に生徒の人数分のかかしが横一列に現れた。
「皆さん空いているかかしの前に立ってこう唱えて下さい! 『紅蓮の矢よ 炎を纏いて 穿ち焦がせ』です。さぁ幾度か試してみて下さい!」
なるほどなるほど、てっきりスキルツリーで覚えるのかと思ってたけど詠唱で魔法使える世界なのか。個人的にはテイ○ズシリーズをやり込みまくったせいか詠唱大好きなんだよな。インディグ○イションの詠唱全部言えるけどこっちでも使えるのかな……んなわけないか。
馬鹿な事を考えながら空いているかかしの前に立った。手を向け前方へ向け、
「紅蓮の矢よ 炎を纏いて 穿ち焦がせ!」
頭の中に知識が、この魔法を構成する物、性質、動作原理が知識として溶け込んでいく。それと同時に体に流れる何かが外へと溢れ出す感覚。そして腕の外側に浮遊した赤く揺らめく矢が生成され、かかしへ向かって高速で射られた。矢はかかしへ突き刺さり、刺さった部分から炎が部分から燃え広がり、かかしは一瞬で跡形もなく消滅した。
「
うおっ、久しぶりにメガネが喋った!ん、待てよ。もう習得したのか。まぁ詠唱を覚えたし習得ってことでいいのか。
「否定です。詠唱による発動を習得と定義していません。魔法の完全なる習得は魔法の構成や動作原理の完全な理解により得られます。詠唱を必要とせず、魔法の性質変化、他の魔法との応用が可能になります。」
なるほど、こりゃあ便利。確かに今ならわかる
「皆さんの中で試すうちに知識が頭の中へ流れ込んだ感覚を覚えた方がいましたら、私の元まで集まって下さーい!」
おっ、心当たりがある。そう思いグラシェダの元まで走った。周りを軽く見回してみたが、他の生徒はまだいないようだ。
「なるほど、まだあなた一人ですか。名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」
「ハイロ、ハイロ・ユースミッドです」
「ふむ、良い名ですね。さて、質問なのですが頭に知識が流れ込むまでにあなたがかかしに撃ち込んだ
「1発です」
グラシェダは手元の紙に何か書き込んでいたがその手が、止まった。
「――ハイロさん、嘘はいけま……いやそうか、あなたはご実家かお仕事で既にこの魔法を使ったことがありますか?」
「いえ、先程撃った
「――なんてことだ、もしそれが本当なら……わかりました、私にはあなたが嘘を言っているようには見えない。
「わかりました、やってみます」
近くのかかしの前へ立ち、頭の中の知識へ意識を向けていく。威力を強めるには……そう、速度が必要だ。回転を加えることで極限まで貫通力と速度と直進性を上昇させる。回転するためには先端が
「弾丸よ 業火を纏いて 貫き
手を銃に見立て、かかしへ人差し指を向ける。人差し指の先に力が流れ出し、小さな球を作り出す。火球は高速で回転し、人差し指の先で留まり続けている。火球が螺旋状の炎を纏い始め、前方へ進む推進力が生まれ始める。フッと火球を留める力を抜く。瞬間、火球は手元を離れ高速でかかしの土手っ腹を貫いた。更には後ろに立っていたレンガの壁は突き抜け、草原の果てまで飛び去った。かかしもレンガも燃え尽きなかったが火球よりも大きな穴が、捻り切られたように空いていた。
「
体の力を全て使い果たした感覚、立っていられない。草原へバタリと倒れ込むとグラシェダが駆け寄ってきてこちらへ向かって必死に何か喋っているが、耳が遠いのか聞こえない。多分、死ぬわけではないだろう。ただ疲れてしまっただけ。だから大丈夫だ。そしてそっと、意識を手放した。
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