第1話 「ありきたりな始まりと赤龍の吐息亭」

 シリエルに送り出されて光に包まれた後、目が覚めて気づいた時には広い草原の雲に届きそうなほど大きな木の根元に座っていた。自分の傍らに革で出来た大きめの肩掛けカバンが一つ。中にはパンとりんごが一つずつとコルクで栓のされた瓶が一つ、そして1枚の手紙が入っていた。


「ご転生おめでとうございます。これを読んでいるという事は無事エウレストにご到着されたんですね。細やかながら道中の食料をカバンに入れております。また、伊坂さんのメガネはこちらの世界の技術では修理が難しいものでしたので、差し出がましいようですが絶対に壊れないよう加護を与えておきました。その影響でいくつか使えるようになった機能があるかと思いますので、もしよければご活用頂ければ幸いです。それでは良い旅を。シリエル」


 気が利く天使さんで助かる。メガネの耐久力に関しては全く考えていなかったなぁ。それにしても機能というのは何だろう。説明書とかないのかな。


「説明書はありませんが各機能を説明する機能を提供しています」

「うわぁしゃべった!?!」

「他に現在地図機能ナビゲーション技能習得機能スキルツリー言語自動翻訳機能トランスレーションを有しています。この機能群はマスターの技能や魔力保有量によって更新される可能性があります」


 なるほど!?大分細やかではないプレゼントをもらってしまった。スキルツリーで魔法を覚えるのがこの世界の技術習得方法なのか。ゲームみたいでテンション上がってきた!

 まずネトゲを始めてキャラ作って、チュートリアル終わって一番最初にやることといったらスキルツリー確認でしょ!これからどう強くなれるのか、それを思い描いてワクワクする!これぞゲームの醍醐味!さぁオープン!スキルツリー!


 その時、眼の前に展開されるスキルツリーは膨大、膨大。ありとあらゆる職業の名札からスキルの枝葉が無数に伸びている。その光景は例えるなら無数の滝、水が流れ落ちる滝の始端の数々が見えないほど左右に伸び、壁のように見える。心の中で一つ職業の名を思い浮かべると一つのスキルツリーが眼前へ迫る。

 そして意識を元の世界へ向ける...


 すごい、すごい選択肢の数だった。複数の職業から枝が伸びているスキルもあった。ネトゲなど比べ物にならない、ゲームだと熱のあるプレイヤー達が最適なスキル振りビルドを数通り作って、数多の一般プレイヤーはそれをなぞるだけだ。だがこの数は何だ。心が踊って仕方ない...!!!

 ずっと座っていても何だし、近くの街まで行ってみるか!そう思い立ち上がると何だか見える景色が高い気がする。ふと大樹の側にあった湖を覗き込んでみると、そこには金髪に蒼眼、歳は10代後半に見える、隙のないハイパーイケメンが写っていた。ただ若干黒縁メガネが似合っていない。


「転生バンザーイ!!!!!!!!!!!!」


 思わず心の内を叫んでしまったせいで、遠く木に止まっていた鳥達が驚いて飛び去ってしまった。転生なのだから元の体のままのはずがない、なぜ気づかなかったのか。なんだろう、心なしか精神年齢も若返ってしまったような気がする。現実味のない現実がそう錯覚させるのかもしれない。

 ありがとうシリエル...そう心の中でつぶやき近くの街へと足を運んだ。


 歩いて30分、やっと街が見えてきた。ナビによるとシャルフの街、人口2千人程度の小さな町。農業と鍛冶がほどほどに栄えたよくある街、滞在している冒険者の数も多い。何はともあれ仕事がないと始まらない、とりあえず恒例?の冒険者登録をするべくギルドを探した。


 ナビには街の中の詳細な店の配置までは書かれていなかった。例えるならグー○ルマップの拡大が足りない感じだろうか。慣れない街を人づてに聞いて回った結果なんとか赤龍の吐息亭というギルドまでたどり着いた。中に入ると中央を境に右側にギルドカウンター、左側に酒場のような雰囲気の空間が広がっていた。酒場の方は冒険者達の溜まり場になっているのだろう。冒険者になるにも手順がわからないため、とりあえずギルドカウンターの方へ向かった。


「ごめんくださーい」

「おかえりなさ...おっと、見ない顔ですね。何か仕事のご依頼ですか?」


 ふむ、やはり受付嬢がいたか。異世界と言えば冒険者ギルド、冒険者ギルドといえば可愛い受付嬢、わかってますね。


「いえ、冒険者になりたいなと思いまして。山奥から出てきた為に少し世情に疎いのですがどうすれば冒険者になれるんでしょうか...?」

「登録希望の方ですね!冒険者になるだけなら簡単なんですよ。問題は素質の方ですので。続きは奥の部屋で進めさせてください、こちらへどうぞ!」


 カウンターのさらに右奥の通路を進むと相談室と書かれた扉が並ぶ場所に通された。おそらく依頼をする人達も個室で話を聞いたりするのだろう。その相談室うちの一つに通された。


「では簡単にご説明させて頂きます。冒険者とは、依頼や伝承を元に作成されたクエストを達成し、金銭を得る職業です。クエストは家事手伝いや食料調達、近隣の魔物討伐といったものから、伝説に伝わる魔物の討伐や迷宮の攻略など多岐に渡ります。ここまでは大丈夫ですか?」

「仕事って家事手伝いまで入ってるんですか...?」

「小さな仕事ですが力仕事となると結構需要はあるんですよ?倉庫の整理や家財道具の運搬などですね」

「要するに何でも屋さんって感じですね」

「そうですね、そういっても間違いないです。続いて登録作業に移りたいのですがこちらの紙に名前を記入した後、この水晶板に手を押し当てて頂いていいですか?」


 むむっ、名前か...金髪で伊坂宗次郎では違和感半端ないしネトゲのハンドルネームにしておこう...んで、この水晶板に手をググっと当てて...


「ハイロ・ユースミッドさん、いい名前ですね。で、ステータスは〜っと....むむむっ!?うん、魔法使い向きのいいステータスです!」


ステータス

LV: 1

HP: 100

MP: 250

STR: 20

DEF: 20

DEX: 20

INT: 80

MND: 70

LUK: 60


 ほほう、これはこれは要望通り。20ってのは最低値なのかな、覚えておこう。この世界でのMNDってのは回復魔法の効果量アップなのかな...魔法防御力アップなのかな...この辺りの仕様はゲームによって違うからなぁ...


「ちょっと気になったんですがINTとMNDってどう違うんですか?どちらも魔法系なのはわかるんですが...」

「あぁ!それはINTが魔法を行使する力で、MNDが相手の魔法に対抗する力です!言い換えれば知識と精神力、といったところですね。いや〜それにしてもすごいです!レベル1でここまで整ったステータスをお持ちの方は10数年に一度いるかどうかというレベルです。もう魔学院へ行かれた方がいいのでは、というレベルですね...」

「魔学院!?もしかしてそれは魔法について勉強したり研究する場所では!?」

「あら、ご存知だったのですね。セトランデル高等魔法研究学院、通称魔学院。丁度2週間後に入学試験があります。この街から馬車が出ていまして、10日ほどでセトランデルに着くと思います。ちょうどよいかもしれませんね!あなたほどの潜在能力なら入学できるかと思います!ただ...」

「ただ...?」

「馬車の運賃、持ってらっしゃいます?セトランデル行きだと大体銀貨12枚といったところでしょうか...」

「あっ...」


 転生したばかりでりんごと水とカバンしかない!むしろ日銭を稼ぎたくてギルドに来たんだからお金なんてあるはずない!走っていくにも試験に間に合うはずがない、どうすれば...


 その時、バンッ!と扉が開け放たれた。その戸口から体の全貌が見えないほど大きな男がそこには立っていた。その大男が扉をくぐると、角の生えた傷だらけの鉄兜を被った髭面が顔を出した。


「話は聞かせてもらったぞ、小僧」

「マスター!?なぜここに?」

「俺は地獄耳でな。おいお前、魔学院に行きたいんだってな。馬車の運賃、俺が出してやる」

「ほう、ありがたい話ですがなぜ出してもらえるんです?」

「それはな、勘だ。ん~...そうだ、やることやったらここにまた来い。条件はそれだけでいい」

「それだけでいいんですか?わかりました。約束します」

 大男から馬車の運賃を受け取り、受付嬢から馬車の発着所の場所を聞き、駆け足でギルドを後にした。


 その頃、ギルドの相談室。

「なぜ、あのようなことを?」

「あいつは強くなるぞ、多分な。来たる時に力になってくれるやもしれん、そう思ったのだ。まぁ小さな賭けだ。だが大きく芽吹くやもしれん。俺はこういう賭けが好きなのだ」


 赤龍の吐息亭のギルドマスター アルベンゼック・ドグラス、庶民出身の稀代の英雄、そして生粋の賭博師ギャンブラー、その賭けの結果は未だ、無敗。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る