エピソード02
ストップ。
指揮棒の動きが止まる。
「ユーフォ、何そこ遠慮してんだ何も音響いていないぞ」
「もう一度176小節目から」
一斉にみんなの視線が僕の方に刺すように向けられる。
これで今日5回目の中断。
確かに今日の僕はノリが悪い。いや、ノリというものではない。やる気が起きない。
「今日はここまで」
サークルのリーダー、
そうだろう、何度やっても瑞樹には今日の僕の音は届かない。
「ねぇ、今日どうしちゃったの?」
覗き込むように
「どうもしてねぇよ」
楽譜を閉じながら、彼奴の顔を見ずに声だけで返す。
「ふぅーん」
何か言いたそうな口を真をとじ。
「そっかぁ、それなら別にいいんだけど」
彼女もまた僕から一つ距離を置く様に前からその姿を消した。
いつもなら、しつこく付きまとう真があっさりと身を引くことは珍しい。
よっぽど機嫌が悪そうに見たんだろうか?
それとも、今日の僕には関わらない方がいいと自己防衛に走ったのか。
まぁそれなら、それでいい。真の気遣いというのも僕は知っている。
いち早く音楽室を出て、駅へと向かった。
ようやく少し春めいてた感じがするこの季節。とはいってもまだ3月の初めだ。
夕暮れは肌寒い。
コートのポケットにしまい込んでいたスマホが鳴った。
瑞樹からだった。
「どうした?」
「それはこっちのセリフよ。今日はどうしたのよ」
「どうもこうも、何もねぇよ」
息が白く上がる。
「ふーん、今日はバイト休みなんでしょ。だったら付き合いなさいよ」
相変わらず、こっちの事はお構いなしの様だ。
「今日はそんな気分じゃねぇよ」
「やっぱり、何かあるんじゃない。真も心配してたんだから」
「真は関係ねぇだろ。ただ今日は調子が出なかっただけだ。誰でもあるだろ」
今日の練習の事を気にかけていることは、十分に瑞樹の声から感じられた。
「調子が出なかった。そう言えば済みそうなことだけどね。でもね、私も真もあなたの事よく知りすぎてるから、こうして電話してるのに」
「ふ、よく知りすぎてるか。確かにな、でも、それでどうにかなるものなのか?」
「そんなことわかっているわよ。でも、あなたのその姿を見てるのが私はつらい。貴方の引きずっている過去を私は知っているから余計につらいのかもしれない」
「お前には責任は何もねぇよ。俺が勝手に引きずっているだけだら」
「だからそれが私にとっては余計につらいのよ。
彼女の声が途切れる。
燈子、彼女はもうこの世界には存在しない人。それを一番知っているのは自分自身であることをいつまでも否定し続けている。
ある日突然、現れ、そしてある日突然、その姿を消し去った。
まだ幼かったあの日の自分が今でも……憎らしい。
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