サヨナラは言えない

春の日差しの中にまどろむ僕の影。

僕一人だけの影がずっとあとをついてくる。

離れようにも離れることのない影。

影は影に重なると消える。

だけど完全に消えたわけじゃないんだ。

またその影から離れると僕の影は現れる。

ずっと、僕の跡をついてくる。


「いい加減、ついてくるのはもうやめろよ」

影に向かって言ってもその影は、何も言わない。

ただついてくる影。何もしない影。

僕を襲えるなら、僕を奪えるなら。


「やってみろよ!」


でも、影は何もしなかった。


サヨナラ!


僕の影。


僕が消えれば影も消えるんだろう。

消えようか……。

消えよう。この世界から、この姿を消し去ろう。

サヨナラこの世界。

遠くに見える空に、僕の躰は浮こうとしていた。

お前も一緒だよ。

影に向かって言う。


その時影が二つに分かれた。

もう一つの影が僕の躰を抱き抱えた。

強く、そして優しく。

忘れかけていた甘い香りが鼻をくすぐる。

長い髪が僕の躰にまとう。

その影は言った。


サヨナラは言わせない。と。

ゆっくりと顔をあげると僕の影に重なるもう一人の影。

僕らは一つになった。

僕の影は僕一人だけの影じゃなかった。

僕の大切な人。その人の影も僕の影だった。

忘れてはいけない。

大切な人の影に、僕は


「サヨナラは言えない」事を。

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