朝食の香り
鼻をくすぐる甘い香りで目が覚めた。
うっすらと見える人の影。
「ん? 誰だ」
身に覚えのない
「何してるんだい?」
「何って、朝食作っているのよ」
朝食? 見知らぬ彼女が……。
「すまん、君はいったい?」
「あら、何にも覚えていないの?」
覚えてないのって……ま、まさか、君を俺が?
毛布をはぎ取り自分のその姿を確認するように見た。
「昨夜はかなり酔っていたんでしょ」
はぁ、この俺が酔っていたとはいえ、見知らむ女性を部屋に連れ込むとは……。
「ご、ごめん。何も覚えていないんだ。その、昨夜俺は君と……」
「ふふふ、どうでしょうね。覚えていないんじゃ、教えてあげない」
「教えてあげないって!」
「私は知っているけどあなたは知らない。意外と面白いじゃない、あなたはどうやって私からその事を聞き出すか楽しみ」
「おいおい、それなんなんだ! この俺に探偵をしろっていうのか」
「そうよ、あなたは探偵。さて、どうあなたは推理するのかしら」
彼女はミニトマトを一つまみ口にした。
その姿はどことなくあどけなく見えた。
人懐っこいのか、それとも単に俺を試しているのか?
「さぁて、朝食出来たわよ」
一人暮らしにしては少し大きめのダイニングテーブルに、彼女が作ってくれた朝食が並ぶ。
「珈琲でよかったわよね」
そう言いながら珈琲サーバーから棚にあったカップに珈琲を注いで、テーブルの上に置いた。
「さてここであなたに一つ質問」
椅子に座りテーブルに肘を置き、ほおずえをつきにこやかに微笑んだ。
「どうしてカップが二つもあるんでしょう。それも、お揃いの」
彼女が手にしたのは猫の絵が描かれた色違いのお揃いのマグカップ。
あれ? どうしてそんなものがあるんだ。
俺は確か一人暮らしのはず……だったと思うんだが。
お揃いのマグカップなんて、まるで彼女でもいたかのような感じがする。
「探偵さぁ―ん。どうしたんですか。何も推理できていないようですね。それに私の質問にも答えられないなんて。あなた推理力まるで無し」
そのにこやかに微笑む笑顔に吸い込まれるように、俺は無意識に彼女の唇に自分の唇を重ね合わせた。
それは、いつもの事の様に、体が勝手にしたこと。
潤んだ彼女の瞳が俺の瞳に映し出される。
「なぁ、多分これがすべての事を物語っているんじゃないのか」
「そっかぁ、ようやく気が付いたのね」
「そうみたいだな」
「それじゃ、お帰りなさい。あなた」
ちょっとはにかみながら彼女は言う。
「初めての朝ってこんな感じだったのかなぁ」
「さぁな」
テーブルの上にある彼女の作ってくれた朝食と婚姻届けが、その朝。
静かに俺を迎えてくれていた。
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