その醜い生き物
その生き物は醜かった。
この世の醜さをかき集めたかのような、その姿に恐れを抱くほどだった。
されど、その生き物の心は澄んでいた。
限りなく澄み切ったその心は、美しいとさえ思えた。
「お前は、私の事が怖くはないのか?」
その生き物は言う。
怖かった。でも、その心に触れた時、その生き物の本当の姿を見たような気がした。
美しいその、真の姿を。
「なぜ、あなたはそのような醜い姿をなされているのですか?」
その生き物はこう答えた。
「これが私の姿だからだ」
「いいえ、あなたの本当の姿は、綺麗な美しい輝きに満ちたお姿ではありませんか?」
「なぜそう言える。この醜き姿がすべてを物語っているのではないのか」
「確かにあなたはのお姿は醜い。恐れさえも感じほど醜い。されど、その真なる心の中はとても静寂で、美しさをも感じさせる。私はあなたの本当のお姿を見てみたい」
その醜い生き物は、そのあと何も言わず姿を消し去った。
それから数年の時が過ぎ去ろうとしていた頃。その醜い生き物がその姿を現した。
「あれからいくばくの時が過ぎ去った。私のこの外見はいまだ昔のままだ、なにも変わってはおらぬ。それでもお前はまだ私のこの外見は偽りのものだと言うのか」
「はい。あなたのその心は何も変わってはおられません。その澄み切った心の持ち主はこの世に存在し得る者には無きものです。私はあなたのその御心に恋をしてしまったようです」
「恋をとな? これは滑稽な。これほど醜い姿の我に恋をしたというのか」
「いけませんか?」
「ならばそのお前の気持ちをこの我に見せるがよい。お前はこの醜い姿の我に口づけをすることが出来るのか。人々はこの姿を嫌い罵り、恐れさえ抱いていたこの姿をした我に」
そっとその醜き生き物に近づき、包み込むようにその体を抱きかかえ、静かに口づけをした」
何が変わるわけでもない。
目の前に見えるのはその醜き姿だけ。
されど、満ち足りた幸福な想いが私の心にしみわたる。
忘れかけていたあの暖かさを。
ずっと、ずっと私を見つめ、愛してくれた人。
ようやく気が付いた。
あの澄み切った美しい心は、私のすぐそばにいつもいてくれている。
諦めず、すべてをなげうって、私をずっと傍で支えてくれていた。
彼女がいたから私は生きてこれたのだ。
あの醜き生き物は私自身の姿だった。
崩れゆく、あの醜き姿。そして取り戻すかの様に私の姿が写し出される。
ようやく。私は元の姿に戻れた。
そして彼女の元に。
「お帰りなさい」と彼女は静かにささやいた。
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