第20話 崔琰《さいえん》:曹操や曹丕をも叱りつけた清廉の名臣

 呉で君主を平気で叱りつける口うるさい家臣といえば、張昭ちょうしょうを思い浮かべるかと思います。


 魏において張昭に当たるのは、崔琰さいえんでしょう。


 崔琰は字を季珪りけいといいます。

 儒学者で有名な鄭玄かんげんの弟子でした。


 しかし学んで一年もしないうちに、黄巾賊の乱が勃発。

 鄭玄は弟子たちとともに避難しましたが、食糧不足で弟子を養うことができず、崔琰は退学をいいわたされました。


 やがて崔琰は袁紹えんしょうに仕えることになります。

 

 崔琰は君主に対して遠慮せずに諫言をする人物で、袁紹に対しても、その兵士たちの素行の悪さを挙げて注意をしました。


 また官渡のたたかいにおいても、軍を動かさず守りに徹したほうがいいと袁紹に進言しました。

 しかしこれは受け入れられず、袁紹は曹操に敗れてしまいます。

 

 曹操は袁紹の息子たちを破って冀州を手に入れ、崔琰を登用します。


 曹操は崔琰にいいました。

「冀州の戸籍を調べたところ、三十万の軍を手に入れられそうだ」


 すると崔琰は、

「冀州の民は戦乱によって苦しんでいます。それにもかかわらず、まだ民を安んじたという話は聞いていません。

 それどころか、まず兵の数を調べ、ひたすらそれを優先するとは。

 それが天下の民があなたに期待したことでしょうか」

 と叱りつけました。


 まわりの者たちは、曹操をも恐れぬ崔琰の言葉を聞いて、恐怖のあまり顔面蒼白になっていました。

 

 しかし曹操は反省し、崔琰に陳謝したのです。


 以降、曹操は崔琰を都に置き、息子・曹丕そうひの面倒を見させました。


 曹丕は狩り好きで、勉学もせずにしょっちゅう遊びふけっていました。

 崔琰はそれを諫めます。


「袁紹の一族は強大でしたが、それが滅びたのはおごりたかぶっていたからであり、その息子たちも遊び惚けて道義も聞かず堕落したからです。


 曹操さまはみずから兵たちと辛苦をともにしてたたかってきたのです。

 そのお世継ぎならば、国家の大事を忘れ、兎を取ることなどに耽るべきではありません。

 どうかこの老臣が天罰を受けないよう、狩りの道具や衣服を捨て、人びとの期待に応えてください」


 曹丕もまた曹操と同様に冷酷で傲慢な面のある人物ですが、崔琰に対しては、


「道理を説いてくださりありがとうございます。狩りの道具はすでに捨てました。

 またこのようなことがありましたらどうかご指摘ください」


 と素直に聞き入れました。


 やがて崔琰は尚書となり、魏の人事に尽力しました。

 人物評価においては公平無私で清廉。多くの才能ある人材を選び出してきました。


 成人したばかりの司馬懿しばいを優れた人物だと見抜き、それを司馬懿の兄の司馬朗しばろうに伝えたのも崔琰です。


 崔琰は容姿に威厳があり、朝臣たちには慕われ、曹操ですら遠慮して尊敬したほどだったといいます。


 曹操が後継者を決めなければならなくなったころ、彼は詩にすぐれた曹植を気に入っていました。

 そこでどうすべきかを相談すると、崔琰は、


「跡継ぎには年長者を立てるもの。曹丕さまは聡明であられます」


 とこたえました。


 曹植の妻は、崔琰の兄の娘です。

 曹植が跡継ぎになったほうが崔琰にとっては都合がいいのですが、そうしなかった公平さに曹操は感心し、崔琰を昇進させました。


 のちに崔琰は讒言によって処罰されます。

 しかしそうなってからも堂々とした態度だったので、曹操の機嫌を損ね、やがて自殺させられることになりました。


 崔琰の死は惜しまれ、多くの人は「無実の罪で処された」と思っていたといいます。

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