第250話 術中
「プラトーは逝きましたか……。暇を与えるというのは、そういう意味ではなかったのですが……」
帝城の最奥、謁見の間に鎮座する魔王は、私たちの姿を見るなりそう呟いた。
魔王は相変わらず黒い法衣のようなものを身に纏っているが、顔を覆うヴェールはもうつけていなかった。
その手には赤黒い血にまみれた結晶が握られている。
恐らく、プラトーのものだろう。
私たちは打ち合わせ通り、クレア様を先頭に陣形を組んだ。
今、謁見の間にいるのはクレア様、マナリア様、リリィ様、そして私の四人だけである。
プラトー戦で消耗した教皇様たちは門の所で待機し、ロッド様たちはマギ・シブレーの準備をしている。
クレア様が魔王を鋭く見やりながら口を開いた。
「零……いえ、魔王。あなたの言う通り、プラトーは倒しましたわ。後はラテスとあなたのみですわ」
「そのようですね。それが何か?」
「まだあなたは人類の歴史を終わらせることを諦めていないんですの?」
「……事情はもうご存知のようですね。タイムですか?」
「ええ」
「そうですか……」
しばし、二人の間に沈黙が流れた。
「魔王、今からでも遅くありません。考え直しなさい」
「無理です、クレア様。私にはもうこの選択肢しかないんです」
「そんなことはありませんわ。皆で考えればきっと、もっとましな選択肢が――」
「ええ、私も最初はそう思っていました。でも、ダメでした。私がこの結論に至るまでに、どれほどの試行錯誤を繰り返したかご存知ですか? どれほどの時間をかけても、結論は同じです。終わりにするしかないんですよ。何もかも」
「魔王……」
クレア様が悲しそうに呟いた。
「……あなたは私のことを変わらないと言いましたけれど、あなたこそちっとも変わりませんわ」
「どういうところがです?」
「自分一人で納得して、自分一人で全部背負ってしまうところですわ」
「……」
クレア様の物言いに、魔王が一瞬顔を歪めた。
どうでもいいけど、私を置き去りにしてクライマックスしないで欲しい。
続けて言葉を引き継いだのはマナリア様だった。
「いずれにしても、キミのことは止めないといけない。悪く思わないで欲しい」
「構いませんよ、マナリア様。あなたとはいずれこうなる気がしていましたし」
「そんな悲しいことを言わないで欲しいね。ボクは今から愛する人そっくりの……いや、もう一人の思い人をこの手に掛けないといけないんだから」
「やめたらどうですか」
「立場上、そうもいかなくてね」
マナリア様とも親しげに言葉を交わす魔王。
こっちも私を置き去りにしてくれてる。
「れ、レイさん、私はレイさんだけですからね!」
「リリィ様は本当にいい人ですね。クレア様がいなかったら、ころっと行ってたかもしれません」
「それってつまり、まだ脈はないってことじゃないですかぁ……!」
涙目になるリリィ様の頭を撫でた。
リリィ様は本当に可愛いけど、それでも私はクレア様一筋なのだ。
クレア様、罪な女だね。
「話は単純です。あなた方が勝てば私は死に、人類史は同じ事の繰り返しを続ける。私が勝てば人類史は終焉を迎える。極めてシンプルです」
「話し合いの余地は?」
「ありません、クレア様」
「そう……」
クレア様が悲痛に顔を歪めた。
私はもう我慢の限界だった。
「なーに悲劇のヒロインぶってるんですか、私。とち狂うのはいいですけれど、クレア様を巻き込まないでくれますか」
「……」
私の言葉に魔王が鼻白む。
私は続けてまくし立てた。
「要はクレア様への思いが冷めちゃっただけでしょう? 情けない。それでも私ですか。あまつさえそれを理由にこの世を滅ぼす? 私も大概はた迷惑な人間ですが、あなた程じゃあありませんよ」
「あなたに何が分かるっていうんですか」
「分かるに決まってるでしょう、私自身のことなんですから。長く生きすぎて耄碌し過ぎたようですね。あー、やだやだ。こんなのが自分の未来の可能性かと思うとぞっとしますよ」
私は魔王に思いっきりべーっと舌を出した。
「……あなただって、私と同じ目に遭えば分かります」
「あなたの言い分なんて聞きません。私は今、ここに生きている私です。今、クレア様が大好きで、クレア様がいる世界が好きで、クレア様が愛するものを愛するのが私です。将来のことなんてどうでもいいですよ」
「……我がことながら、なんて腹の立つ言い分か」
「それはお互い様ですね」
私だってこの魔王とやらには相当腹が立っているのだ。
「お互い、もう話すことはないようですね。なら、そろそろ始めましょうか」
「……! 魔王!」
「クレア様、どうか抵抗なさらないで下さい。そうすれば、痛みもなく殺して差し上げます」
その会話が最後の戦いの合図となった。
「レイ! お姉様!」
「はい!」
「分かったよ」
私は土属性魔法マディソイルを応用して、謁見の間の壁や天井を泥に変化させた。
「フレアブラスト!」
マナリア様が火属性の高適性魔法を発動し、それらを一瞬で吹き飛ばした。
上にあったはずの上層階もろともに。
ここまで大規模な爆発を起こしつつ、味方に一切被害が出ていないのは、さすがマナリア様の魔法制御力と言うほかない。
ついでに、それでも飛んできた破片の類いは、リリィ様が全て切り払ってくれた。
荘厳な造りだった謁見の間は、城の一角が瓦解する形で外に露出することになった。
「……」
魔王もこちらの狙いはお見通しらしい。
既に魔法障壁を展開している。
こちらはそれをロッド様の遠距離狙撃で破壊する。
マギ・シブレーの鋭い射出口がこちらに照準を合わせようとしていた。
だが、ここで一つ想定外のことがあった。
「なっ……!」
「うっ!?」
「これは……」
「不味いかも知れないね」
魔王の張った魔法障壁は桁違いに大きく分厚くなっていた。
暗闇よりも深い漆黒の障壁は、まるでそこに世界の断絶があるかのようだった。
「プラトーが言っていたのはこういうことですの……」
クレア様が悔しそうに唇を噛んだ。
「どういうことですか?」
「推測ですけれど、恐らくプラトーは魔王に魔力を捧げたのでしょう。そうでなければプラトーのあの弱さには説明がつきませんわ」
「ご名答です。クレア様」
クレア様の推論を、魔王が闇の向こうから肯定した。
「先日の戦いで受けたロッド様からの一撃は、流石の私も想定外でした。ですので、対策はさせて頂いていますよ」
「……くっ」
それでも、マギ・シブレーが発射されれば、これを打ち破れるかも知れないという淡い期待があった。
事実、その切っ先は魔王の方を向き、あとは射線をあけるだけだった。
ところが、
「ついでに申し上げれば、私の策はそれだけではありません」
「何ですって?」
魔王の言わんとすることは、すぐに分かった。
「お前様方の愚考など、魔王様はお見通しじゃて」
しわがれた老人のような声は、後方から聞こえた。
ロッド様たちの前の空間が歪み、巨大な昆虫の様な威容が姿を現す。
「ラテス!」
「おっと、迂闊に加勢に行こうとは思わないことです。私の相手はあなた方がしてくれるのでしょう? ねぇ、クレア様?」
「くっ……」
戦力を分断された。
これではロッド様のマギ・シブレーは魔王に届かない。
そして私たちも、ロッド様たちの救援にいけない。
一体、どうすれば……。
その時、後ろから投げかけられる幼い声があった。
「クレアおかあさま、レイおかあさま!」
「こちらはきにしないでくださいまし! メイとわたくしでなんとかしますわ!」
メイとアレアだった。
二人はドロテーアから譲り受けた魔法杖と剣を構えて、ロッド様と一緒にマギ・シブレーを守るように立っていた。
「逃げなさい!」
「逃げて!」
「いや、ムダじゃよ。誰一人逃がしてはならぬとの仰せじゃからな」
クレア様と私の言葉を嘲笑うかのように、ラテスが嗤った。
「さて……あなた方の仰る通り、最後の戦いと行きましょうか」
魔王の言葉は、まるで死刑宣告のように聞こえた。
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