第251話 炎の雨
放っておけば、ロッド様はともかくメイとアレアが危ない。
クレア様と私はたとえ後ろから狙われても構わないと、すぐに踵を返そうとしたのだが、
「ラテスとロッド様たちの戦いを見守りませんか。そちらからしかけないのであれば、こちらからも手は出しません」
魔王が妙なことを言い出した。
「そんな言葉を信じると思って?」
「余興ですよ、クレア様。そもそも私がそちらの切り札に手を出さないのはただの気まぐれです。それとも、そちらの切り札なしに私の障壁を突破できますか?」
「この……!」
クレア様は怒りを滲ませながらも逡巡する様子を見せた。
本心では今すぐにでも娘たちの元に駆け寄りたいのだろうが、そうすれば魔王の矛先は彼女たちにも向いてしまうかも知れない。
「クレア様、ここはヤツの言う通りにしましょう」
「レイ……」
「私たちの娘とロッド様を信じようじゃありませんか」
「……」
クレア様は固く唇を噛むと、黙って魔法杖を下ろした。
◆◇◆◇◆
「まずはその邪魔なおもちゃを壊させて貰おうかのう」
ラテスは人間の口がついた蜂の顔で笑いつつ、カマキリのような腕でマギ・シブレーを指した。
「させないんだから!」
「させませんわ!」
メイとアレアが呼応して武器を構える。
しかし、両者の間に歩み出る人影があった。
「お前らはまだ出るな。オレにやらせろ」
ツンツン頭の俺様イケメン――ロッド様だ。
ロッド様は片手に長剣を構えている。
よく見ると、剣には魔法石がはめ込まれていて、恐らくあれは魔法杖の役目も兼ねているのだろう。
「来い!」
ロッド様の鋭い呼びかけに応えて、彼の得意魔法である焔の軍勢が姿を現す。
魔法適性こそ並みなロッド様だが、その真骨頂は桁外れの魔力容量にある。
以前、学院の騎士団入団試験でミシャと戦った時のように、物量で押しつぶすのがロッド様の定石だった。
ミニオン――炎の魔法で作られた兵たちは少しずつ数を増やしていく。
「ふむ……。そのようなちっぽけな剣や雑兵なんぞでは、儂の体に傷一つつけられんぞ?」
「そうかな?」
言うやいなや、ロッド様が残像を残して鋭く踏み込む。
次に私に見えたのは、長剣をラテスに振り下ろすロッド様の姿だった。
ドロテーアほどではないが、十分過ぎるほどに早い。
しかし――。
「ふん、だから言うたじゃろうが」
鈍い金属音を伴って、ロッド様の剣はラテスの表皮に跳ね返された。
全く傷がついてないわけではないが、酷く浅い。
「お前様から死ぬかの?」
ラテスの両手の鎌がロッド様に襲いかかる。
ロッド様は軌道上に長剣を滑らせると、それを受け止めるのではなく柔らかく受け流した。
「ユーの技だ。オレだっていつまでも力押しばっかじゃないんだぜ」
不敵に笑ったロッド様は、体勢の崩れたラテスの腕を駆け上がると、空中で逆さになりながら首を狙う。
「ふむ。児戯じゃな」
ラテスは体勢を立て直すこともなく、首でロッド様の剣を悠々と受けた。
また鈍い音を立てて、彼の剣は弾かれる。
「固ぇなおい。王国に伝わる業物なんだぜこれ」
「儂の体に傷をつけたいと申すなら、かの皇帝ほどの剣と技を以て来るがいい」
着地際を狙って、今度はラテスの虫のような下半身の前足が振り払われる。
ロッド様はこれも柔らかく受け流した。
「弱者とは面倒なものじゃのう。技や駆け引きなど真の強者には不要なものじゃ」
「全く同感だな。こういうのはオレの柄じゃねーんだが、そうも言ってられなくてね」
一旦、間合いを取るロッド様。
僅か数合いの攻防だったが、ロッド様は既に大粒の汗を流している。
それほど、ラテスとの戦いには集中力と緊張感が必要なのだろう。
「お前様のやりたいことはそこまでかの? なら、そろそろ殺すが」
「おいおい、気が早ぇだろ。もっと戦いを楽しめよな」
「生憎と儂は面倒くさがりでな。仕事をさっさと片付けて昼寝でもしたいんじゃよ」
そう言うと、ラテスはあくびをして見せた。
「プラトーとはえらい違いだな。アイツはひねた態度だったが、やるこたぁ真面目だったぜ?」
「ヤツはワルを装っておったが、根は真面目じゃからな。魔王様への忠誠心も、虚無への渇望も人一倍じゃった」
「貴様は違うのか?」
「儂は……そうさな。どちらも夢中になるにはちと生きすぎた。プラトーほどの情熱はないのぅ」
「魔族にも色んなヤツがいるんだな」
警戒は解かないまま、ロッド様が興味深そうに笑った。
「さて、お喋りもそろそろいいじゃろう。殺させて貰うぞ」
「やれんならな」
ラテスが無造作にロッド様の方に走り出した。
教皇様暗殺未遂の時のような、ぶちかましだ。
巨体故に速度はそれほどでもない。
だが、よければマギ・シブレーを壊されてしまうロッド様に、その選択肢はない。
「うおぉぉぉっっっ!」
ロッド様はラテスのぶちかましをまともに受けた。
長剣を突き立てた格好のまま、そのまま後ろに押し戻されていく。
「それだけでは不十分よな。儂には手も足も沢山あるんじゃぞ?」
「ぐはっ……!」
ロッド様の体が跳ね飛ばされた。
ぶちかましはかろうじて受けきったものの、ラテスの下半身の前足に振り払われたのだ。
無造作な一撃だが、ヤツのそれはトラックの正面衝突ほどの威力がある。
「かはっ……げほっ……」
吐血しながらもロッド様はなんとか起き上がろうとしている。
だが、彼の剣は既に中程から折られていた。
「儂相手によく粘った方じゃな。だがそれまでよ。さて、本題に戻るとするかの」
ラテスの視線がマギ・シブレーに注がれる。
メイとアレアがその前に立ちはだかった。
「逃げなさい、メイ、アレア!」
クレア様が悲鳴のような声を上げる。
でも、二人は頑として逃げようとしなかった。
「幼子の身で見上げた心がけよ。じゃが、寿命を縮めるだけじゃな」
ラテスが悠々と近寄り、腕を振り上げた。
「おいおい、貴様の相手はオレだって言っただろうが」
「!?」
突然の爆発。
ラテスの体が数メートルに渡って吹き飛ばされた。
指向性のある爆発だったようで、メイとアレアに被害はない。
「お前様か。まだ息があるとはの」
「これくらいで死ぬかよ。好きな女の前でカッコわりぃとこ見せられるか」
ロッド様はにいっと男臭く笑った。
「じゃが、お前様に何が出来る? 今の魔法も儂の体勢を崩すばかりで、傷は――」
「まあ、あれくらいじゃあな」
ラテスの言葉を遮って、ロッド様は肩をすくめた。
「なら、さっきの百倍ならどうよ?」
「……?」
「まだ気付かねぇのか」
「お前様、何を言うておる?」
訝しげに問うラテスに対し、ロッド様は上を指さした。
「……?」
ラテスが視線を空に投げると――。
「な!?」
そこには数百、数千という数のミニオンが浮かんでいた。
「お、お前様、この時間を稼ぐために!?」
「まあ、そういうこったな」
最初にミニオンを見せておいて、それが効かないと思わせつつ、白兵戦で注意を引きながら上空にミニオンを大量生産する。
ロッド様の狙いは始めからこれだったのだ。
「技や駆け引きは強者にゃあ不要つったな? そいつぁ間違いだ。技や駆け引きまで使う強者が、真の強者ってヤツだぜ?」
「させるか!」
ラテスが慌てて術者であるロッド様に襲いかかる。
だが、先ほども触れた通り、巨躯のラテスの歩みは決して早くない。
「ファイヤースコール」
天空を指さしていたロッド様の腕が振り下ろされ、その指はラテスを示した。
上空に浮遊していた無数のミニオンたちが、一斉に落下を開始した。
「むおぉぉぉっっっ!?」
雨あられと降り注ぐ炎の兵士が、次々に着弾する。
一発一発は少し威力の高い炎弾程度だが、何しろ数が数だ。
しかもよく見ると、その全てがロッド様の剣でつけられた傷を狙うように誘導されている。
「これしき……これしきの魔法でぇぇぇっっっ……!」
さすがのラテスも堪らず防御態勢を取るが、そんなことはお構いなしにロッド様はミニオンを浴びせ続けた。
「ぐあああっっっ……!」
ラテスの悲鳴は、炎の弾幕の中に消えていく。
なおも降り注ぐミニオンの雨は、収まるまでさらに数分を要した。
炎と煙が晴れた後、そこにラテスの体は欠片も残っていなかった。
「……ふぅ……、疲れたぁ……」
流石に消耗が大きかったのか、ロッド様はその場にどかりと腰を下ろした。
「ロッドさま、やったね!」
「さすがですわ、ロッドさま!」
双子がロッド様に駆け寄って抱きついた。
「へへ、格好良かったか?」
「ええ、クレアおかあさまの次くらいに!」
「レイおかあさまとおなじくらいですわ!」
「……へへ、そうかよ」
微妙に拍子抜けする評価を貰って、ロッド様が苦笑した。
しかし、その顔が瞬時に強ばった。
「何!?」
「油断しすぎじゃな、若いの」
マギ・シブレーのすぐ側、そこからしゃがれた声が響いたかと思うと、金属光沢を持つ異形がみるみる再生していく。
「言うたじゃろう。技やかけひきなど真の強者には無用。儂もな、かけひきが必要な弱者なんじゃよ」
そう言うと、ラテスは鎌をマギ・シブレーに振り下ろした。
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