第248話 行軍

「前方約五百メートルに魔物の軍勢出現!」

「遠距離魔法用意……斉射!」


 ヒルダの指揮に応えて、四色の魔法弾が放たれる。

 放物線を描いて街道を駆け抜けたそれは、魔物の軍勢を何割か吹き飛ばした。


「軍勢、なおも直進してきます!」

「構うこたぁねぇ、そのまま斉射を続けろ。前に出てきた奴らは白兵戦で叩く。前衛、前へ!」


 最前線の指揮はロッド様だ。

 白兵戦に秀でた魔法使いたちが、魔法杖や魔道具の剣を構えた。


「数じゃあ負けてるが質じゃあこっちのが上だ。怯むな! 押し返せ!」


 襲い来るゴブリンやオーガたちの軍勢に、ロッド様を始めとする軍勢が衝突した。

 いかにナーやバウアーの軍の練度が高かろうと、無傷というわけにはいかない。

 負傷者は交替で後方に戻され、治療を受けてはまた前線へ戻るということが繰り返されていた。


 帝都襲撃の時と同じく、魔物たちは死兵と化していた。

 後ろから攻められないのはありがたいが、遭遇する魔物の数は帝都に近づくほどに、どこから湧いて来たのかというほど増えて行く。

 死を恐れない魔物の軍勢との戦いは、人間相手の戦争には慣れている帝国軍の兵士でも勝手が違うようだった。


「……歯がゆいですわ」


 それを黙ってみているしかない悔しさからか、クレア様が何とも言えない声をこぼす。


 魔王が区切った二週間という期限を待たず、バウアーとナーの連合軍は、魔王領へと進軍を開始した。

 実際にはバウアーとナー以外にもスースからマナリア様がアパラチアからレーネが参戦しているので、より正確を期すならば四ヶ国の連合軍ということになる。


 戦闘力抜群のマナリア様はともかく、どうしてレーネが参加しているかというと、彼女はバウアーにいるドル様と協力して戦闘ではなく物資や食糧の調達を担当してくれているからだ。

 ナーの軍勢だけで数万人という規模である。

 これにバウアーからの援軍が加わるので、その部隊を維持するだけでもかなりのお金と物資、そして食糧が必要だ。

 レーネはその商才を活かして、この連合軍の兵站を担ってくれている。

 彼女は戦闘力こそないが、ドル様と同じくこの戦いにはなくてはならない存在だ。

 バウアーにいるドル様が後方担当、ズルックにいるレーネが前線担当らしい。


 すでに触れたように、魔王には、クレア様や私を始めとする少数精鋭で当たることになっている。

 これは、魔王の力が強大すぎるからであり、不本意ながらクレア様を盾としなければ太刀打ちが出来ないからだ。

 連合軍は飽くまでそこまでの露払いである。

 行軍中に魔王からの攻撃を受けることも考えられるが、下手をすればクレア様を巻き込んでしまうため、その可能性は低いと思われる。

 歯がゆいが、魔王との決戦組は力を温存しつつ、連合軍の頑張りを応援するしかない。


「問題はプラトーとラテスですわね」

「はい。魔王と違ってあの二人には、クレア様に遠慮する理由がありませんから」


 むしろ、プラトーとラテスは積極的にクレア様を狙ってくるだろう。

 斥候の情報からプラトーはナーの帝城正面に陣取っていることが判明しているが、ラテスの方は行方が知れない。

 そのため、私たちは行軍中も周囲を広く警戒しなければならなかった。

 あるいは、こうして心理的なプレッシャーをかけ、こちらを消耗させることがラテスの狙いなのかも知れない。


「ズルックを出てもう一週間になりますわ。そろそろ帝城も見えてくる頃。ラテス辺りが仕掛けてくるとしたら今だと思うのですけれど」

「その気配はありませんね」


 このまま行けばラテスと遭遇することなく、帝城にたどり着ける。

 消耗が少ないのはありがたいことだが、どうにもきなくさい。


「心配してもしかたないさ」

「お姉様……」

「マナリア様……」


 私たちの会話を聞きつけたのか、マナリア様がクレア様の肩をぽんと叩く。

 クレア様の不安を和らげようとしたのだろうけど、気安く私のクレア様に触らないで欲しい。

 噛みますよ、がるる。


「こちらとしては最善を尽くしてる。後は天命を待つだけさ。そうだろ?」

「そうですわね」

「……口にしてる内容とは裏腹に、心配は消えていないようだね?」

「……」

「メイとアレアのことかい?」

「お姉様に隠し事は出来ませんわね」


 クレア様が観念したように言った。

 メイとアレアは今、連合軍の隊列の中頃にタイムと一緒にいる。

 タイムによるとそれが一番安全だからということなのだが、どうもアイツは信用しきれない。

 なにしろ、メイとアレアを連れて行かなければ殺すとまで脅してきたヤツだ。

 信用しろという方が無理である。


 そんなヤツに二人を預けているというのがそもそも正気の沙汰ではないのだが、起こるかも知れない潜在的な危険よりも、今現実に襲いかかってきている敵の方が危険だ。

 流石にタイムだけにメイとアレアを預けるのでは不安なので、ユー様とミシャにもついていて貰っている。

 もちろん、レレアも一緒だ。

 とはいえ、私たちに出来るのはそこまで。

 手のひらの上で踊らされているかもしれないとしても、今はこれが精一杯。


「確かにボクもあのタイムとやらは信用が出来ない。でも、アイツは多分、嘘は言わないよ」

「ええ、それはレイも同意見でしたわ」

「だから当面、メイとアレアが危険にさらされることはないだろう。いざとなったらユー枢機卿とミシャもついていることだし」


 マナリア様はそう言ってくれたが、クレア様の表情は晴れない。

 本当はユー様とミシャの役割を、クレア様と私とに交替したいのだが、クレア様と私には役割がある。

 いざ、ラテスやプラトーと遭遇した時に、こちらの主要戦力が駆けつけるまで時間を稼ぐという役割が。

 あの二人の魔族の強さは突出している。

 普通の魔法使いたちでは、ムダに犠牲者を増やすだけだ。

 そうかといって、最初からこちらの主要戦力を固めていては、いざ味方が崩れたときにフォローが出来ない。

 難しいところである。


「帝城が見えてきました!」


 先頭から報告が上がる。

 前方を見ると、確かに帝城の威容が目に入ってきた。

 そこまでの道のりは、魔物に埋め尽くされている。


「もう少しですよ! 道を切り開くのです!」


 ヒルダが兵たちに発破を掛ける。

 兵士たちもそれに応えると、遠距離からは魔法を降り注がせ、近接しては魔物たちをなで切りにする。

 そのまま、二時間ほど行軍は続いた。


「! 撃ち方、一時やめ!」

「前衛も下がれ!」


 ふいに、ヒルダとロッド様が兵を引いた。

 何かと思って前方に目を凝らすと、そこには大柄な人影があった。


「……よう、てめぇら。随分、調子くれてんじゃねぇか」


 原始人のように簡素な毛皮だけを纏い、手には大きな棍棒。

 まるで不沈の要塞のようなたくましい肉体に、背中には一対のコウモリの羽根。

 見間違えるはずもない。

 三大魔公が一人、プラトーだった。


 クレア様と私は、打ち合わせ通り素早く兵たちの前に出た。


「ごきげんよう、プラトー。いい日和ですわね」

「クレア=フランソワか。おう、そうだな。お前ら人間どもに引導を渡すにゃあ、丁度いい天気だ」

「三大魔公ともあろう人が、門番の真似事ですか? 魔王軍はよっぽど人材に乏しいんですね」

「抜かせ。魔王軍なんぞ飾りだ。その気になりゃあ、魔王様お一人でもお前らなんて滅ぼせんだよ。こいつは暇つぶしってヤツだ」

「出来ませんし、させませんわ。わたくしたちがいる限り」

「けっ、吠えやがって」


 そう言うと、プラトーは棍棒を振りかぶって地面に叩きつけた。

 以前、広範囲に転倒を起こした技である。

 しかし――。


「同じ手は何度も食いませんよ?」


 私はプラトーとこちらの間の地面を魔法で操作して、衝撃波がこちらまで届くことを未然に防いでいた。


「……ちっ……あがきやがって。往生際の悪ぃ」


 どうも妙だ。

 プラトーに覇気がない。

 最初に遭遇した時も、魔王と一緒にいた時も、ヤツはもっと血気盛んだったはずだ。


「プラトー、どうかしましたか? どうも本調子じゃないようですが」

「……へっ、隠しようがねぇか。魔王様に会えば分かるぜ。もっとも――」


 そこで一旦言葉を句切ると、プラトーは棍棒をぶんと一振りし、


「お前らをここから先へ進ませるつもりは微塵もねぇがなあ!」


 そう吠えると、棍棒を振り回しながらこちらへ突っ込んできた。


「……結界よ、阻め」


 身構えた私たちの間を、涼やかな声が通り抜けた。


「ぬぁっ!?」


 プラトーの巨体が、何かにぶつかったように阻まれた。


「教皇様!」

「ユー様とミシャも」

「合流、間に合いましたね」

「ここからは僕らも加勢するよ」

「微力を尽くすわ」


 私たちは別に、プラトーと旧交を温めていたわけではない。

 先に述べたように、こちらの主要戦力が合流するのを待っていただけなのだ。


「レイおかあさま、クレアおかあさま!」

「わたくしたちもいましてよ!」

「リリィもいます!」


 メイ、アレア、リリィ様も合流して、こちらはこれでベストメンバーだ。


「ぞろぞろ出てきやがって。いいぜ、まとめて相手をしてやらぁ!」


 決戦の端緒たる戦い、三大魔公プラトー戦がこうして始まった。

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