第244話 博愛と偏愛

 決戦に備えて準備が着々と進んでいる。

 対魔王戦に挑む軍勢の編成から始まって、事後への備え、物資の調達に至るまで、やるべきことは多い。


 私たちは魔王の元まで道を切り開き、襲ってくるであろうプラトーとラテスを撃破し、さらに魔王を倒さねばならない。

 道のりは険しいと言わざるをえない。


 魔王には少数精鋭で挑むことになった。

 具体的にはクレア様、メイ、アレア、マナリア様、リリィ様、ロッド様、ミシャ、ユー様そして私の計九人である。

 この他に、魔王の元までたどり着くため、バウアーとナーの混成軍が露払いを務めてくれる。

 プラトーとラテスはともかく、他の魔物の群れにまで主力を割いていては消耗が大きすぎる。

 混成軍はそこまでの道を切り開いてくれる予定だ。


 そして、私たちを散々苦しめたあの魔王の魔法障壁については――。


「これがその要なんですか、ロッド様?」

「おう。そういうことだ」


 ロッド様は力強く頷くと、傍らにある魔道具をぽんぽんと叩いた。

 その魔道具は一抱えもある岩くらいの大きさで、後ろ側に非常に大きな魔法石がはめられている。

 前方には一本の剣状の突起が伸びていて、そこにもまた魔法石がはめられている。

 二十一世紀の世界にあったもので一番近いものと言えば、戦車の砲台部分だろうか。


「こいつが俺たちの切り札。大規模術式マギ・シブレーだ」

「マギ・シブレー……バウアーの古い言葉で、集束魔法という意味ですわね」


 流石クレア様。

 教養がある。


「集束魔法……というからには、何かを束ねる魔法なんですか、これ?」

「まあな。こいつを見てくれ」


 そう言うと、ロッド様は何かを私たちに一つずつ放った。


「これは……?」

「それも魔道具だ。そいつを持つものから魔力を集め、こいつが集束させて攻撃する仕組みになっている」


 なるほど。

 要は魔法版の元気玉みたいなものなのか。


「前回の魔王との戦いで撃った時は、事前に集めて貯蔵していた魔力に連れてきた兵士たちの魔力を足して撃った。威力は見ただろ?」

「ええ。凄まじい威力でしたわ」

「今度はセインの協力でバウアーの国民から広く魔力を集めるつもりだから、前回よりも遙かに威力のある一撃が撃てると思うぜ。この間みたいな不意打ちじゃなくて、魔王が本気でガードしても突き破れるくらいにはな」


 力強い言葉だ。

 これがロッド様の開発したという大規模術式の正体なのか。


「とはいえ、この装置が要なら、これを守る人員が必要ですわね?」

「そうだな。魔王戦の前にゃ、まだ魔族二人との戦いが残ってるんだろ? そいつらにこいつを狙われたらちっとばかり厄介なことになるな」

「前線に置いておくのは危険ですね。これの射程距離ってどれくらいなんですか?」


 前回の戦いではそこそこ距離は出ていたようだが。


「んー、せいぜい五百メートルってとこじゃないか。それ以上にも伸ばせないことはないだろうが、あまり離れすぎると照準がな」

「なら、魔王戦までは後ろに下げておいて、決戦の時にギリギリの距離まで前進させるのが安全そうですわね」

「だなあ。こいつは強力だが、まだ量産できていないのが難点だ。一点限りの試作機だからな」


 ロッド様ががしがしと黒い短髪をかく。


「って、決戦の場ってひょっとしたら帝城になりませんか? 屋内じゃあ、もっと接近しないといけないような……」

「壁なんてぶっ壊しゃあいいだろ?」

「フィリーネが聞いたらいい顔はしないような気がしますわ」


 とはいえ、人類の存亡が掛かっている時に、建物の心配などしている場合ではないのも確かだ。


「ところでロッド様。これってロッド様が考えたんですか?」

「おう、そうだぞ」

「……へぇ」

「おい、なんだそのメチャクチャ意外っていう表情は」

「いやだって、ロッド様ってもっとこう武闘派っていうか猪突猛進型というか、あんまりこういうのを考えるタイプじゃないと思っていたので」


 一言で言えば脳筋だと思っていたので、ロッド様が言うとおり意外だったのだ。


「失礼ですわよ、レイ。ロッド様は元々学業も優秀でいらしたじゃないですの」

「いや、そいつはレイの方が正しいな。確かにオレはあまりこういう方面のことが得意だったわけじゃない。魔法についても、セインの方が得意だったしな」

「ですよね」

「こら、レイ!」

「あっはっは! お前は本当に遠慮がないな」


 ロッド様は鷹揚に笑って続けた。


「元々オレは集団よりも個人の力を重視するタイプだった。なまじ高い魔力容量を持っちまったせいで、それに疑問も持たなかったんだな。だが、あの革命の時思ったんだ。これじゃあ足りねぇって」

「足りない?」

「ああ。お前ら二人はオレも含めて何人もの力を借りることで、あの革命をやり遂げた。そいつは個人の力じゃあ到底できねぇことだ」


 王族籍を捨てて軍に入ったのも、そうした考えがあってのことらしい。


「この魔法も、元々はマナリアとの再戦を見込んで開発を始めたものだったんだ。だが、オレ一人じゃあどう逆立ちしてもマナリアにゃあ勝てない。だから考え方を変えたんだ。オレ一人じゃあ勝てなくても、バウアーは負けねぇぞってな」


 その結果が、この集束魔法らしい。


「でも、マナリア様ならスペルブレイク出来るんじゃありませんか?」

「難しいと思うぜ。こいつは複数人の魔力を束ねて撃つ魔法だ。構成式ももちろんだが、混合した魔力の解析っつうのは純粋に難しいからな」

「なるほど、ちゃんと考えてるんですね」

「こいつめ、はっはっは!」


 いや、じゃれてるつもりはない。

 純粋に感心してるのだ。


「今となっちゃあ、向ける相手はマナリアじゃなく魔王になっちまったが、まあ、問題はねぇだろ。ヤツはマナリアよりも強いしな。マギ・シブレーを使うに値する相手だ」

「頼りにさせて頂きますわ、ロッド様。これでなくては、魔王の防御障壁は突破出来ませんもの」

「ああ、任せろ。とち狂ったもう一人のレイのヤツに、目に物を見せてやろうぜ」


 そういうと、ロッド様は明るく笑って……そしてふと何かを思いついたような顔をした。


「ん? そういやあ、魔王はもう一人のレイだったな」

「そうですわね。それが何か?」

「いや、こっちのレイはクレアにぞっこんだが、あっちのレイならオレにもチャンスはあんのかなと思ってよ」

「……ロッド様、まだ諦めてなかったんですか」

「なんで諦めなきゃいけないんだ?」


 ロッド様は本気で首を傾げている。

 これだからオレ様タイプは……。


「魔王はある意味で私よりも遙かにクレア様に執着していると思いますよ。ロッド様もタイムが見せたヴァーチャルリアリティを見たでしょう?」

「ああ、あの記録か。確かに見た。でもよ、ヤツが世界を終わらせようとしてんのは、要するにクレアへの思いが原因なんだろ?」

「そうですね」

「なら、ヤツに新しい恋を教えてやればいいんじゃねぇの? 恋の相手はレイだけじゃねぇぞって。そしたら世界を終わらせよう何て考えないんじゃねぇか?」


 その発想はなかった。

 けど、数億年にもわたって一途に一人の女性を思い続けた魔王が、今さら心変わりするともちょっと思えない。

 それに――。


「ロッド様。繰り返しますが、魔王も私も恋愛対象は女性です。男性であるロッド様にそのチャンスはありませんよ」

「そういうもんか?」

「はい。あと、百合に挟まろうとする男性は、凄まじい死亡フラグです」

「百合? 死亡フラグ?」


 ロッド様の顔にハテナマークが浮かぶ。


「ロッド様、適当に聞き流した方がいいですわよ。レイのいつもの妄言ですわ」

「そうか。なら気にしないことにする。色んな意味で魔王戦が楽しみだな」

「……相変わらず無駄に器が大きいんですよね、この人」

「何か言ったか?」

「ロッド様は器が大きいですね、と」

「はっはっは、珍しいな。レイがオレを褒めるなんて」


 いや、褒めてないし。

 私がじと目で見ていると、ロッド様はふと表情を真剣なものに変えて続けた。


「……お前から見たら、古くさい考え方って言われちまうかも知れないがな、男ってもんは好きな女は守ってやりたいもんなんだ。クレアにはお前がいる。だが、魔王にゃ今は誰もいねぇ。そいつはちょっと寂しいだろ」

「ロッド様……」

「出来れば、何らかの形で魔王も救ってやれりゃあなあ」

「……」


 ロッド様の考えは、私にはあまり理解出来ないものだった。

 私にとってはクレア様が一番で、クレア様を脅かす者は全て明確な敵だ。

 敵に容赦するつもりは微塵もない。

 でも、ロッド様は、そんな敵にすら憐憫に似た思いを抱いている。


 私は性差を固定化することをあまり好まず、個人差の方を重要視するタイプだ。

 これはきっと、男女の違いというよりも、死ぬまで変わらないであろうロッド様という人間と、死んでも変わらなかった私という人間との差なんだろう。

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