第245話 平和のためではなく
「アレア、あわせて! こおりよ!」
「そうはさせませんわ!」
アレアに魔法剣を使わせようと、彼女に向かって放たれたメイの氷矢をクレア様の炎槍が蒸発させる。
「すきあり!」
しかし、アレアは構わずに踏み込み、木剣をクレア様に振りかぶった。
「甘いですわ」
クレア様は魔法杖を使い流れるような動きでアレアの木剣をいなすと、その勢いのままくるりと一回転してアレアの足を払った。
アレアがその場で転倒する。
「はい、そこまで。クレア様、メイ、アレア、休憩にしましょう」
私はパンパンと手を叩くと、タオルと水筒を三人に持っていった。
受け取った三人は汗を拭い、喉を鳴らして水を飲んだ。
ここはズルックにある公園である。
戦時だからか、人影はほとんどない。
「ふう……。ありがとう、レイ」
「ありがとう、レイおかあさま」
「ありがとうございますわ」
「どういたしまして。三人とも、精が出るね」
今、三人が何をしていたかというと、来たるべき決戦に備えた戦闘訓練である。
クレア様は手加減しているしアレアも木剣、メイも使うのは中級までの魔法だが、それ以外は実戦と変わらない想定での訓練だ。
使徒はメイとアレアのコンビは既にドロテーアに匹敵すると言っていたが、彼女たちには決定的に経験が不足している。
もう決戦まで幾日もないが、やれるだけのことはやっておこうと、こうして訓練をしているわけである。
「クレアおかあさま、つよい」
「ほんとうですわね。わたくしたち、もっとじしんがありましたのに」
双子が賞賛半分、気落ち半分の様子で言う。
彼女たちは間違いなく天才だが、それでもこの訓練ではいいとこクレア様と五分である。
「全力でやったらメイとアレアの方が強いですわよ。でも、この訓練の目的は勝ち負けではありませんもの」
「コンビネーションだっけ?」
「メイとわたくしのれんけい、まだまだかいぜんのよちありですわね」
メイとアレアは二人で一つの戦闘単位として機能するのが一番いい。
もちろん、それぞれ個人でも強いが、使徒も言っていたように彼女たちの強みはその連携だ。
特に両方の力で実現する魔法剣は、あのドロテーアの魔法無効にすら通用すると言われた攻撃だ。
これを使わない手はない。
問題はそれを二人が使いこなせるかどうかだ。
戦闘というのは状況が刻一刻と変化する。
敵はもちろんのこと、味方もいればその動きも加味して立ち回らなければいけない。
二人はとても飲み込みの早い子たちだが、それでもまだ二桁に満たない年齢だ。
どうしたって限界はある。
それでもこうして訓練しているのは、メイとアレアの生存率を上げるためだ。
二人には敵を倒すことよりも、襲ってくる敵から身を守ることを教えている。
そのために、クレア様も私も心を鬼にして訓練をしているのだ。
本来であれば、娘たち相手に戦闘訓練など絶対にお断りなのだが、場合が場合だけに仕方がない。
訓練を振り返り、あーでもないこーでもないと反省会をする三人を眺めつつ、私は忸怩たる思いでいた。
そんな時、私たちにかけられる声があった。
「こんにちは、クレア。レイ、メイちゃんにアレアちゃんも」
「あら、フィリーネ。こんにちはですわ」
フィリーネだった。
彼女は何やら長細い荷物を二つ抱えてやって来た。
「フィリーネさま、こんにちは」
「こんにちはですわ」
「ふふ、挨拶が出来て偉いですね」
「うん!」
「とうぜんですわ!」
フィリーネはかがんで二人の頭を撫でた。
「こんにちは、フィリーネ。今日はどうしましたか?」
「ええ、ちょっとこの子たちに贈り物があって」
「贈り物? フィリーネご自身でですか?」
仮にもフィリーネは皇帝なのだ。
決戦に備えて多忙でもあるはず。
自身が赴くより、私たちを呼びつける方が自然だと思うのだが。
「ちょっと、気晴らしもしたくて」
そう言って笑うフィリーネの顔には疲労の色が濃かった。
確かに、根を詰めすぎれば休憩したくもなるだろう。
「それで、あまり子どもに与えるものではないのですけれど、場合が場合ですから」
そう言うと、フィリーネは荷物を地面に下ろした。
一つは三十センチくらい、もう一つはその倍くらいの長さがある。
「短い方はメイに、長い方はアレアにです。開けてみて下さい」
メイとアレアは言われるままに包みを開けた。
そこに入っていたのは――。
「まほうじょうだ!」
「こっちはけんですわ!」
子どもにも扱える長さの魔法杖と剣だった。
「これは……?」
「お母様が子どもの頃使っていらしたものです。子ども用の魔法杖も剣も、なかなかいいものがないでしょう?」
それはフィリーネの言う通りなのだ。
軍事大国であるナーにおいても、子どもが戦うというのはあまり一般的なことではない。
むしろ、兵士という専門職が充実しているからこそ、子どもが戦わされることが少ないとさえ言える。
そんなわけで、学校で使う教育用のものはあっても、子どもが扱える実戦武器というものはあまりないのだ。
「お母様はご自分では魔法を使えませんでしたので、魔法杖の方は新品同様です。先日お見えになった教皇様にお願いして、祝福をかけて頂いていますから、魔族にも通用するはずです」
「ありがとう、フィリーネさま!」
メイは喜色満面である。
「わたくしのはすこしつかいこまれていますわね……」
「ごめんなさい、剣の方は新品とは行かなかったんです。お母様の剣はアダマンタイト製の特注品なので。でも、その分、性能は折り紙付きです。子どもでも扱える重さですし、何より滅多なことでは折れませんし曲がりません」
「ええ、とってもあつかいやすいですわ。ありがとうございますわ、フィリーネさま」
軽く素振りをしてから、アレアも礼を言った。
「でも、どうしてこれを……? ドロテーアの遺品であるなら、あなたが持っていたいのではなくて?」
「遺言が……あったんです」
「遺言?」
「自分にもしものことがあったら、弟子であるアレアとその姉妹であるメイにこれを渡すように、と」
フィリーネは儚く笑った。
「お母様は最後までアレアちゃんのことを気に掛けていたんですね。お母様らしいです」
ということは、遺言にはフィリーネには何もなかったのだろうか。
「あ、誤解のないように言っておくと、私は別に二人に嫉妬しているわけじゃないんです。お母様はあまり自己表現が上手な方ではなかったですし、きっと私のことも気に掛けていてくれていたと思います」
そう気付いたのはつい最近のことですけれどね、とフィリーネはまた小さく笑った。
「何より、私はお母様からこの上ない贈り物を頂いていますから」
「それは?」
「帝位、そしてナーという国そのものです」
そう言ったフィリーネの顔は、もう泣き虫だった最初の頃の面影はない。
「私はお母様から受け継いだこの国を守らなければなりません。そのためにも、帝都に巣くう魔王や魔族たちは打ち破る必要があります。メイちゃんとアレアちゃんへの贈り物は、そのためのものでもあるんです」
クレアとレイは複雑な心境でしょうけれど、とフィリーネは少しバツが悪そうに言ってから、さらに続ける。
「メイちゃん、アレアちゃん。あなた方の力を貸して下さい。母様の仇を討ち、ナーに……いえ、世界に平和をもたらすために」
フィリーネはそう言って頭を下げた。
しかし――。
「ごめんね、フィリーネさま」
「それはできませんのよ」
「えええ!?」
何となくいい流れになっていたのだが、メイとアレアはフィリーネの願いを却下した。
フィリーネが皇帝モードからぽんこつモードに成り下がった。
「メイたちがたたかうのは、おかあさまたちのためだけなの」
「ごめんなさい、フィリーネさま」
そう言うと、二人はあっけらかんと笑った。
子どもってこういう時、素直過ぎて残酷だなあ。
「そ、そうですか……。そうですよね……ははは……」
「でも」
「ええ、でも」
「?」
フィリーネが目で先を促す。
「へいわとかはメイわかんないけど」
「ドロテーアさまにはおせわになりましたから、おんがえしはさせていただきますわ」
双子はそう言ってにこっと笑った。
「……ありがとう、メイちゃん、アレアちゃん」
フィリーネはほんの少し目尻に光る者を浮かべて、二人を抱きしめた。
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