第243話 葛藤
「絶対ダメですわ!」
「なんで!?」
「わたくしたちだってたたかえますわ!」
「ダメと言ったらダメですわ!」
クレア様がメイとアレアに対して、珍しく声を荒らげている。
無理もない、と私も思う。
ここはズルックにあるバウアー国出身者の宿泊所だ。
ズルックの宿屋を丸々借り切っていて、私たちもその中の一室を仮の宿りにしていた。
「あなたたちはまだ子どもですのよ? 魔王と戦いたいなんてとんでもありませんわ!」
そう。
クレア様が取り乱しているのは、メイとアレアが魔王との決戦に参加したいと言い出したからだ。
二人を連れて行くつもりは全くないので、「ちょっとお仕事があるからお留守番お願いね」と言ったのだが、即座に見破られた。
考えてみれば、魔王や教皇様の念話はメイやアレアも聞いていたはずで、年齢以上に成熟した思考を持つ二人にはバレバレだったようだ。
「でも、メイたちつよいよ?」
「たぶん、おかあさまたちよりもつよいですわ」
メイとアレアはそんなことを言う。
でも、強さは問題ではないのだ。
「確かに、メイとアレアは強いだろうね。でもね、クレア様も私もあなたたちを戦場に連れて行く気はないよ」
「だからどうして!?」
「なっとくいきませんわ!」
メイとアレアは地団駄を踏む。
うーん。
「メイとアレアは私たちの大事な娘だからだよ。二人にもしものことがあったら、たとえ魔王を倒しても、私たちにとっては負けたのと同じだよ」
そう言うと、メイとアレアは少し黙り込んだ。
私は続ける。
「メイとアレアは強いよ。でも、戦うべき時は今じゃない。二人が大人になって、守るべきものが出来た時に戦って?」
そう言うと、私は二人を抱きしめようとした。
説得出来たのかな、と思ったからだ。
しかし、私の手は振り払われた。
「どうしてレイおかあさまはそんなこというの!」
「わたくしたちだって、おかあさまたちにもしもがあったら、いきていかれませんわ!」
二人はぽろぽろと涙を流しながら反論して来た。
私は思わず言葉を失う。
「おかあさまたちがメイたちをうしないたくないのとおんなじで、メイもおかあさまたちをうしないたくないの!」
「わたくしたち、まもってもらうだけのただのこどもじゃありませんわ! みくびらないでくださいまし!」
二人の反応は苛烈だった。
以前、王国を離れるときに、二人を置いて行こうとした時の反応に似ている。
クレア様や私と離ればなれになることは、二人にとってどうしようもなくトラウマを刺激されることらしい。
でも――。
「今回はダメですわ。あなたたちが何と言おうと、魔王戦には連れて行きません」
「うん。ごめんね、メイ、アレア」
今度ばかりは私たちも妥協するつもりはなかった。
仮にこの選択が二人を傷つけても、たとえ二人に恨まれることになっても、それでもこれだけは譲れない。
わたしたちにとって、二人はかけがえのない娘なのだから。
「そう仰らずに、連れて行って上げましょうよ」
唐突に掛けられた声はリビングの入り口から。
「リリィ……、いえ、タイムですわね」
そこに立っていたのは、リリィ様の身体を借りたタイムだった。
リリィ様なら人の家の鍵を勝手に開けるような真似はしない。
「あなたが何を考えているか知りませんけれど、何を言われても二人は連れて行きませんわよ?」
「そう頑なにならずに。もっとよく考えて下さい」
「よく考えろ、とは?」
クレア様は聞くだけ聞いてあげましょう、といった態度で尋ねた。
「いいですか。魔王との戦いに敗れれば、けっきょくメイ=バルベとアレア=バルベも殺されます。まずは魔王に勝つことに全力を傾けるべきでは?」
「だから言ったでしょう。魔王に勝っても、メイとアレアに何かあったら、わたくしたちには意味がないんですのよ」
魔王に勝つことは十分条件ではなく必要条件なのだ。
勝てばいいという話ではない。
「そうは言っても、この二人の助力なしに魔王は倒せません」
「? 何を根拠に?」
「私の演算の結果です。擬似的な未来予測と申し上げてもいいでしょう」
「……そんなことが可能なのですの?」
クレア様が疑わしげな目をタイムに向けた。
「断言しますが、今の人類側の戦力だけでは魔王には勝てません。メイ=バルベとアレア=バルベの力がどうしても必要です」
二人の不参加はすなわち人類の敗北を意味します、とタイムは言う。
「……それでも、二人は連れて行けませんわ。二人が死ねば、私たちは助かってもそこで死にます。生きながら死ぬのです」
「ええ。そこは譲れませんね」
ロッド様も言っていたが、タイムの言葉を全て鵜呑みにするのは危険だと思う。
それに、仮に彼女の言うことが全て真実でも、二人は連れて行けない。
「ふむ……。ならば言い方を変えましょうか。クレア=フランソワ、レイ=テイラー。二人を連れて行きなさい。さもなければ、私が二人を殺します」
「なっ!? タイム、あなた何を言っていますの!?」
突然、不穏なことを言い出したタイムに対して、クレア様と私は魔法杖を抜き放ってメイとアレアをかばった。
「だってこうでも言わないと、あなた方は考えを改めないでしょう?」
「そんな脅しにわたくしたちが屈するとでも思って!?」
「脅しではありません。ただの事実です」
タイムは人間離れした超然とした態度を崩さない。
「なら、あなたをここで倒すまでですけど」
「出来ますか? この身体はリリィ=リリウムのものです。何も知らない彼女を、あなた方は殺すことが出来るのですか?」
「……卑劣な真似を――!」
私の言葉にしれっと返すタイムに対して、クレア様が柳眉を逆立てた。
私もそろそろ冷静でいるのは難しくなってきた。
「あなたを倒さずとも、逃げることは出来ますよ?」
「それも無理ではないでしょうか。ご存知の通り、私はシステムです。この世界のどこにでも、私は現れますよ」
……なんだか、魔王よりもたちが悪いように思えて来た。
こいつ、本当に人類の味方なのだろうか。
「過激なことを申し上げたことは謝罪致します。でも、私の存在意義は人類の存続なのです。そのためにはどんなことでもします」
私の内心を読んだかのように、タイムが急に殊勝な態度に出た。
でも、私はもうタイムを信用するつもりは全くなかった。
彼女は嘘は言わないが、事実全てを語らない。
人類を裏から操って来たというその口車に乗れば、彼女に都合のいいように動かされてしまうだろう。
とはいえ、どうすればいいのだろう。
メイとアレアを連れて行かなければ、二人を殺すというタイムの言葉は恐らく嘘ではない。
彼女は必要と判断したらそうするだろう。
だからと言って、魔王との決戦に二人を連れて行くのは……。
「レイおかあさま、きいて」
「わたくしたちは、いきていたいんですのよ」
葛藤する私に、メイとアレアがそんなことを言った。
「どういうこと?」
「さっきクレアおかあさまがいったのとおんなじ。むかしのメイたちはね、いきてはいたけど、それはしんでなかっただけ」
「しんでいないことと、いきていることはおなじじゃないとおもいますの」
二人は先ほどのクレア様の言葉に乗っかってそんなことを言った。
大人びた彼女にとっても難しいことを言葉にしようとしているようで、必死に考えながら言葉を紡いでいる。
「まいにちあさおきて、ごはんをさがして、たべて、ねる。そのくりかえし」
「きょうかいにいってからも、それにれいはいがくわわっただけでしたわ」
でも、と二人は続けた。
「おかあさまたちにであって、メイたちはようやくいきることができたの」
「おかあさまたちが、わたくしたちににんげんらしいせいかつをくれましたのよ」
二人は笑う。
天使のような微笑みで。
「メイたちはもう、いきながらしんでいるのはイヤ」
「おかあさまたちがしんでしまったら、いきていてもしんでいるのとおなじですわ」
「メイ……アレア……」
クレア様が二人を抱き寄せた。
二人は腕の中からさらに言う。
「いっしょにたたかわせて? それでみんなでおうちにかえろう?」
「ふたりぼっちはイヤですわ。よにんがいいですわ……ううん、レレアもいっしょによにんといっぴきが!」
そう言って、二人はクレア様に強くしがみついた。
「子どもたちがここまで覚悟しているのに、あなた方はまだ躊躇うのですか?」
タイムが言う。
憎たらしいほど冷静な声で。
「簡単に言わないでちょうだい」
「心中お察しします。ですが、決戦への参加は、双子にとって悪いことばかりではないのですよ」
「? どういうことですの?」
クレア様が問うと、タイムは微笑みを浮かべたまま言う。
「決戦に参加すれば、恐らく双子の血の呪いが解けるでしょう」
「!? それは本当ですの!?」
「私は嘘はいいません。いえ、言えないのです」
血の呪い――血が触れた対象を魔法石にしてしまう、メイとアレアに掛けられた呪いは、月の涙ですら解呪出来なかった。
それが……解ける?
「タイム、二人を連れて行った場合、二人が怪我をしたり、最悪の事態を迎えたりする確率は?」
「怪我は恐らく避けられません。ですが、命に関わるようなことにはならないでしょう」
「二人を決戦のどの位置に立たせるかは私たちに任せて貰えるの?」
「ある程度は私の演算に沿って頂いた方が安全です。不用意に後方に配置する方が危険なので」
「……」
私はクレア様と目を見合わせた。
「クレア様……」
「レイ、でも……」
「私も不本意です。不本意ですが、ここはタイムの話に乗るしかないと思います」
「……」
クレア様はまだ決心がつかないようだった。
私だって本当はイヤだ。
何が悲しくて娘を戦場に連れて行かなければいけないのだ。
「タイム、二人を連れて行かないと、魔王には勝てませんのね?」
「ええ、それは確実です」
「二人が命を落とすようなことはないんですのね?」
「ゼロパーセントではありませんが、非常に低いです。そのように私がはからいます」
「二人の血の呪いが解けるというのは本当ですのね?」
「はい、それはほぼ確定です」
「……」
クレア様はこれまで私が見てきた中で、最も深い葛藤の中にいるようだった。
その気持ちが、私にも痛いほど分かる。
永遠にも似た沈黙の後、クレア様は口を開いてこう言った。
「分かりましたわ。二人を連れて行きます」
「結構です」
「ただし、二人に何かあったら、次はわたくしが魔王になると思いなさい」
「……いいでしょう。私の演算能力の全てを賭けて、二人を保護します」
「お願いしますわよ」
私はクレア様の決断を辛く受け止めつつ、これだけは確認しないと、とタイムに尋ねた。
「でも、タイム。三点ほど確認させて下さい。一つ、メイとアレアの力が必要と言いますが、具体的に何をさせる気なのか。二つ、二人を保護する言いましたが、その具体的な方法は何なのか。三つ、血の呪いが解呪できるのはなぜなのか。魔王に関係のあることなのですか?」
これらを確認しないことには、二人を連れて行くことは出来ない。
しかし、
「それらのご質問は現時点ではお答えできません」
「……なんでですか?」
「既にお話しした通り、魔王は管理者権限を持っています。つまり彼女は私の言動を監視している可能性が否めないからです」
「……」
一応、納得は出来る説明だ。
でも、私はどうにもこの人工知能から胡散臭さを感ぜざるをえない。
「レイ、その人に頼らなくとも、わたくしたち自ら守るつもりで行きましょう。人任せにすべきことではありませんわ」
それからクレア様はメイとアレアに向き直って、
「いいですこと? あなたたちも自分の身を守ることを第一に考えなさい。それが出来ないうちは、誰かを助けることなんて出来ませんわ」
「うん!」
「わかりましたわ!」
「決して独断で動かないこと。あなたに指示をする人が誰になるか分かりませんが、その人の言うことをきちんと守ること」
「うん……」
「……わかりましたわ」
「わたくしもレイも絶対に死にません。だから……あなたたちも絶対に死なないで」
「……うん」
「……わかり……ましたわ……」
クレア様の顔はくしゃくしゃだった。
娘を同じ戦場に立たせなければならない苦悩が、彼女の心を引き裂いている。
メイとアレアもつられて泣き出してしまった。
「レイ=テイラー、あなたは泣かないのですね」
「ええ、まあ」
「平気なのですか」
「ぶっとばしますよ?」
「これは失礼を」
私が泣かないのは、こんなことになったのも全てもう一人の私のせいだからだ。
泣くなんて甘えだ。
私は責任を取らなければ。
「絶対に魔王を倒す。差し違えてもなんて許されない。誰一人欠けず、完勝で」
それだけが、私に許された選択肢だった。
「健気なあなたに免じて、もう一つアドバイスさせて頂きましょう。魔王戦にはリリィ=リリウムも連れて行くといいでしょう」
「リリィ様も?」
確かに彼女の剣技は凄まじいものがあるが、タイムが言うからにはそれだけではあるまい。
「彼女が使える時間魔法は、魔王の力を減じることが出来ます。魔力は時間の流れから汲み出すものですからね」
魔王の時間の流れを遅くすればいいのだ、とタイムは言う。
「時間魔法が使えるのはリリィ様の別人格だったのでは?」
「今の彼はリリィ=リリウムの人格に統合されています。あなた方に嫌な記憶を思い出させないように隠しているだけです」
そうだったのか。
「ロッド=バウアーのマギ・シブレーで魔法障壁を破り、リリィ=リリウムの時間魔法でデバフをかけ、合唱をも駆使すればあなた方にも勝機があります」
「……まあ、勝ちますよ。絶対に」
私たちには――いや、私にはそれしかないのだから。
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