第十七章 世界の真実編

第228話 問答

「魔王が……私……?」


 私は動揺していた。

 わけが分からなかったからだ。

 確かに魔王の顔は私にうり二つだし、魔法の特徴も私に似ていた。

 でも、そんなことがあり得るのだろうか。


 呆然と立ち尽くす私をよそに、クレア様が言葉を続ける。


「この世界にはレイに似た顔の人たちが何人かいるようですが、あなたは違いますわ。あなたはレイ=テイラー本人ですわね?」


 どんな確証があるのかは分からない。

 ただ、クレア様は自分の考えが正しいと確信しているようだった。


 しばし沈黙が流れる。


「……流石ですね、クレア様」


 魔王がぽつりと言った。

 その声は先ほどまでの、老人と子どもの声を合成したようなおかしな声色ではなく、慣れ親しんだ声――つまりは私の声だった。


「どういうことですか、魔王」

「説明するつもりはありません。どうせあなたはここで死ぬんですから」


 私の問いを、魔王ははねつけた。


「わたくしが尋ねても、答えは同じですの?」

「ええ、申し訳ありませんが」

「この私に逆らうつもりですの、レイ?」


 クレア様が上から目線で問う。

 魔王はそれを眩しそうに見てから、


「あなたは本当に変わりませんね、クレア様。いつまでも、本当にお美しい」


 そう言って寂しそうな微笑みを浮かべた。


「ですが、それもここでお終いです。何もかも、ここでお終いにします」

「わたくしを殺すというんですの? レイ、あなたが?」

「私には殺せません。ですから、プラトーに任せます」


 魔王の視線が後ろに控えたプラトーを見た。

 プラトーはへいへい、と軽く答える。


「どうしてもやるんですのね?」

「ええ」

「戦う以外の選択肢は?」

「ありません」

「そう……」


 クレア様は怒ったような、それでいて泣いているような顔で溜め息を一つついた。


「わたくし、そう簡単にはやられませんわよ?」

「無駄なあがきをしない方が、苦しまずに終わらせて差し上げられるんですけれどね」

「不遜な口を利きますわね。躾がなってなかったかしら」

「時間稼ぎはそこまでです、クレア様」

「……ふん」


 口調こそ強気なクレア様だが、それは上辺だけだ。

 よく見れば肩は震えているし、唇も真っ青である。


「マナリア様、スペルブレイカーかドミネイターは発動出来ないんですか? あれ、私らしいんですが」


 私はマナリア様に小声で聞いた。


「確かに似たような魔力構成はあるけど、あれは別物だよ。レイには悪いけど次元が違う」


 虎の子のマナリア様も形無しか。

 これはいよいよ打つ手がない。


「好きなだけ抵抗して下さい。諦めたところで殺して差し上げます」


 魔王は冷厳に死刑宣告を言い放った。


「おいおいおい、痴話げんかもそこまでにしておけよ」


 場違いとも言えるほど、明朗快活な声が響き渡った。

 それと同時に、一条の強烈な光が魔王の元に着弾する。


「……!?」


 魔王はとっさに防御態勢を取ったが、光の奔流に瞬く間に飲み込まれていく。

 光は地水火風どの魔法の色とも違う、純粋な白色を帯びていて、魔王の黒い魔法障壁を徐々に浸蝕していく。


「……」


 光の奔流が収まると、そこには魔法障壁の剥がれた魔王が膝を突いていた。

 見ると、魔王は防御態勢を取った腕に傷を負っていた。

 私たちは傷一つつけられなかったのに。


「どうだ、レイ。いや、魔王か? まあ、いいや。オレの考案したこれは、ちったぁ痛ぇだろ」


 声の主は、隻腕の男性だった。

 帝国の軍服ではなく、バウアーの軍服を着ている。


「ロッド様!」

「よう、クレア。何だかおもしれぇことになってるな。加勢に来たぜ」


 そう言うと、元バウアー国第一王子ロッド=バウアーは不敵に笑った。


「あなたですか……」


 魔王はどこか煩わしげに言いながら、ロッド様を見やった。


「おう、オレだぜ。よう、レイ。前からおもしれぇやつだったが、魔王になっちまうっていうのは、ちょっと面白すぎんだろ」

「……あなたは本当に空気が読めないですね。この程度の傷を負わせたくらいで、私に勝てるとでも?」

「さっきのは出力をだいぶ絞って撃ったからな。最大出力はこんなものじゃないぜ?」


 ロッド様と魔王の間で火花が散る。


「ロッド様、今のは魔法ですの?」

「おう。オレの開発した新しい魔法だ。オレ自身が撃ってるわけじゃないが、その辺りの説明はまた後だな」


 ロッド様は魔王を再び見据えて言った。


「魔王を名乗るくらいだ。大方人間よりも視覚や聴覚も優れてんだろ? なら気付いているよな。バウアーの援軍がもうすぐ駆けつける」

「……」

「いくらお前が強大な存在だろうと、この人数差とこの魔法を同時に相手にするのは悪手なんじゃねぇか?」

「……」


 余裕たっぷりに言うロッド様に対して、魔王は何も言わない。


「てめぇ……、魔王様に向かってその言い草はなんだぁ? 魔王様、俺にやらせてくれ。こんなヤツら、俺ひとりで――」

「よして下さい、プラトー。ここは引きます」

「魔王様!」

「何か異論でも?」

「……ぐっ」


 一瞥するだけでプラトーを黙らせると、魔王は踵を返した。


「おいおい、せっかく来たのにデートはこれでお終いかよ。もうちょっと遊ぼうぜ」

「あなたも変わりませんね、ロッド様。言ったでしょう。しつこい男は嫌われますよ」

「へっ、そうかい。……本当にレイなんだな」

「ええ」


 いっそ寂しげな口調でいうロッド様に対して、魔王はにべもない。


「クレア様、そして私。次はありません。次こそかならず殺します」


 そう言い残すと、魔王はプラトーを連れて東の空へと飛び立った。

 魔王に羽根はないが、ヤツは空も飛べるらしい。

 色々と規格外なヤツだ。


「ロッド様、助かりましたわ」

「私からもお礼を言います。ありがとうございました、ロッド様」

「気にすんな。間に合って良かったぜ」


 ロッド様はからりと笑ったあと、表情を改めて続ける。


「それにしても、ありゃあどういうことだ? レイが魔王だって?」

「わたくしにも事情は分かりません。ですが、わたくしの見立てでは、あれは間違いなくレイ=テイラー本人ですわ」


 クレア様が断言する。


「クレアが言うんなら、間違いねぇだろうな。問題はこっちのレイとの関係性だ」

「そうですわね……。レイ、あなた自身に心当たりはあって?」


 クレア様が問う。


「いえ、全く。見当もつきません」


 そもそも私は魔王という存在すら知らなかった。

 その当人が私だと言われても、混乱するばかりだ。


「ひとまず、この隊列を移動させようぜ。帝国からの難民なんだろ?」

「ああ、そうですわね。忘れていましたわ」


 私たちは帝都の住民を避難させている途中なのだった。


「バウアーからの援軍も警備に加わる。魔王が来ても、多少は持ちこたえられると思うぜ」

「感謝しますわ」


 そうして、その後は避難民の誘導に専念した。

 幸いなことに、その後避難が完了するまで魔王の襲撃はなかった。


 だが、私の頭の中は疑問で一杯だった。


 どうして魔王なる存在の正体が私なのか?

 どうして彼女はクレア様や私を殺そうとしているのか?

 そもそも、この世界における私とは一体なんなのか?


 オタク特有の柔軟すぎる思考で自然に受け入れていたこの異世界転生に、初めて疑問を持った瞬間だった。

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