第221話 挑発
「申し上げます! 魔族の軍勢が街道に現れました!」
「来たか……。ご苦労」
伝令の報告に重々しく頷いたのは、第三砦でも指揮を執っていたザシャ将軍である。
大きな岩のようなたくましい身体に魔道具の甲冑を着けている。
豊かな髭を蓄えたイケオジだ。
「それでは、クレアさん、レイさん。お願い出来ますかな?」
「ええ。お任せ下さいな」
「何とか誘導してみます」
今、魔族軍が位置しているのは、対策会議でも話に出た迂回路の手前である。
ここで北に進路を取られると、人類側は苦しい。
何としてもここ、第五砦に進路を取って貰う必要がある。
「将軍も魔族の動きが確定したら、すぐに砦から撤退を始めて下さいな」
「うむ。承った」
インフェルノは砦ごと魔族軍を一網打尽にする魔道兵器である。
砦にいると巻き添えを食ってしまうのだ。
インフェルノの起動は遠隔で行えるらしいので、兵士が砦に残っている必要はない。
首尾良く私たちが魔族軍の誘導に成功したら、ザシャ将軍たちはすぐにここを引き払うことになっている。
「それじゃあ、レイ、行きましょうか」
「はい」
クレア様と私は既に準備を整えて待機していたので、後は現地の兵士と合流するだけだ。
現地までは距離があるので、風属性魔法のテレポートが使える帝国の魔法使いに送って貰うことになっている。
マナリア様が私との戦いで使った魔法だが、これの使い手はそう多くない。
そんな貴重な人材を何人もここに配していることに、帝国の本気がうかがわれる。
「ご武運を」
「将軍も」
「行ってきます」
◆◇◆◇◆
現地につくと、既に帝国軍と魔族軍のにらみ合いが起きているようだった。
まだ直接的な衝突こそ起きていないが、まさに一触即発といった感じで、いつ本格的な戦闘が起きてもおかしくない。
「クレアさん、お待ちしておりました。前線指揮を任されているデニスと申します」
「クレアですわ。こちらは伴侶のレイ。状況は?」
「数刻ほど前に魔族軍が姿を現しました。現在は街道の分岐点前に陣取った我々とにらみ合いが続いています」
「敵の戦力はどんなものですか?」
「今、ここから見えるだけで数万といったところですね。我々前線部隊の人数が三千ほどですから、まともにやりやったら持ちこたえるだけで数時間といったところでしょう」
この部隊は誘導が役割なので、まともに交戦することは想定されていないのだ。
「敵の指揮官は?」
「三大魔公のアリストの姿が見えます。恐らくヤツが最前線の指揮を執っている思われます」
「好都合ですわ。アリストはわたくしの姿を知っていますもの」
「狙い撃ちされないように気を付けて下さいよ、クレア様」
「ええ、守って頂戴ね、レイ」
私たちは強く手を握り合った。
「クレアさんたちには兵を五百ほど預けます。自分たちで動ける者たちを集めましたから、指揮などは必要ありません。存分に動いて下さい」
「ありがとうございますわ」
「馬は乗れますか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
バウアーでも帝国でも乗馬の講義があったので、幼い頃から馬に親しんでいるクレア様だけでなく、私も馬には乗ることが出来る。
もっとも、その技量には雲泥の差があるだろうが。
「では、ご武運を祈ります」
デニスさんに見送られて、クレア様と私は陣地を後にした。
「クレア様、緊張してますか?」
「ええ、さすがに。一対一の戦いならこれまで何度か経験がありますけれど、こういった軍勢同士の戦いは初めてですもの」
「私たちの役割は魔族たちに姿を見せて挑発し、その後撤退線に移行するまでの間だけです。やるべきことに集中しましょう」
「そうですわね」
そんな会話をしながら馬を走らせていると、魔族たちの姿がはっきり見えるようになってきた。
最前線には小鬼のような魔物が配置されている。
ゴブリンだ。
その後ろにもう少し背の高い猪のような顔をしたオークがおり、さらにその後ろには巨躯の鬼、オーガの姿もある。
亜人種と呼ばれる魔族による編成のようだ。
これらの魔族は便宜上亜人種と呼ばれてはいるものの、実際には人間とは明確に違う生き物である。
ウォータースライムと同じく核を持ち、それを壊せば消えてしまうモンスターだ。
まあ、ひょっとするとうちのレレアと同じく、賢い個体もいるのかもしれないが、今は戦時だしあの数を一匹一匹テイムするわけにもいかない。
「さて……とりあえずこちらを認識はしているようですが、反応は芳しくありませんね」
「そのようですわね」
旅団規模の前線部隊から大隊が前進してきたことで魔族達は警戒している。
警戒しているが、それだけだ。
こちらに襲いかかってくる気配は今のところない。
「どうしますか、クレア様?」
「簡単ですわ。知らしめてやりましょう」
そう言うと、クレア様は少し前に進み出ると、
「わたくしこそはクレア=フランソワ! 元バウアー貴族にして今はこの部隊を預かる者! 我こそはと思う者はかかっていらっしゃい!」
朗々とした声で馬上から名乗りを上げた。
魔物たちの反応は劇的だった。
ヘイトクライにも似た咆哮を上げ、魔物たちが急激に殺気立ち、足並みも揃えずに襲いかかってきた。
「クレア様、下がって下さい!」
「いいえ、ダメ押しですわ! レイ、落とし穴を前方広範囲に!」
クレア様の指示で私はとっさに土属性魔法ピットフォールを広範囲に展開した。
先走った魔物たちが後ろからやってくる仲間に押されて、次々に穴に落ちていく。
「炎よ!」
クレア様は同時に無数の炎矢を作り出すと、それを落とし穴に向かって雨あられと降り注がせた。
魔物たちの断末魔が響く。
「すげぇ……」
「あれが革命の乙女の力か……」
味方から感嘆の声が上がる。
魔法に長じている帝国軍人の目にも、クレア様の力は特別に映るらしい。
「第二波、来ます!」
魔物たちは物量に物を言わせて、仲間の屍を踏み越えながら前進してくる。
挑発の甲斐あってか、魔物たちは完全に火が付いたようだ。
「クレア様、もういいでしょう。撤退戦に移りましょう」
「ええ! でも……妙ですわね」
手綱を引いて方向転換しつつ、クレア様は怪訝な顔をした。
「何がですか?」
「アリストの姿が見えませんわ。挑発すれば必ず出てくると思いましたのに」
確かにそうだ。
この部隊を率いているのはアリストだというが、全くその気配がない。
もちろん大将は前線になど出てこないのが常ではあるが、あの魔族は単独で帝国に乗り込んで来るようなヤツだ。
クレア様のあの名乗りに、無反応なのは少し妙ではある。
「今は考えても仕方ありませんよ」
「そうですわね」
「ヤツのことですから、撤退線の最中にクレア様を狙い撃ちしないとも限りません。警戒は怠らないで下さいね」
「ふふ、言われなくても」
馬を走らせながらクレア様が不敵に笑った。
うん、カッコイイ。
「クレア様」
「なんですの」
「惚れ直しました」
「ばっ……! こ、こんな時に何を言い出すんですの! 戦の最中ですわよ!」
「ええ、でも言わないといけないなって思ったんです」
「……もう」
クレア様がふて腐れたように顔を背けた。
可愛いなあ、もう。
「……レイもですわよ」
「え?」
クレア様がぼそりと何かを言ったが、私には聞こえなかった。
「何ですか、クレア様」
「何でもありませんわよ! ほら、もうすぐ前線部隊と合流しますわよ!」
「はーい」
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