第220話 襲撃対策会議
「それではこれより、魔族襲撃対策会議を始めます」
そう口火を切ったのはフィリーネである。
ここは帝城に設けられた会議室である。
帝国の人間であるフィリーネ、ドロテーア、ヨーゼフさん、ヒルダはもちろんのこと、スースやアパラチア、バウアーに精霊教会の人間も勢揃いしている。
文字通り、人類の代表たちがくつわを揃えているわけだ。
「まず、現状の確認です。ヒルダ、魔族たちの現在の状況は?」
「はい。こちらの地図をご覧下さい」
ヒルダは壁に広げられた帝国とその周辺の地図を棒で示した。
魔族領は帝国から見て東方に位置する。
帝都と魔族領の間には六つの砦があるようだ。
「現在、魔族たちは第二砦を突破し、第三砦を落とさんとしています。第三砦の指揮は勇猛で知られるザシャ将軍ですが、もう数日も持たないと先ほど早馬が着きました」
「ザシャですら食い留められぬか」
ドロテーアが唸った。
ヒルダの説明によると、ザシャ将軍はこれまで魔族の進行を幾度も防いできた名将で、魔族の軍勢が彼を破ったことは一度もないと言う。
「今までとは規模が違う大軍勢で、ゴブリンやオークを中心とした比較的知恵の回る魔物が多く含まれているようです」
「それだけであのザシャが負けるか?」
「いえ、それが、普段なら不利となれば真っ先に逃げ出すゴブリンやオークが、死兵となって突っ込んでくるようなのです。まるで何かに怯えるように」
「ふむ……気になるな」
死兵というのは、死を覚悟し死に物狂いで戦う兵士のことである。
何にしても、人類側は押されているらしい。
「今度の襲撃に賭ける、魔族たちの本気がうかがえるね」
マナリア様の言うとおり、今度の襲撃は魔族たちにとっても重要なものなのだろう。
「具体的に、帝都まであとどれくらいでやって来そうなんだい?」
ウィリアム陛下が問うた。
「このままの進軍速度ですと、恐らくあと一週間ほどと思われます」
「バウアーからの援軍は……間に合わんかもしれんな」
ヒルダの推測に、ドル様が苦い声を出した。
ドル様は魔族の襲撃を知ってすぐ、バウアーにいるロッド様に援軍を求めた。
とはいえ、いかに優秀なロッド様でも軍勢の移動には時間が掛かる。
間に合うか否かは微妙な所らしい。
「ドロテーアが言っていた設置型魔道具が仕掛けられているのは、どの砦なの?」
「第五砦になります。そして第五砦と帝都の間には、あと第六砦しかありません」
ユー様の問いに、ヒルダが淡々と答えた。
つまり、第五砦での策の成否が、そのまま帝都の安否に直結しているというわけだ。
「その設置型魔道具の準備は出来ているのか?」
セイン様も尋ねる。
「設置型魔道具――正式名称魔道兵器インフェルノは現在も稼働中です。問題は敵軍を上手く誘導できるかどうかでしょう。こちらの拡大地図をご覧下さい」
ヒルダは隣の地図に指示棒を移した。
「これは第五砦周辺の地図です。ご覧の通り、第五砦は山に囲まれた天然の要害です。ここを突破するには大きく迂回して帝都の北方から攻め込むか、あるいは砦を正面突破するしかありません」
「迂回ルートをとられると不味いんですね?」
私の質問にヒルダは頷いた。
「そうです。魔族の軍勢が迂回ルートをとった場合、帝都への進軍は大きく遅れますが、その代わりにインフェルノが使えなくなります。北方にも別の砦はありますが、そこにはインフェルノが設置できないのです」
「となれば、なんとしても魔族を第五砦へ誘導しなければなりませんわね」
「そうなります」
問題はどうやって誘導するか、だ。
「インフェルノの情報はちゃんと秘匿されているのかい?」
マナリア様が確認するように問うた。
「そこはご安心を。インフェルノの存在は帝国軍でもごく一部の者しか知り得ません。ドロテーア様が飼い殺しにしていた魔族側の間者にも、何か強力な兵器があるということは匂わせましたが、その正体や所在については厳に秘密にしていました。魔族側に漏れている可能性は限りなく低いでしょう」
ヒルダが情報の漏洩はないと請け負った。
本当かなあ。
「インフェルノの存在を無視した場合、北から迂回するルートと東から直進するルートでは、北から迂回するルートの方が若干攻略が容易に見えるはずです。ここをどうにかしないと、虎の子のインフェルノも意味がありません」
フィリーネが苦虫をかみつぶしたように言う。
「迂回ルートに軍勢を配置するのはどうなんだ?」
セイン陛下が提案を試みる。
「迂回ルート上にも既にいくらか兵は配備していますが、迂回を諦めさせるほどとなると、逆に直進ルートが手薄になりすぎます」
「え。て、帝国は魔族の進軍に備えていたんじゃないんですか?」
リリィ様が言いたいのはつまり、こういう事態に備えていた割に、兵が少なすぎないかということだ。
「リリィ=リリウム。帝国の敵は魔族だけではないのだ。魔王の存在を始め、余の真意はまだ周辺各国に周知されておらぬ。今、国境周辺の兵を緩めれば、周辺国が進軍してくる恐れがある」
「……自業自得じゃないですか」
ぼそっとこぼしたのはミシャであるが、全くその通りだと私も思う。
「そう言われては返す言葉もないが、無い物ねだりをしても現状は変わらぬ。今できることを考えよ」
「はは。言ってることは正論だけど、どこまでも偉そうだね、君は」
ユー様が笑顔で毒づいた。
そりゃあ、そう言いたくもなるだろう。
「話を元に戻します。問題は魔族軍をインフェルノに誘導する方法です。何か案はありますか?」
フィリーネが議題を仕切り直した。
しばらく、沈黙が流れた。
「一つ、思い当たるものがありますわ」
それを破ったのはクレア様だった。
「どんな方法ですか、クレア?」
「魔族側が無視できないようなエサを目の前にぶら下げてやればいいんですのよ」
クレア様の口調は淡々としているが、その表情はいささか硬い。
私は嫌な予感がした。
「エサとはなんだ、クレア=フランソワ?」
皆の疑問を代表するようにドロテーアが問う。
「エサとは……このわたくしですわ」
「ちょっと、クレア様!?」
私が血相を変えて立ち上がると、クレア様はそれを手で制して続けた。
「以前、三大魔公の一人がこう言っていましたの。終わりだ、クレア=フランソワ。滅びよ、全ての元凶、と」
それはアリストの襲撃があった時のことだ。
「わたくしには全く覚えがないのですけれど、どうも魔族たちにはわたくしを狙う理由があるようですの。それこそ、三大魔公が自ら出向くほどに。そのわたくしが囮になれば、魔族の軍勢を誘導できる可能性は高いと思いますわ」
クレア様はそう言って不敵に笑った。
「反対です! 危険すぎます!」
私は猛反対した。
何が悲しくてクレア様を犠牲にしなければならないのだ。
悪い予感というのは大抵当たる。
クレア様はまた自分を犠牲にしようとしている――と、思ったのだが。
「わたくし一人ではどうしようもないので、レイも一緒に来て貰いますわ」
クレア様はそう言って私に笑いかけた。
ああそうか。
クレア様は自己を犠牲にしようとしているのではないのか。
ちゃんと生還する算段があるのだ。
「正直、わたくしは軍の指揮などは出来ません。経験がありませんもの。ですので、その辺りのことは専門家にお任せしますわ。わたくしはレイと一緒に魔族の挑発に専念します。二人なら小回りも利きやすいですし、逃げるときも身軽ですから」
軍勢全てを相手にするのではなく、飽くまでおとりに徹するとクレア様は言う。
「……それでも、私は反対です。こんな大役をクレアとレイの二人だけに押しつけるなんて」
フィリーネが異議を述べた。
思い人を戦場に送ることになるかもしれないのだ。
そりゃあ反対もするだろう。
「ならばフィリーネ。貴様、対案はあるのか」
ドロテーアが低く問う。
その目は甘えなど許さないといったような厳しいものだ。
「……ありません」
「ならば黙っているがいい。対案なき感情的な反論など、この場において最も不要なものだ」
そう言ってフィリーネを切って捨てるドロテーアに、私は少しカチンと来た。
「そうでしょうか?」
「何が言いたい、レイ=テイラー」
「クレア様も私も、帝国の人間じゃないんですよ? もしフィリーネがあなたのように、平気で囮を押しつけるような人間だったら、さっさと帝国を見捨てて王国に帰っているとは考えないんですか?」
なんで献身を当たり前のように要求するのか。
「これは帝国だけでなく人類の存亡のかかった一戦ぞ」
「別にここで決戦する必要なんて、私たちにはないんですよ。帝国が蹂躙されている間に、スース、アパラチア、バウアーで戦力を整えてから、決戦に臨んだって別にいいんですから」
「……む」
ドロテーアは押し黙った。
「フィリーネみたいな人が皇帝をしている国のためなら、少しは協力したいと思えるじゃないですか。何でもかんでも冷たい論理を振りかざせばいいってもんじゃありませんよ、ドロテーア」
「……道理である。許せ、フィリーネ」
「お母様……。ありがとう、レイ」
フィリーネは少し感極まっているようだった。
いや、当然のことを言っただけだけどね。
「話はまとまったようだね。ボクとしても不本意極まりないが、ここはクレアとレイに甘えさせて貰うことにしよう。その代わり、死んだら許さないよ? 必ず帰ってくること」
「ええ、わたくしも死ぬつもりは毛頭ありませんわ」
「誰を見捨てても、クレア様だけは連れ帰りますよ」
そうして、対魔族襲撃の作戦会議は連日夜遅くまで続いた。
――第五砦の決戦まで、あと三日。
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