第181話 命よりも
帝国の魔法技術勢力との協力関係は比較的スムーズに構築されていった。
禁忌の箱という彼らにとって最大の関心事を解決したこと。
ヒルダが約束を守ったこと。
それらに加え、魔法技術勢力の中にも、今の帝国の繁栄がドロテーアという一人の超人に支えられていることに対する危機感が既にあったようだ。
魔法技術勢力としては、ドロテーアが健在でいる限り自分たちが権力を握ることは出来ない。
一方で、ドロテーアがいなければ帝国そのものが立ちゆかず、権力うんぬんどころではなくなる。
そんな中でフィリーネという存在からの申し出は、渡りに船だったようだ。
ドロテーアに代わる帝国の柱を支え、同時に外交方針を転換することで自らが権力の中枢に食い込む――そんな構図を描いているようだ。
それがその通りになってしまうのかどうかは、ここからがフィリーネの腕の見せ所である。
「というわけで、新しい仲間が増えました。ヒルダです」
「なんですか姫様、その紹介の仕方は」
私たちは今、フィリーネの部屋にいる。
メンバーはフィリーネ、ヒルダ、クレア様、私の四人である。
ユー様やミシャはこの場にいない。
その理由については後述する。
「で、そろそろ次の勢力を取り込みたいのですが」
「あてはあるんですの?」
「クレア、前に言ってたじゃないですか。反政府勢力がどうとか」
「ああ、そこに手を広げるんですのね」
「はい。私ももう覚悟は決めています。帝国の未来を勝ち取るためなら、手段は選びません」
フィリーネもだいぶ頼もしくなってきた。
「ちょっと待って下さい。反政府勢力ですか? 私、聞いてないんですが」
ヒルダがストップをかけた。
「そもそも、そんな勢力が存在すること自体、初耳ですよ?」
「そりゃそうですよ。彼らにとっては命がけの活動なんです。政府の中心に近いヒルダに知られてたら、それはもう粛正まっしぐらじゃないですか」
「それはそうですが……」
革命期のバウアーに生じたレジスタンスとは状況が全く違う。
彼らはバウアーが弱体化し、政府が民衆の支持を失っていたからこそ、大っぴらに活動出来ていただけだ。
本来、反政府勢力というのは、人知れず、密かに勢力を拡大していくものである。
政府が気がついたときには手のつけようがないくらいに強大な勢力になっている、というのが理想型だ。
そうでない勢力は、政府によって潰されて終わりである。
「そのような勢力と手を組むことには、私は反対です」
「ヒルダ……」
「姫様の行いは正義でなければなりません。反政府勢力はまさに真逆の存在です。そのような輩と手を組むなど――」
「そうでしょうか?」
「え?」
反対論を述べるヒルダに対して、フィリーネが疑義を呈した。
「反政府勢力と一言に言いますが、その実体は元々帝国に滅ぼされた宗教国家の人々だとクレアたちから聞いています。ならば、彼らから国を奪った帝国は正義と言えるでしょうか?」
「それは……」
「彼らには彼らなりの言い分があります。正義があります。いくらこの国を変えるためとはいえ、私は悪と組むつもりはありません。ですが、彼らは悪ではないと私は思います」
「……」
ヒルダが驚いたように押し黙った。
「え……ど、どうしました、ヒルダ? 私、おかしな事を言いましたか?」
「いえ、驚いただけです。姫様、お変わりになりましたね。いえ、以前からそうでいらっしゃったのかもしれませんが、それが前面に出てきたというか……」
「それって褒めてます?」
「ええ、間違いなく。確かに仰る通りです。彼らにも正義があります。元々、彼らが生まれるきっかけになった戦争というのは、正義と悪ではなく、正義と正義のぶつかり合いですし」
姫様がそれを理解されていることが嬉しいです、とヒルダは笑った。
「ま、まあ、私もいつまでもお飾りの皇女ではないということです。クレアとレイにも鍛えて貰いましたし」
「どんな指導があったのか興味深いですね。後で教えて下さい」
「もちろん。……っと、話がそれましたね。それで、反政府勢力のことですが……クレア?」
「ええ、かしこまりましたわ」
クレア様は大きく頷いて話し始めた。
「現状、帝国で活動している反政府勢力は三つありますの。メリカ、ダナ、キコ――どれも帝国に滅ぼされた宗教国家の民たちですわ」
「三つもあるのですか……」
ヒルダがおののいた。
ちなみに、クレア様がこの辺りの知識を持っているのは、帝国に来る前に私が叩き込んだ原作知識のせいである。
クレア様はワシが育てた!
「宗教国家といっても、基本は精霊教の宗派です。教義や解釈の違いで別れた国々ですわね」
この辺りは、元の世界における仏教の諸宗派に似ている。
大元は同じだが、歴史の流れの中で枝分かれしていったものである。
最も権威と歴史があるのは、バウアー大聖堂を中心とする一派だが、枝分かれした諸宗派もそれぞれが国を形成するほどの力を持っていた。
この場にユー様とミシャを同席させなかったのは、バウアー大聖堂に属する二人がいると、宗教的なしがらみで話がややこしくなるからである。
最終的には、報告して納得して貰う必要はあるのだが、今の時点ではまだ隠しておきたい。
話すのは、本格的に動き出すと決めてからだ。
「三つの勢力はお互いに独立していましたが、ここ最近、勢力を結集しようという動きがありますの。背景にはスース、アパラチア、バウアーの三国同盟がありますわ」
「この機に乗じて、一気に帝国打倒へと動きだそうという心づもりですね」
私はクレア様の説明を補足した。
クレア様は頷いて続けた。
「音頭を取っているのは三宗派のうち最も勢力の大きかったメリカという国の民たちですわ。キコとダナの民たちが折れた、という言い方も出来るかもしれませんわね」
お互い反目するよりも、力を合わせて帝国に立ち向かうことを優先することにしたのだ。
スースらの三国同盟という期を逃せば、もう祖国の復興は成らないと考えたのだろう。
「なら、私たちはそのメリカの民たちと接触して、協力を取り付ければよいのですか?」
「そうなれば一番良いでしょうけれど、簡単には行かないと思いますわ」
「どうしてですか?」
「彼らは素性を隠して生活していますし、仮に自分が反政府勢力であることがバレたら、その場で自決する覚悟でいるからです」
「そ……そこまでして秘密を守るのですか……」
フィリーネがうめく。
信仰というのは時に、信仰のない人間には理解しがたい行動を取らせることがある。
無宗教の国で育った私には理解出来ないが、強い信仰は命よりも優先されることがあるのだ。
二十一世紀の世界ではとある伝染病が流行った時に、家族からすらも隔離されて亡くなった患者に対して、命を賭して葬儀を行う聖職者が実際に少なくなかった。
信仰に生きる人たちには、自分の命よりも大切なものがある。
「そんな者たちとどうやって協力せよと?」
ヒルダの目には無理だろう、という諦めの色が見えた。
「確かに難しいですけど、無理じゃないですよ」
私は断言した。
「ではどうやって?」
「簡単には死ねない立場の人に交渉するんです。例えば……元の国の王族とか」
ここまで言えば、ピンと来る人にはピンと来るだろう。
だが、事前知識のないヒルダには雲を掴むような話に聞こえているらしい。
「それはそうかもしれないですが、そういう立場の方ほど慎重になるものでしょう? どうやって見つけ出すんですか?」
「見つける必要はないです。もう知っていますから」
「……禁忌の箱の件といい、あなた方の情報網は一体どうなっているんですか?」
「それはナイショです」
まさか原作知識とか言うわけにもいかないし。
「いい加減もったいぶるのはやめて下さいよう。それで誰なんですか、その相手っていうのは」
フィリーネがじれたように聞いてきた。
別にもったいぶってるつもりはないんだけどなあ。
「フィリーネ様もよくご存知の人ですよ」
「え?」
「フリーダです」
「ああ、フリーダ……なるほど」
え、とフィリーネの時が止まり、
「えええ!?」
と、仰天する彼女の顔からは、彼女がフリーダをどう思っているのかが如実に読み取れるのだった。
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