第180話 開封作業
「失礼。少し遅れてしまいましたね」
翌日。
クレア様と私はメイを連れて帝国の研究所を再訪していた。
フィリーネとも合流し、中に入るためにヒルダを待っていたのだが、彼女は少し遅れてやって来た。
「開封の方法が判明するのに、もっと時間が掛かると思っていたので、別の用事を入れてしまっていたのです。申し訳ございません」
そう言うと、ヒルダは謝罪した。
「大丈夫ですわ」
「ありがとうございます。それで、そちらのお子さんは?」
ヒルダの怜悧な眼差しがメイに向けられた。
メイは少し怯えたような様子でクレア様の服の裾を掴んだ。
「わたくしたちの養女の一人でメイと申しますわ。禁忌の箱開封には、彼女の力が必要ですの」
「ほう?」
「メイ、ご挨拶なさい」
クレア様はそう言うと、メイの背中をそっと押した。
メイはまだ少し怯えた様子を見せていたが、促されて覚悟を決めたようだった。
「はじめまして。わたしはメイです。ろくさいです。よろしくおねがいします」
深々とお辞儀をすると、クレア様がよく出来ました、と褒めた。
すると、ヒルダも膝を折って目の高さを合わせ、
「初めまして、メイ。私はヒルデガルト。ヒルダと呼んで下さい。メイはお利口さんですね」
そう言って例の詐欺師じみた笑みを浮かべると、メイの頭を優しく撫でた。
メイはまだ少し表情を堅くしていたが、幾分警戒を解いたようである。
「彼女の力が必要とのことですが、具体的には?」
「歩きがてら説明しますわ。移動しましょう」
「分かりました。どうぞ」
ヒルダの取りなしで一行は研究所内に入った。
所内は相変わらず錬金術師のような者たちが実験をしており、時折メイに怪訝な視線を送ってくる。
当のメイはといえば、最初こそ怖がるような様子を見せていたが、興味の方が勝ったのか、周りをキョロキョロと見回している。
「それで、どうすれば禁忌の箱は開くのですか? トリッドから聞き出せたのですか?」
廊下を歩きながらヒルダが問うた。
「トリッド先生からは残念ながらお話をうかがえませんでしたの。ただ、開ける方法については分かりましたわ」
「え……? トリッドから聞き出さずにどうやって……?」
フィリーネが怪訝な顔をした。
「そこは説明出来ませんの。ごめんあそばせ」
「……まあ、いいでしょう。それで?」
ヒルダは一瞬、腑に落ちない顔をしたが、話の続きを聞くことを優先したようだ。
「あの箱は一人の人間から発せられた三種類の魔力を鍵として開くんですのよ。そこで、クアッドキャスターであるメイを連れてきたんですの」
「この子はクアッドキャスターなんですか?」
「ええ。自慢の娘ですわ」
ヒルダが驚きを露わにすると、クレア様は得意げな顔をした。
メイが褒められることが嬉しいらしい。
もちろん、私も鼻が高い。
「しかし……どうりで開けることが出来ないはずですね。そんな条件になっていたとは」
「フィリーネ様、帝国にトライキャスターやクアッドキャスターは?」
「私の知る限りではいませんね。デュアルキャスターはかなりの数確認されているはずですが……」
魔法先進国の帝国ですら、まだ魔法の適性を人為的に増やすことには成功していないらしい。
それを考えると、サーラスのあのろくでもない研究が、秘密裏にであっても実行に移された理由が分かる気がする。
「なら、メイを連れてきて正解でしたわね」
「ええ、助かります」
「頑張って下さいね、メイちゃん」
「はあい!」
などと話している内に、禁忌の箱がある部屋についた。
「それじゃあ、始めて下さい」
「はい。メイ、おいで」
ヒルダに促されたので、私はメイを連れて箱のすぐ側にやって来た。
「ここに三つ魔法石があるの分かる?」
「うん」
「黒い石に土属性、青い石に水属性、赤い石に火属性の魔力をそれぞれ流してみて」
「わかった。やってみるね」
メイは箱に両手を触れさせると、目を閉じて集中し出した。
「あの年齢でもう三属性を同時に扱えるのですか?」
フィリーネが小声でクレア様に尋ねるのが漏れ聞こえてきた。
「メイはもう四属性を扱えますわ。こと魔法に関して、彼女は天才なんですのよ」
「凄いですね」
答えるクレア様は誇らしげである。
フィリーネの顔にも、素直な賞賛の色が見えた。
「レイおかあさん」
「うん? どうしたの、メイ?」
「このはこってこわしていいの?」
「え?」
「たぶんこのはこ、もうすこしつよくまりょくをながさないとあかないけど、そうしたらはこ、こわれちゃうかもしれない」
そんなことまで分かるのか。
私はヒルダに視線で尋ねた。
「中身さえ無事なら、箱そのものは壊れても構いません。開けて下さい」
「だって」
「はーい。なるべくこわさないようにあけるね」
気楽な返事がメイから返って来た。
すると、
「じゃあ、ちょっとほんきだす」
メイがそう言った瞬間、強い魔力の気配が部屋を満たした。
「こ、これは……」
「メイですわね」
メイが発する魔力は六歳の子どもとは思えないほど濃密なものだった。
構成を編んでいないので具体的な魔法には結実していないが、それだけに純粋な魔力の大きさが分かる。
メイのそれは、下手をするとマジックレイを使う時のクレア様に匹敵する。
「どーん!」
メイの言葉と同時に、三色の魔力光が瞬いた。
部屋の中が一瞬眩しさで包まれる。
誰もが目を覆う中、
――ガチャリ。
重々しい機械音が響いた。
「あいたよー」
光が収まると、壊れずに蓋だけが開いた禁忌の箱と、その横で無邪気に笑うメイの姿があった。
「開いた……」
「よくやりましたわ、メイ」
「お疲れ様、メイ」
呆然とするヒルダと、メイを労うクレア様と私。
フィリーネに至ってはぽかんと口を開けたまま言葉もない。
「さあ、中身をご確認下さいな」
「え……、ええ」
ヒルダは箱に近づくと中身を改めた。
「これは……指輪と資料……?」
ヒルダはまず資料の方を取り上げて、中身に目を通し始めた。
「これは……魔力増幅に関する研究の報告書ですね……」
どうやら資料の内容は私の知っているレボリリのそれと同じらしい。
詳しい内容が気になるが、流石に読ませては貰えないだろう。
やはり後でトリッド先生に聞くしかなさそうだ。
「すると……これがその禁忌の指輪……」
ヒルダが震える手でそれを箱から拾い上げようとした。
「待って下さい、ヒルダ様。それには手を触れない方がいいですよ」
「どうしてですか」
「研究資料の方を詳しく読めば分かりますが、その指輪は未完成なんです。適性がない者が身につけると、乗っ取られます」
「……」
私の制止に、ヒルダは手を止めた。
「どうしてそんな詳しいことをあなたが知っているんですか?」
「解除方法と同じく、情報元についてはお話し出来ません。ですが、確かなことです」
「では、適性とは?」
「指輪を使うことの出来る条件は、トリッド先生ですら詳しいことが分からないままでした」
「なら、適性者はいないと?」
「いえ、一人だけ判明している人がいます。フィリーネ様です」
「えっ、私ですか?」
唐突に名前を出されて、フィリーネが驚いた声を出した。
同時に、ヒルダが顔をしかめた。
「……またか」
「ヒルダ?」
「どうしていつもそうなんだ。力のあるヤツ、金のあるヤツ、地位のあるヤツはどんどん上へ行く。血反吐を吐いて成り上がってきたヤツなんて見向きもせずに」
「ヒルダ……」
ヒルダは指輪を持ち上げると、それをはめようとした。
その動きを、私は腕を掴んで止めた。
「自暴自棄なんてらしくないんじゃありませんか?」
「離せ、レイ=テイラー」
「離しません。あなたにこの指輪の適性はありません。百パーセントのっとられます」
「なら、そうなってから殺せばいい。お前なら簡単だろう」
そう言って素の口調になって笑うヒルダの顔は、どこか悲しい。
「出来るわけないでしょう」
「なぜだ?」
「友だちは殺せませんよ。私にとって、あなたはもう戦友なんです。一緒に魔族と戦った」
ラテス戦はほぼドロテーアの独壇場だったが、ヒルダだってあの場にいたのだ。
そして、共に命を懸けて戦った。
「……」
「ヒルダ様――いえ、ヒルダ。その力は、あなたには必要ない。あなたの才覚は、戦うべき場所はそこじゃない。戦う相手もフィリーネ様じゃない。分かっているはずです」
私はヒルダから目をそらさずに言った。
出来うる限りの誠意を込めて。
ヒルダは頭のいい人だ。
一時の激情に身を任せるには、彼女は賢すぎる。
「……ふ……。戦友、ですか。一度、戦場を共にしただけの私を?」
「これからまだまだ増えますよ」
「それはつまり、あなた方の企みに乗れということですか」
「あれ? 約束ですよね? この箱を開けたら協力してくれるって」
「……まあ、約束は約束……ですね」
フィリーネは手から力を抜くと、指輪を親指でピンと跳ね上げた。
高く上がった指輪は、放物線を描いてフィリーネの手に収まった。
「え……?」
「あなたから、所長に渡しておいて下さい」
「で、でも、ヒルダは?」
「私は少し風に当たってきます。失礼」
そう言うと、ヒルダは部屋を出て行った。
「ヒルダ!」
「フィリーネ様、今はそっとしておいてあげましょう。彼女は大丈夫ですわ」
後を追いかけようとしたフィリーネをクレア様が止めた。
「ヒルダ……」
「彼女には気持ちを整理する時間が必要ですわ」
「……はい」
フィリーネも何とか納得してくれたらしい。
私はと言えば、密かに大きく胸をなで下ろしていた所だった。
実はこのシーン、レボリリだとヒルダが指輪を身につけて暴走するのである。
主人公の好感度が高いと、フィリーネが愛のパワー(?)でヒルダを止めることが出来るのだが、どう考えてみても、今のヒルダのフィリーネに対する好感度はそこまで高くない。
そもそも、そんなあやふやなものに人の命を賭けるわけにはいかなかった。
最悪、気絶させてでも阻止するつもりだったが、彼女が折れてくれて良かった。
何しろ、この場にはメイもいるのだ。
「上手く行きましたね、クレア様」
「ヒヤヒヤしましたわよ。帰ったらお仕置きですわ」
「我々の業界ではご褒美です」
ともあれ、これで魔法技術勢力の取り込みに見込みが立った。
帝国籠絡、一歩前進である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます