第169話 ドレス選び

 道中色々あったものの、私たちは無事ドレスを売る店にたどり着いた。

 フィリーネの紹介ではあったが、皇族が利用するような店ではなく、帝国市民が普通に利用出来るレベルの店である。

 とはいえ、そこは皇女様の見立てである。

 店構えからしてとてもお洒落で、華美さと品性が絶妙な割合で共存している。


「入りますわよ」


 ラナ、イヴ、私は正直気後れしていたのだが、クレア様は何も気にしていない様子で店の扉を押した。

 さすがは元悪役令嬢。

 これくらいじゃあ、気後れもしないらしい。


「さすがです、クレア様」

「何がですの?」


 何を褒められているか分かってないクレア様が愛しい。

 好き。


「いらっしゃいませ。ドレスをお探しですか?」


 私たちが中に入ると、すぐに店員さんが近寄ってきた。


「フィリーネ=ナー様のご紹介で参りました、クレア=フランソワですわ」

「フランソワ様ですね。承っております。どうぞ奥へ」


 フィリーネの名前を出すと、店員さんはにこやかに笑って奥へ案内してくれた。

 店の奥は色とりどりの美しいドレスが並んでおり、見ているだけで楽しい気分にさせてくれる。

 ……ドレスが好きならね。


「私たちでお世話させて頂きます」

「え゛」


 てっきり私たちが勝手に選んで勝手に買って帰るのかと思っていたら、なんか凄い数の店員さんが出てきた。

 なんかみんなニコニコしてる。


「そんなに親切にして頂かなくてもいいんですのよ?」

「いえいえ、女性のみで大きな事を成し遂げたフランソワ様のようなお客様を、もてなさないわけには参りません。フィリーネ様の紹介でもございますし」


 クレア様、なんかえらい買われてる。


「わたくしたちのことをご存知なんですのね。でも、それならわたくしたちが帝国の敵だったこともご存知なのではなくて?」

「確かにそういう側面は忘れておりませんが、同じ女性としてはやはりフランソワ様には憧れが強うございます。どうかお世話させて下さいまし」

「そう仰るなら……」


 クレア様は少しだけ居心地悪そうに了承した。

 革命の英雄扱いされることは、どうも苦手らしい。


 どうやら私たち一人につき二人の店員さんがついてくれるようだ。

 衣装選びと着替えを手伝ってくれるらしい。


「舞踏会でお召しになるドレスをお探しとうかがっておりますが……」

「そうですわ」

「失礼ですが、ドレスをお選びになったことは?」

「わたくしは何度も。レイたちはどうですの?」

「私はないです」

「アタシもないですぅ」

「……私も」


 元貴族と元平民の違いは大きい。


「でしたら、フランソワ様は自由に選んで頂いて、わたくしは皆さんの方のお手伝いをさせて頂きます。いかがでしょう?」

「それで結構ですわ。レイたちもそれでよろしくて?」

「はい、お願いします」

「お願いしまーす」

「……よろしく」


 というわけで、一旦クレア様と別れることになった。


「まずは皆さんも、自由にドレスをお選びになってみて下さい。詳しく考えるのは、その後にしましょう」


 店員さんにそう促されて、私、ラナ、イヴの三人もそれぞれドレスを選びに行く。

 私は割とすぐに決めた。


「これなんかどうしょう?」


 私が選んだのは、黒のAラインのドレス。

 Aラインとは文字通りAの形をした、ボトムに少しボリュームのあるラインのことである。


 胸元は船の底のような形をしたボートネック。

 私はあんまり胸がないのでこれにした。

 かのオードリー・ヘップバーンもボートネックを愛用していたとか。

 まぁ、私なんかと比べるのは恐れ多いが。


 ワンポイントはレースをふんだんに使ったフレンチスリーブ。

 肩にちょこっとだけ袖がある感じだ。

 イブニングドレスは袖がないのが基本だが、フレンチスリーブは袖の中にカウントされない。

 少しでも露出を抑えたいという願望の表れである。


「あら、テイラー様は随分選び慣れていらっしゃいますね? 失礼ですがお名前から察するに……」

「ええ、実家は服屋です」

「左様でございましたか。何の問題もございません。そのドレスでよろしいかと存じます」


 専門家のお墨付きを得て、私はほっとした。

 主人公の身体に備わった知識で、服飾のことは多少知ってはいたものの、それでも実際に使うのは初めてだ。

 恥をかかずに済んでよかった。


「アタシこれがいい!」


 ラナが選んだのは、白いエンパイアラインのドレスだった。

 エンパイアラインとは、バスト下から直線的に裾に向かって落ちていくデザインのこと。

 ウエストの位置が高いので小柄な人にも向いている。


 胸元はラウンドネック。

 丸くカットされたラインのことで、優しく女性らしい雰囲気を演出している。


「ラーナ様はお胸が豊かでいらっしゃいますから、胸元はハートカットネックになさいませんか?」


 ハートカットネックは、肩紐がなく首から胸元にかけてを大きく露出し、胸元をハート型にカットしたデザインのことである。

 胸がある程度ないと、着こなせないネックデザインである。


「わぁ、可愛い! そっちにしますぅ!」

「きっとお似合いですわ」


 ラナのドレスも問題なく決まった。


「……私は……これかな……」


 イヴが選んだのは、黒のシースラインのドレス。

 シースラインとは身体に自然にフィットした細身のシルエットをしたデザインのことである。

 イヴはあまり身長が高くないので、縦に長く見せるシースラインはぴったりだ。


 胸元は私と同じくボートネック。

 イヴもお胸ないからね。


「少しテイラー様と被ってしまいますので、せっかくですし別のお色に変えましょう。こちらの水色のドレスはいかがですか?」

「……あ、綺麗」

「新進気鋭の若手デザイナーの作品です。気に入って頂けて嬉しいですわ」


 と言うわけで、イヴも決まり。


「決まりまして?」


 クレア様もドレスを手にしてやって来た。


「では、みなさま、実際にお召しになってみて下さい」


 それぞれ試着室を利用して着替える。

 ドレスって、着るのも面倒くさいんだよね。

 大橋零だった頃、友人の結婚式でも毎回思ってた。


「まあ……」

「なんですか、クレア様」


 流石に着替え慣れているのか、クレア様が一番乗りで試着室から出てきていた。

 クレア様が選んだのは、赤のマーメイドラインのドレスである。

 マーメイドラインとは、上半身から腰、膝あたりまでぴったりとフィットし、膝下あたりからひらひらと広がったデザインのこと。

 優美なラインが女性らしさを強調し、上品でエレガントな雰囲気を醸し出している。

 裾にボリュームのあるデザインは腰上と足元にポイントが置かれ、歩く姿を美しく見せてくれる効果がある。


 胸元はワンショルダー。

 アシンメトリーなデザインに、クレア様なりのこだわりを感じる。


 とまあ、細かいことはどうでもいい。

 イブニングドレスを纏ったクレア様は、ちょっと正視出来ないくらい美しかった。


「レイ、似合っていますわよ」

「やめて下さいよ。クレア様が言うと嫌みにしか聞こえません」

「本心ですわ。黒はあまり好みの色ではありませんでしたけれど、印象が変わりましたわ。着こなすととても上品になりますのね」


 わー、面映ゆい。


「フランソワ様は少しお胸がきついようですね。手直ししますので、後日、ご自宅までお届け致しますわ」

「お願いしますわ」

「テイラー様は少し丈が長いですね。こちらも詰めてから、後日、お届けに上がります」

「お願いします」


 丈が長いってことは、つまりそういうことだ。

 ふふん、悲しくなんかないやい。


「センセ、アタシどーお?」

「……着替えるだけで疲れた……」


 ラナとイヴも出てきた。

 この中だとラナが一番露出が多い。

 胸も一番大きいので、一番セクシーに見える。

 イヴは私と同じでグラマラスとは言えない体型なので、ラナの隣に並ばせるのはちょっと気の毒というものである。


「お二人は全く問題ございませんね。そのままお持ち帰り下さいませ」

「はーい!」

「……分かった」


 というわけで、ドレス選びは終わった。

 私たちは再び着替えてからお会計をし、ドレス店を後にした。


「今日は眼福でしたわ」

「それは私のセリフですよ。鬼に金棒、クレア=フランソワにイヴニングドレス」

「なんですかぁ、それ?」

「……どうせまた、レイ先生の妄言でしょ」


 ラナの疑問をイヴが流す。

 なんか私、だんだん生徒からも扱いが雑になって来てない?

 まあ、いいや。

 今日はいいものが見られたし。


「ダンスパーティー楽しみですね」

「やっとその気になりましたのね」


 クレア様が苦笑する。

 あんな綺麗な姿のクレア様と踊れるなら、練習にも一層身が入るというものである。


 などと決意を新たにした翌日、クレア様の一層のスパルタで筋肉痛になったのはまた別の話である。

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