第165話 料理勝負(3)

「ナー帝国正餐料理勝負もいよいよ大詰めですぅ! 前菜は帝国、肉料理はバウアーが勝って一対一としたこの勝負、残すはデザートだけとなりましたぁ!」

「デザートはコース料理の最後を飾る大事なものさ。終わりよければ全てよしともいうからねぇ。これを負けちゃあいけないよ」

「仰る通りですぅ。引き続き実況はアタシ、ラナ=ラーナと、解説はマルテ=ボレルさんでお送りしまーすぅ! 最後までよろしくお願いしますぅ、マルテさん」

「よろしく頼むよ」


 なんとか一対一に持ち込んだこの勝負。

 残るはデザートだ。

 勝てる見込みは半々、といったところか。

 いや、相手がプロであることを考えれば、こっちの方が分が悪い。


「覚悟は出来てんだろぅなぁ?」


 厨師長が鋭く睨み付けてくる。

 だから、クレア様の方がもっと目力あるってば。


「そっちこそ」


 私も負けずに睨み返す。

 まあ、実際に料理するのはヨエルとフリーダなんだけども。


「よろしくね、二人とも」

「任された」

「ノープロブレム! ワタシたちに任せて下サーイ!」


 頼もしい返事を聞きつつ、二人を送り出す。

 冷静なヨエルにいつもマイペースなフリーダ。

 どちらも力みや気負いはないようだ。


「それでは正餐料理勝負最終戦、デザート勝負ぅ……始め!」


 最後の勝負が始まった。


「ヨエルさん、フリーダさん、がんばってー!」


 応援席のメイも最後の力を振り絞って応援している。

 ヨエルは軽く頷き返し、フリーダはぱちりとウィンクしてそれに応えた。


「さて、これまでと同じように帝国側から見てみましょー! 帝国側は玉子を割って黄身と卵白を取り分けていますぅー!」

「アーモンドをすり潰してもいるねぇ。これは何が出来るのか想像もつかないよ。時代は常に新しいものを求めてるんだねぇ」

「新しいもの取り入れる姿勢はさすが帝国といったところでしょうかぁー! 厨師長、帝国の料理番の意地を見せるかぁー!?」


 厨師長は黄身を使わずに卵白だけを使うようだ。

 泡立ててメレンゲを作っている。

 アーモンドプール――アーモンドの粉末も用意しているところをみると、ひょっとしてあれを作るんだろうか。

 この世界、やっぱり変な所で日本と地続きだなあ。


「さてさて、バウアー側はどうでしょうかぁー? おやぁー? 帝国側と同じく、こちらも玉子を用意しているようですぅー!」

「どうも男の子の方はカスタードを作っているように見えるねぇ。あっちの嬢ちゃんはクッキー生地だろうねぇ」

「何を作っているか分かりますかぁ、マルテさーん?」

「多分ねぇ。だんだん分かってきたよ。バウアーの方は作るものに統一感があるねぇ」

「統一感、ですかぁ?」

「まあ、見てな。ひょっとすると、厨師長の方は足をすくわれるかもしれないよ」


 さすがおばちゃん。

 伊達に料理を長くやってないな。

 気付いたっぽい。

 果たしてそれに審査員達が気付いてくれるかどうか。


「フリーダ、生地は出来たか?」

「オッケイヨー! いつでも焼成に入れるネ!」

「なら頼む」

「任せて下サーイ!」


 凸凹コンビニならないかと一抹の不安があったヨエルとフリーダだが、どうしてどうして上手くやっている。

 基本的にはヨエルが指示をだし、フリーダがサポートに回っているようだ。

 イメージは逆なのにね。


「さあ、調理もいよいよ大詰めですぅー! それぞれ仕上げに入りましたぁー!」

「焼き上がったぜ!」

「お皿、出ます!」

「生クリームとミントを用意してくれ!」

「イエース!」


 そして、双方のデザートが出来上がった。


「そこまでぇ! 実食に移りますぅ-! まずは帝国側からどうぞぉー!」

「おいらがデザートに用意したのは、かつて滅びた西国ランスの菓子をおいら流にアレンジした、ダックワーズっつー菓子だ」


 やっぱり、ダックワーズか。

 アーモンド風味のメレンゲを使った焼き菓子で、元々はフランス料理の生地だったものだ。

 それを私が前世で生まれた頃にとある日本人が最中のような形にして売り出した。

 二十一世紀の世界では、フランスでもその形のダックワーズが売られているらしい。

 外はカリッと、中はふわっとした食感の面白い菓子で、私も食べたことがあるがとても美味しい。


「対して、バウアー王国はー!?」

「俺たちが用意したのは、ごく普通の焼き菓子だ。強いて名付けるなら……そうだな、玉子のケーキ、チョコレートホイップを添えてとでもしようか」


 ヨエルとフリーダが作ったのは、三層に分かれた断面を持つ焼き菓子だった。

 下からクッキー生地、ドライフルーツ入りのクリームチーズ生地、そしてバターとカスタードの生地である。

 三色に分かれた断面が美しい。


「さあ、最後は両方同時にお召し上がり頂きまーす! どうぞ好きな方からお召し上がり下さーい!」


 三人の審査員が、それぞれ二種類のケーキを口に運んだ。


「ああ、なるほど……」

「ふむ、そういうことですか……」

「……」


 顔色で分かる。

 これはきっと、伝わった。


「さあ、いよいよ決着の時ですぅー! 審査員の皆様、美味しいと思った方の札を上げて下さーい! 果たして勝利の女神はどちらに微笑むのかー! 判定!」


 三度目のドラムロール。

 どうなる?


「……帝国ゼロ票、バウアー三票! バウアー王国側の勝利ですぅー! やったぁー!」

「やっぱりこうなったかねぇ。おめでとうだよ、バウアーチーム」


 勝った。

 こちらの真意が伝わるかどうかは賭けだったが、どうやら賭けに勝ったらしい。


「やりましたわね、レイ」


 クレア様が肩を叩いてきた。

 他の皆の顔を見回しても、それぞれやり遂げたという顔をしている。

 ヒヤヒヤしたけど、いい勝負だった。


 しかし――。


「てやんでぃ! 納得いかねぇ! どういうこった!」


 諦めの悪い人もいるようで。


「おいらの最新のケーキが、あんなちんけな玉子ケーキに負けるたぁ、どういう了見でぃ!? ケチつけるのは柄じゃねぇが、納得のいく説明をして貰わなきゃあ、こちとら夜も眠れねぇってもんだ!」


 厨師長は腕を組んでどっかりと座り込んで、頑なに負けを認めようとしなかった。


「見苦しいぞ、厨師長。勝負は決した。貴様の負けだ」

「いくら陛下のお沙汰だろうがぁ、こと料理に関しちゃあ、おいらの方が専門家でぇ! おいらの料理は負けてねぇ! 理由があんなら説明して貰おうか!」


 帝国における皇帝の絶大なカリスマを考えれば、こんな風に啖呵を切れる厨師長はやはりこだわりの強い職人肌なのだろう。

 並大抵の覚悟では、ドロテーアに対してあんな口は叩けない。


「ふむ、理由か。分からんか」

「ああ! ちっとも分かんねぇな!」

「そなたが説明するか、レイ=テイラー?」

「えーと……」


 私が説明して、納得してくれるかなあ。

 少し心配になりつつ、嫌々ながら説明しようとしたその時、


「情けないねぇ……お前はそんなだから、いつまでたっても父ちゃんに及ばないって言われんだよ!」


 厨師長を一喝する声があった。


「か、母ちゃん……」


 食堂のおばちゃんであり、今大会の解説者でもあるマルテさんだった。


「厨師長なんてご大層な地位になったのに、なんだいそのざまは」

「う、うるせぇやい! 納得いかねぇもんは納得いかねぇんだ! だってぇんなら、母ちゃんはおいらが敗れた理由、分かんのかい!?」

「分かるともさ。いいかい? アンタの料理は、帝国の料理じゃあなかったんだよ。そうだね、お姫さんたち?」


 マルテさんから水を向けられたフィリーネたちが、一様に首を縦に振った。


「帝国の料理じゃねぇ……? どういうこった!?」

「バウアー側が作った料理を思い返してみるがいい。玉葱とベーコンのパイ、白アスパラのスープ、玉子のケーキ……改良は重ねられているが、どれも我が国に古くからある郷土料理であろう」

「……あ」


 ドロテーアの言葉に、厨師長もようやく悟ったようだ。


 今回の勝負に臨むにあたって、最初に皆にお願いしたのはこれなのだ。

 この国にある料理を原型にして新しい料理を作って貰うということ。

 これが最低条件だった。


「貴様の料理は美味かった。だが、美味いだけだ。対してバウアー側のパイはツヴィーベルクーヘン、スープはシュパーゲルズッペ、ケーキはアイアーシェッケ。工夫を凝らして新しく生まれ変わってはいるが、これでこそ我が国の料理と胸を張れるのだ」


 美味しい料理は無数にある。

 特に、世界中の属国から食材が集まり、色々な国の人間が移り住んでいるナー帝国では、料理の流行廃りもとても早い。

 そんな帝国が世界に向かって発信する「自分の国の料理」とは一体何か。

 それは輸入した料理では決してないはずだ。


「どの国も、饗応に用いる正餐には心を砕いています。厨師長。あなたの料理センスは間違いありません。これだけ長い間停滞していた帝国の料理世界にあって、あれだけのものを作れる腕は間違いなく本物です。でも――」

「あたしら帝国の料理人に今求められてるのは、世界に誇れる自国の料理なんだよ」


 マルテさんの言ったことが、そのまま私が言いたかったことだった。


「……そっか……そういうことかい……」


 厨師長はうなだれてしまった。

 今言った通り、彼の腕は確かだ。

 これからの帝国料理界に、彼の存在は欠かせない。

 これで折れてしまって欲しくはないのだが……。


「……くくっ」

「?」

「……ふふ……あーはっはっは! いやー、負けた、負けたぁー! 完敗だぁー!」


 からからと笑い飛ばすと、厨師長はぴょんと跳ね上がるように起き上がった。


「いやー、参った。おいらの負けだぁ。ずぅっと変わりばぇしねぇ料理ばっか作って、つまんねぇなあと思っちゃいたが、一番つまんねぇことになってたのはおいらだったってぇことかい。いやぁ、参ったねぇ」


 厨師長はあっけらかんとした様子で笑っている。

 おいおい、どうしたどうした。


「負けを認めてやらぁ! 大したもんだ、おめぇさんたち。でも、おいらも目が覚めた。次はこうは行かねぇぜ?」


 ずいぶんな分からず屋だと思い込んでいたのだが、なかなかどうして気持ちのいい人だったらしい。

 厨師長は自分の敗北を認めて、その上で私たちを認めてくれたらしい。


「次なんてありませんよ。本来、これはあなたの土俵です。もう勘弁して下さい」

「勝ち逃げかい? そいつぁ、いけないねぇ」

「次は勝負じゃなくて、協力して帝国の料理を変えて行きましょう。改めてお願いします。協力させて貰えますか?」

「元々そういう約束だぁ。男に二言はねぇよ」


 そう言うと、厨師長は右手を差し出して来た。

 包丁を握る手を差し出すということ。

 その意味が分からないほど、私も鈍感ではない。

 私はその手をがっちりと握った。


「よろしくお願いします」

「こっちこそよろしく頼まぁ!」


 こうして料理勝負は観客達の割れんばかりの拍手の中、幕を下ろしたのだった。


「いつもあなたのお側に、フラーテル商会の提供でお送りしました」

「やめんかい」

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