第164話 料理勝負(2)

「さあ、初戦は帝国側の勝利となったこの正餐料理勝負ぅー! 続いては肉料理でーす!」


 ラナの実況につられて観客のボルテージも上がっていく。

 初戦を帝国側が勝ったことで、帝国民側は大はしゃぎである。

 留学生である私たちは、完全なアウェーだ。


「さてぇ、解説のマルテさん。次は肉料理ということですがぁ-?」

「コース料理の主役だからねぇ。これは大事だよ。この勝負だけ二点分上げてもいいくらいさね」

「ごもっともですが、それやっちゃうと色々と台無しなので!」

「まあ、仕方ないかねぇ」


 そうして貰えればありがたいが、そういうわけにもいかない。

 とにかく、この勝負は落とすわけにはいかない。


「レーネ、アレア、頼んだよ」

「任せて、レイちゃん」

「がんばってきますわ、レイおかあさま」


 二人は力強く頷いてキッチンに立った。


「レーネおねえさま、アレア、ふぁいとー!」


 応援席のメイの応援にも熱が入る。

 アレア大好きなメイは、彼女に熱い視線を注いでいる。


「もうギブアップした方がいいんじゃあねぇのかい?」


 厨師長が二人を挑発する。

 目力の強い厨師長だが、レーネもアレアももっと目力の強いクレア様と一緒にいるのだ。

 あれくらいどうってことはない。


「そうやって笑っていられるのも今のうちですよ」

「わたくしたちはまけませんわー」


 レーネもアレアも負けずに言い返している。

 頼もしいことこの上ない。

 でもメイ、ブーイングは感じ悪いからやめなさい。


「それでは肉料理対決ぅ……始めぇ!」


 ラナのかけ声とともに、帝国・バウアー両者が調理を始める。


「おや、バウアー側は随分と可愛らしい料理人さんだねぇ?」

「手元の資料によるとアレアちゃんはまだ六歳だそうですぅ。でも、ああ見えてお料理は上手なんですよぉ」

「そいつはお手並み拝見だねぇ」


 自分でメンバーに加えておいて何だが、アレアがちゃんとした働きが出来るかどうかには少し不安があった。

 でも、こうして見る限りその心配は杞憂のようだ。

 メインシェフとして動くレーネを、上手にサポートして動けている。

 師匠としても鼻が高い。


「おい、おめぇ」

「わたくしのことですのー?」

「そうでぃ、おめぇさんだよ! ただでさえそっちはガキしかいねぇのに、おめぇさんは本当にまんまガキじゃねえか! バカにしてんのか!」


 アレアを見た厨師長が憤慨する。

 む、バカにしてるのはそっちだろう。


「わたくしはこれでも、わがやのだいどころをあずかったこともあるりょうりにんですわ。あまりあなどると、いたいめをみましてよ?」

「こんガキゃあ……」


 厨師長がわなわなと震えている。

 いいぞ、アレア。

 もっと言ってやれ。


「さあ、両者の様子を見ていきましょー! まずは帝国側ですがぁー……おやぁー? 何やら長い串を用意してますねぇ」

「ああ、あたしは大体分かったよ。きっと厨師長はあれを作るつもりさね」

「あれ、ですかぁ?」

「ああ。最近、帝国民の間で流行ってるあれさ」


 見ると、厨師長は薄切りの牛肉と牛脂を交互に串にさしている。

 それを焼くと思われる大型の窯も用意されていた。

 私も分かった。

 恐らく厨師長が作る肉料理はあれだ。


「対してバウアー側はぁー?」

「ありゃあ、牛肉とアスパラガスだねぇ。こっちもなんとなく何を作るかが想像つくねぇ」

「さすが解説のマルテさん! この道三十年の大ベテランは言うことが違いますぅー!」

「よしとくれ」

「さあさあ、盛り上がって参りました! 引き続きこの大会は、いつもあなたのお側に、フラーテル商会の提供でお送りしますぅー!」


 だからそれは気が抜けるからやめて欲しい。

 商会の名前が売れるレーネはにっこにこだが。


「アレアちゃん、お肉はどう?」

「やけましたわー! かくにんをおねがいしますわー!」

「うん、大丈夫。こっちもスープは出来てるわ。二つを合わせてこのままじっくり煮込んで!」

「かしこまりましたわー!」


 レーネの支持の下、アレアも懸命に頑張っている。

 クレア様も心配そうにその様子を見守っていた。


「さあ、両者料理が完成したようですぅー! 実食に移りまーす! まずは帝国側のお料理からどうぞ……って、なんか凄いのが出てきましたよぉー!?」


 帝国の料理人達が、焼き釜から串に刺さった肉塊を運んできた。

 香辛料の香りが風に運ばれて来て鼻をくすぐる。

 直後、隣でお腹が鳴る音がした。


「……クレア様?」

「ふ、不覚ですわ。あの厨師長の料理に反応してしまうなんて」

「まあ、あれは美味しいですからね」

「……食べたことありまして?」

「ええ、まあ」


 もちろん前世でだけど。


「裏切り者ですわね」

「今度、家でも作りますよ。予算的にミニサイズになりますけど」


 などという会話があったのはさておいて。


「おいらが作ったのはドネルケバブっつー料理だ。最近巷で流行でよ、ずっと作ってみたかったんでぇ。パンと野菜で挟んで食う方法もあるらしいが、今回はそのまま、肉と香辛料の味を楽しんでくんな」


 部下達が支える肉塊を、厨師長が大ぶりの包丁で削いでいく。

 味だけでなくパフォーマンスとしても見応えのある料理だ。


「さあ、審査員の皆様ぁ、お召し上がり下さーい!」


 フィリーネたちがケバブを口に入れた。


「美味しいです。これ、話に聞いた時からずっと食べたかったんです。香辛料が利いていて、スパイシーですね」

「間に挟み込んだ牛脂もポイントですなあ。したたり落ちる肉汁が堪りません」

「うむ、美味である」


 これもかなり好評のようだ。

 大見得切るだけあって、厨師長は手強い。


「さあ、続いてはバウアーの料理をお願いしまーす!」

「こちらの料理は、仔牛の白アスパラスープです」


 レーネが名前を言い、アレアが配膳を行った。


「表面を香ばしく焼いた柔らかい仔牛の肉を、この国の伝統的な料理である白アスパラガスのスープと合わせました。王道の美味しさをぜひご賞味下さい」


 子牛肉の浮かんだ白いスープからは、芳醇なバターと旬の白アスパラガスの香りが漂ってくる。

 ドネルケバブのような派手さはないが、上品で居住まいを正したくなるような貴賓がある。


「さあ、お召し上がり下さーい!」


 審査員達がスプーンを口に運ぶ。


「これは……美味しいです! これも懐かしい味なのに、どこか新しくて……」

「このスープは春を感じますなぁ……。やはり春は白アスパラを食べなくては」

「これは美味いな。お代わりを貰えるか?」


 評価は上々のようだ。

 さすがレーネ。

 お金にがめついだけではない。

 新進気鋭の商会を仕切る女将の腕前は、やはり確かなようだ。


「さあ、判定ですぅー! これに敗れると負けが決まってしまうバウアーですがぁ、果たして結果はぁー!?」


 再びのドラムロール。

 上げられた札は――。


「帝国一票、バウアー二票! バウアーの勝利ですぅー! やったぁー!」

「意外な結果になったねぇ」


 よし!

 これで一対一のイーヴンに戻した。


「審査員の皆さんに理由をうかがってみましょー? フィリーネさん?」

「ケバブも美味しかったんですけれど、正餐となるとやはりこっちかなあと思いました」

「なるほどぉー? ヨーゼフさんは?」

「やはり旬の味わいを評価させて頂きました。味わいにも品がありましたし、何よりケバブの脂は年寄りには少しキツいところもありましてなあ」

「なるほどなるほどぉー? 陛下はどうですか?」

「余はケバブに上げた。シンプルで美味い。余は好きだ」


 爺やさんがお年寄りじゃなかったら、結構危なかったのかもしれない。


「ありがとうございましたぁー! さあ、これで一対一です。ますます面白くなってきましたね、解説のマルテさん!」

「そうだねぇ。バウアーの料理人もなかなかやるじゃあないか。アレアちゃんって言ったかねぇ? あの子もいい動きをしていたよ。ありゃあ将来が楽しみさね」

「この道三十年のベテランさんにお墨付きを頂きましたぁ-! アレアちゃん、キミの将来は明るいよぉー!」

「あ、ありがとうございますわ……」


 実況に恐縮しているアレア。

 幼稚舎で少しひいきに遭った彼女であるし、今日のことが少しでも自信に繋がってくれるといいのだが。


「……へっ、運が良かったなぁ? 次はこうは行かねぇぞ、べらんめぇ」

「次で決着ですね。お手柔らかにお願いします」

「バカ言うねぇ、勝負は手加減抜きなのが面白ぇーんだろうがよぉ! 火事とケンカは帝国の華ってなぁ!」


 それは帝国の侵略主義のことを言ってるのか。

 物騒だな、おい。


「さて、最後はデザート勝負ですぅ! 最後までチャンネルはそのまま!」


 もちろん、ここで言うチャンネルとは実況中継に使われている風魔法のチャンネルのことである。

 二十一世紀のテレビジョンとは全く関係はない。


「提供は引き続き、いつもあなたのお側に、フラーテル商会でお送りします!」


 だからやめいと言うに。

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