第163話 料理勝負(1)

「さあ、ついに始まりましたぁ、第一回帝国正餐料理勝負ぅ! 実況はアタシ、ラナ=ラーナ。解説は食堂のおばちゃんことマルテ=ボレルさんですぅ! どうぞよろしくぅ!」

「なんかけったいなことになったけど、まあよろしく頼むよ」


 風魔法で増幅された声が、会場中に響き渡った。

 ここは帝都ルームの中央広場に臨時で作られたイベント会場である。

 中央にキッチンがあり、その周りをぐるりと観客達が取り囲んでいる。


「凄いことになりましたわね」

「こうなるとは思ってませんでした」


 呆れたように言うクレア様の言葉に、私も頷く。

 観客の数はものすごいことになっていて、いかにこのイベントに対する帝国国民の関心が高いかをうかがわせた。


 内々で済ませるだけかと思っていた料理勝負だが、ヒルダの手によっていつの間にか大がかりな催しにされていた。

 帝国の料理が変わるということを広くアピールする狙いだそうだが、同時に彼女の手柄にもするつもりなのだろう。

 全く、抜け目がない。


 キッチンの前には三人の審査員たちが座っている。

 一人目はフィリーネだ。

 帝国の正餐を決めるのだから、彼女がいることは全く不思議はない。

 緊張した面持ちで座っている。

 二人目はドロテーアの側近のじいやさんである。

 名前はヨーゼフさんというらしい。

 人前に出ることには慣れているのだろうが、どこか所在なさげにしている。

 三人目はなんと、皇帝ドロテーア=ナーその人だ。

 皇帝自らのご出席とはまた大層なことだが、こんなことにかまけてていいのか皇帝。


 フィリーネは席に着いてからずっと、ドロテーアの方をちらちら見ている。

 一方のドロテーアはといえば、フィリーネのことなど眼中にない。

 この母娘も色んな意味で溝が深そうだ。

 フィリーネがクレア様ルートに入っているせいで、関係に進展もないし。


「へっ、尻尾巻いて逃げなかったことだきゃあ褒めてやらぁな」


 白いコック服に身を包んだ厨師長は、鼻息も荒くそうのたまった。

 部下とおぼしき料理人たちを引き連れて、腕を組んで仁王立ちしながらこちらを睨み付けている。


「逃げるわけがありませんわ。わたくしたちが負けるわけがありませんもの」

「はっ! 後で吠え面かくなよ!」

「そちらこそ!」


 厨師長とクレア様が早くもヒートアップしている。


「おーっと、両者の間に早くも火花が散っておりますぅ! これは激しい勝負になりそうですねぇ、解説のマルテさん!」

「別にどうでもいいんだけど、怪我だきゃあやめて欲しいねぇ。料理人なら味で勝負だよ、味で」

「まさにその通りぃー! さあ、そろそろ開始のお時間のようですぅー! このイベントは、いつもあなたの側に、フラーテル商会の提供でお送りしておりますぅー!」


 うぉい!?

 思いも掛けない情報にレーネを見ると、ペロリと舌を出していた。

 さすがレーネ。

 商魂たくましい。


「それでは、開会のご挨拶ですぅー! ドロテーア陛下、よろしくお願い致しますぅー!」

「うむ」


 ドロテーアが席を立ち、広場の中央前側へと進む。

 皇帝が登場すると、観客たちは水を打ったように静かになった。

 流石のカリスマである。


「此度は帝国の食が変わる一大契機である。皆もその目でしかと見届けるがいい。もう帝国の料理を毒味とは言わせんぞ」


 ドロテーアらしい簡潔な挨拶に観衆が沸いた。

 彼女の人気は本当に凄まじい。


「ドロテーア陛下、ありがとうございましたぁ! では、ルールの説明に移りますぅ。勝負は前菜、肉料理、デザートの三本勝負ですぅ。二本先取した方が勝ちでーす」


 なんとか料理自体は考えてきたが、本職の職人相手にどこまで勝負出来るか。

 まあ、ここまで帝国内の食に対する意識が変わったのなら、もうこの時点で目的は達したようなものではあるが。


「まず前菜からですぅ。それでは用意……始め!」


 どーんと太鼓の音が鳴り響いた。

 料理人達が慌ただしく動き始める。


「ミシャ、イヴ、何か手伝うことはある?」


 基本的には二人に任せているが、私だって手伝うことは出来る。

 私の申し出に、二人は首を振って、


「レイは見守っていて」

「座ってて下さい」


 とすげなく言われてしまった。

 ミシャもイヴも氷雪系なので、二人してそう言われると少ししゅんとしてしまう。

 や、美人二人に袖にされるとかご褒美だけどね。


「ミシャおねえさま、イヴさん、がんばってー!」


 バウアー側の応援席からメイが声援を飛ばしている。

 メイは今日は応援で参加である。

 彼女も料理は出来るが、アレアほどの域には達していない。

 メイの声が届いたのか、ミシャが応援席の方に手を振った。

 イヴもそちらを向いて一つ頷いて見せる。


「おっとぉー? 帝国側はキノコを用意してきましたねぇー?」

「あれはシメジ、マイタケ、エリンギにヒラタケだねぇ。春のこの時期によく手に入ったもんさ」

「ふむふむ? 稀少食材っていうことですねぇ? 一方のバウアー側は玉葱とベーコンを使うようですぅ」

「この時期の玉葱は美味しいからねぇ。王道の選択だと思うよ」


 ラナとマルテさんの実況が会場に響く。

 即席コンビだけど、息ぴったりだなあの二人。


「イヴ、生地は出来てる?」

「はい、先輩。後は焼くだけです。オーブンも余熱してあります」

「ありがとう。後は引き受けるわ」

「お願いします」


 ミシャとイヴも息ぴったりである。

 似通った性格をしていることだし、何かとやりやすいのかもしれない。


 調理はそのまま順調に進んだ。


「出来ました」

「こっちもでぃ!」


 バウアー側も帝国側も、特に問題なく完成した。


「両者完成したようですぅ。それでは実食に移りますぅ。まずは帝国側からどうぞぉー!」


 ラナの実況に促されて、厨師長が審査員たちに配膳を行った。

 帝国側の前菜は――。


「四種のキノコのレモンマリネでぃ」


 厨師長が解説する。

 どうでもいいけど、どうしてこの人、江戸っ子口調なんだろう。


「帝国訛りがあんなにひどい人は初めてですわ」

「帝国訛り!?」


 名前の語幹から、帝国のモチーフはドイツ辺りかと思っていた私はかなり衝撃を受けた。

 や、食糧事情の辺りはイギリスっぽいし、色々ごちゃごちゃなんだろうけど。


 それはさておき、厨師長の前菜である。


「四種類のキノコを焦げ付かないように気を付けながら丁寧に火を通し、レモンのソースでマリネにした。使われているキノコはどれも狂い咲きした稀少なキノコだ。味と香りを楽しむ前菜だぜ」


 キノコのマリネか。

 そりゃあ美味しいだろう。

 二十一世紀でも、イタリア料理の前菜によく登場する。


「それでは審査員の皆様ぁ、お召し上がりくださーい!」


 ラナに促されて審査員たちがマリネに口をつけた。

 三人が三人とも、目を輝かせた。


「これは……美味しいです。キノコの香りがふわっと口の中に広がって……」

「マリネ液も美味ですな。レモンの爽やかな香りが一層味わいを豊かにしている」

「余は小難しいことは分からんが、これは美味いな」


 かなり好評を得たようだ。


「では続いて、バウアー王国側のお料理でーすぅ!」


 ミシャとイヴが配膳を行った。

 バウアー側の前菜は――。


「新玉ねぎとベーコンのパイです」


 ミシャが料理名を言った後、イヴが説明を引き継いだ。


「大量の新玉ねぎをベーコンとじっくり炒め、やさしい甘みと旨味を引き出し、パイ生地で焼き上げました。どうぞお召し上がり下さい」


 見かけはパイというよりもキッシュのような前菜である。

 焼きたてのキッシュはそれだけでもう美味しい。


 審査員達がこちらにもフォークを伸ばした。


「あ、これも美味しいです。なんか懐かしい味ですね」

「新玉ねぎが甘いですな。さすが旬の味」

「ふむ。これも美味い」


 こちらも悪くない感触である。


 審査員が料理を食べ終えた。


「それでは審査員の皆様ぁ、どちらが美味しかったかぁ、札を挙げて下さーい!」


 無駄に凝った演出でドラムロールが流れ……止まると同時に審査員達が札を上げた。


「帝国二票、バウアー一票! 帝国の勝ちですぅー! えーん!」

「まあ、そうなるだろうねぇ」


 解説のマルテさんがのんびりと言った。


「判断の理由をうかがってみましょー!」

「えーっと、どちらも美味しかったのですけれど、目新しさで厨師長に上げました」

「私は旬の味ということでバウアーを支持しました」

「マリネの方が美味かった。それだけである」


 悔しいが結果を受け止めるしかない。


「ごめんなさい、レイ。負けてしまったわ」

「……すみません」

「いえ、大丈夫です。まだ二品ありますし」


 そう、勝負はまだまだこれからなのだ。

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