第140話 痛み分け

「ま、間に合ってよかったです」

「また貴様か、聖女」

「そ、その呼び方はよして下さい」

「貴様はいつも間に合うな。何かコツでもあるのかね?」

「そ、そうですね。愛でしょうか」


 口調こそ以前のようにおどおどしているものの、魔族相手に一歩も引かない姿勢のリリィ様はとても凜々しく見えた。


「リリィ様……」


 私は立ち上がろうとしたが魔力が尽きて上手く行かなかった。

 これでは治癒魔法も使えない。


「れ、レイさん、無理はなさらないで下さい。この魔族の相手はリリィがします」


 そう言うと、リリィ様は小さく微笑んでからアリストに向き直ると、手に持った光る双剣を構えた。


「あ、アリスト、ここは引いて下さいませんか。すぐに応援が来ます。あなたもこんな所で死にたくはないでしょう?」

「見くびられたものだ。人間が多少集まってきたところで、私を倒せると?」

「り、リリィもいますし」

「ふむ、確かに貴様は少し手強いな、聖女」


 アリストが片方の眉をピクリと上げた。

 ヤツはリリィ様のことを警戒しているらしい。


「だが、貴様とて私と戦えば無事では済むまい?」

「は、はい。ですからお互い手打ちということで……」

「まあ、そう遠慮せず、少し遊んでいきたまえよ」


 とはいえ、アリストは引いてくれる様子はないようだった。

 リリィ様に向かって、例の黒弾を飛ばす。


「り、リリィはこれでも忙しいんですけれど!」


 リリィ様は黒弾をかわし、あるいは双剣で叩き落としつつ、アリストへと間合いを詰めた。

 右手の双剣を下から振り上げる。


「ふむ。祝福を受けた短剣か。それは流石にちと痛い」


 アリストはフリーダの時に爪で受けようとはせず、後ろに飛びのいて間合いを取った。


「れ、レイさん、今のうちにこれを」


 リリィ様がポケットから何かを取り出して私の方へと放った。

 四つほどコロコロと転がってきたそれら見ると、ポーション瓶のようだった。


「じょ、上級のポーション瓶です。みなさんに治療を」

「ありがとうございます」


 私はポーションの蓋を取り外してそれを飲み干すと、身体に魔力が戻ってくるのを感じた。

 立ち上がり、まずはクレア様の下へ駆けつける。


「クレア様……、今回復します」

「わたくしは後回しで結構ですわ。他の二人を先に――」

「いいから、じっとしてて下さい」


 私はクレア様にポーションを飲ませる。

 クレア様の身体から傷が消えていく。


「ありがとうございますわ、レイ」

「お礼ならリリィ様に」

「そうですわね」


 そう言うと、クレア様は立ち上がって、リリィ様たちの方を見た。


「加勢してきますわ」

「お願いします。私はフィリーネとフリーダを」

「ええ」


 クレア様と別れて、今度はフィリーネの下へ。

 仰向けに倒れている彼女にもポーションを飲ませた。


「……もう大丈夫です。ありがとうございます、レイ」

「いえ。クレア様とあともう一人知り合いが魔族と戦っています。私は加勢しに行きますので、フリーダの回復をお願い出来ますか?」

「ええ、任せて下さい」


 頷くフィリーネにポーション瓶を渡すと、私はリリィ様とクレア様の下に駆けつけた。


「ぜ、前衛はリリィが務めます! クレア様とレイさんは後衛で魔法攻撃と援護を」

「分かりましたわ!」

「はい!」


 この三人が共闘するのは初めてだ。


「……!」


 リリィ様が短剣を構えてアリストに接近する。

 やはり短剣を警戒しているのか、アリストは爪でそれを受けようとはせず、すんでの所で回避している。

 リリィ様の短剣さばきは見事なものだった。

 以前も強かったが、あれは彼女の別人格のスキルだったはず。

 今のリリィ様は別人格だった時と同じか、それ以上の技の冴えだ。


「小賢しい」


 アリストが至近距離から黒弾を放った。

 とてもかわせる距離ではない。

 しかし、


「……!」


 リリィ様はそれを全て避けきった。

 なんという反射神経と身体能力だろう。

 魔法でブーストしているにしても、凄まじい対応能力だ。


「ちょこまかと」


 とはいえ、回避行動でリリィ様の体勢は崩れている。

 そこへ、アリストが爪を振り下ろしてきた。


「させませんわよ!」


 クレア様がマジックレイを放つ。

 アリストは振り下ろそうとした爪を一旦止めて、迎撃するしかない。

 黒い閃光で対消滅させる。


「アーススパイク!」


 地面から岩の槍が突き出し、アリストを貫こうとした。

 しかし、アリストはふわりと空に飛び上がってそれを回避する。


「ふむ……。先ほどまでは疲労していたのか。魔法の威力が段違いだ。消耗がないとこちらが不利だな」

「このまま塵に還して差し上げますわ」

「いやいや、それは遠慮しよう。聖女もいることだし、ここは逃げさせて貰うよ」


 アリストはそのまま羽根を羽ばたかせて東の空へ飛んでいく。


「逃がしませんわ!」

「ダ、ダメです、クレア様! こ、ここは行かせましょう。まずは魔族のことを、皆さんに伝えないと」

「くっ……」


 リリィ様の言葉に、クレア様が歯がみする。

 悔しいのだろう。

 クレア様はプライドの高い人だ。

 あそこまで一方的に負かされことなどほとんどないだろうし。


「……ふぅ。仕方ありませんわね」

「リリィ様、助けて下さってありがとうございました」

「わたくしからも御礼申し上げますわ。リリィがいなかったら、危ないところでしたもの」


 正直、私はもうダメかと思った。

 リリィ様にはいくら感謝してもしきれない。


「い、いえ、リリィがお二人から受けたご恩に比べれば、これくらいどうということは――」

「Wonderful!」

「きゃあ!?」


 はにかむように笑ったリリィ様が、横から突撃してきたフリーダに押し倒された。


「こんなにキュートなのに、なんてクール! 窮地を救って下さったアナタは、一体どこの天使様デース?」

「え、えーっと?」


 ハイテンションでまくし立てるフリーダに、リリィ様が戸惑った顔をしている。

 視線で助けを求められているが、私は面白そうなのでしばらく見ていることにした。


「天使様、お名前ハ?」

「り、リリィ=リリウムと申します」

「Oh、名前までキュートなのデスネ! ワタシはフリーデリンデ=アイマーと申シマス。フリーダと呼んでクダサーイ」

「あ、えと……はい。フリーダさん」

「敬称なんてノンノン! ワタシとアナタの仲ではありまセンカ!」

「しょ、初対面ですよね!?」


 リリィ様に猛烈にモーションを掛けるフリーダ。

 これはリリィ様にフリーダのフラグでも立ったかな?

 さっきのリリィ様、かっこよかったもんね。

 フリーダが惚れちゃっても仕方ないくらいに。


「フリーダ、まずはこの場を離れますわよ。もう危険なないと思いますが、このことは帝国に……そしてバウアーにも報告しなければ」

「Oh、ソーリー。リリィがあまりにキュートで我を見失ってイマシタ。帰りマショウ」

「フィリーネ様もそれでよろしくて?」

「はい」


 フィリーネも頷いてくれたので、急いで戻ることになった。


 それにしても魔族……魔族か。

 あんなに強いなんて思ってもみなかった。

 その辺の魔物とはちょっと次元が違う。

 強さで言えば、これまで戦った敵の中でもトップクラスだ。


(対策を改めないと……)


 帰路、私の頭を占めていたのは、どうしたらクレア様をあの脅威から守れるか、ということだった。

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