第141話 魔族という存在

「そ、それでは改めまして、お久しぶりです、レイさん、クレア様」


 リリィ様はそう言って、私たちに深々と頭を下げた。


 ここはバウアーの留学生団が暮らす寮である。

 私たちは帝国に学館を通して魔族の報告を上げた後、情報を共有するために寮へと戻ってきていた。

 帝国は慌てるかと思いきや、彼らにとって魔族の襲撃というものはそれほど珍しい事柄ではないらしく、取り立てて大騒ぎするようなことではないらしい。

 報告は受け取って貰えたものの、その反応はどこか事務的で、よくも悪くもいつものことという感じだった。


「挨拶はそれくらいにして、まず、リリィがどうして帝国にいるんですの?」


 クレア様が皆を代表して訪ねた。

 この場にはクレア様、ユー様、ミシャ、私といったバウアーの主要な人物が揃っている。


「は、はい。リリィは今、大聖堂に戻っていまして、今回は教皇様行幸の先触れの一人として参りました」

「ああ、なるほど」


 そもそも魔物駆除の作業そのものが教皇様の行幸のためだった。

 世界的宗教のトップがいきなり単独でやってくるはずもないし、誰かが先行して諸処の交渉や手続きなどをするのだろう。

 その一人がリリィ様だった、と。


「ということは、リリィは枢機卿に戻ったんですの?」

「あ、いえ。教会内の地位は平の修道女のままです。教皇様はもう許すと仰って下さっていますが、流石にそのお言葉に甘えるわけには参りませんから」


 リリィ様は苦笑いした。

 彼女は自分が犯した罪をまだ許せていないらしい。

 リリィ様らしいといえばリリィ様らしい。


「は、話を元に戻しますね。リリィは主に帝国内で活動している高位の魔物や魔族たちへの対策係としてここに来ました。ご存知の通り、帝国は魔族の領地と接しているため、バウアーよりも彼らとの遭遇率が高いんです」


 私とてその話自体は知っていたものの、まさか魔族という存在があそこまで手強い相手だとは思っていなかった。

 既に消耗していたとはいえ、五人がかりでも倒せないとは。

 リリィ様が間に合わなければ、私たちは恐らく全滅していた。

 クレア様に爪が振り下ろされそうになったあの光景を思い出して、私は身震いをした。


「魔族って、みんなあんなに強いんですか?」


 私は聞きたかったことを尋ねた。


「い、いえ、あのアリストという魔族は特別です。彼は三大魔公と呼ばれる力の強い三人の魔族の内の一人です。レイさんたちは運が悪かったですね」


 それを聞いて、私は少しほっとした。

 全ての魔族があんなに強いなら、とてもではないがやってられない。

 やはりあれは例外というか稀少なケースなのだ。


「さ、三大魔公は……というか、魔族そのものが普段は、魔族の領地から滅多に出てきません。紛争や戦闘には、魔物が駆り出されることが多いんです」

「それなのにどうして今回に限ってそんな強い魔族が……」


 ユー様が思案げに呟いた。


「お、恐らくですが、教皇様の行幸に関係があると思われます。教会と魔族は歴史的にずっと対立していますから」


 ご迷惑をおかけして申し訳ございません、とリリィ様は頭を下げた。


 そうだろうか。

 あの魔族はむしろ、クレア様を狙っていたように感じる。

 アリストの感じからすると、何かの仕事の最中にちょうどクレア様を見つけたから襲ってきた、というような口ぶりだった。


 私の思案をよそに、リリィ様は続けた。


「きょ、教会はその教義において、魔族の存在を認めていません。滅ぼすべきものと定義しています。彼らには会話・交渉の余地がありません。彼らの目的はこの世界の滅亡ですから」


 公平・博愛を謳う教会ですら問答無用で敵視しているという辺りに、私は少し違和感を抱いた。

 そもそも魔族は、世界の滅亡なんて求めてどうするのだろう。

 私と同じ疑問を抱いたのか、クレア様が怪訝な顔をする。


「世界の滅亡? それは人間社会・文明の駆逐、という意味ですの?」

「いえ、クレア様。魔族の言う世界の滅亡というのは、言葉の通り自分たちをも含めた世界全ての滅亡です」


 クレア様の疑問にミシャが答えた。

 彼女も教会の人間だから、魔族について一通りの知識はあるらしい。


「自分たちも含めた? そんなことをしたら自分たちまで死んでしまうじゃありませんのよ」

「は、はい。魔族の価値観は人間には理解不能です。ですから、会話や交渉の余地がないのです」


 確かに、世界の一切の滅亡を願うような相手に、話し合いや交渉は無理だろう。


「ま、魔族領に近い帝国においては、時々魔族との遭遇があります。自分から魔族領に赴かない限りは、今回のような大物と出会うことはもうさすがにないと思いますが、でも皆さん、十分に注意なさって下さい」

「注意と言われましても、あんなのどう注意すればいいんですのよ」


 クレア様がぼやくように言った。

 確かに、あの強さを誇る存在が襲ってきたら、その時々の全力で戦う以外に対策がないような気がする。


「魔族に抗するノウハウについては、教会に一日の長があります。そのうちの一つがこれです」


 リリィ様は短剣を引き抜いて見せた。


「こ、この短剣は祝福と呼ばれる水属性魔法を帯びた魔道具の武器です。祝福が掛けられた武器は魔族に傷を与えやすくなります。先ほどの戦闘では、フリーダさんの武器も弱い祝福が掛けられていたようですね」


 そう言えばフリーダはあれは業物だと言っていた。

 あれは祝福を受けた武器という意味だったのか。

 そんなものを真っ二つにしたあのアリストという魔族は、やはりただものではない。


「こ、今回の先行派遣に当たって、大聖堂から皆さんに祝福された魔道具を貸与するように命じられています。ここにいる皆さんは全員魔法使いですから、魔法杖をお渡ししますね」


 そう言うと、リリィ様は連れてきた教会関係者に荷物を運ばせた。

 一つ一つ布でくるまれた包みが見えた。

 リリィ様はその内の一つを開けて私たちに示した。


「こ、この魔法杖の魔法石には祝福がかけられています。この祝福自体は水魔法ですが、使用する魔法の属性には影響を与えません。そこは安心なさって下さい」


 飽くまで魔族対策だ、とリリィ様は言う。


「リリィ様、その祝福という魔法自体を教えて頂くことは出来ないんですか?」

「そ、それはちょっと流石に……。祝福の魔法構成は教会の秘技ですので……。月の涙以上の特級秘密事項です。祝福を使えるのは代々の教皇様だけですから」


 曰く、祝福の掛かった魔法石は、教会にとって貴重な収入源でもあるらしい。

 自分で祝福が使えるようになれば、色々と応用が利くと思ったのだが、流石にそう易々と教えて貰えるものではないようだ。


「しゅ、祝福を受けた魔道具は貴重なので、申し訳ないですが一人一つずつの貸与となります。大事に扱って下さいね」


 私たちはリリィ様から魔法杖を受け取った。

 観察してみると、祝福を受けた魔法杖は先端にある魔法石が四大属性の象徴色とは異なる無色透明だった。

 純粋な水魔法なら青になるはずなので、確かにこれは少し特異な魔法なのだろう。


「ま、魔族の弱点は魔物と同じく核となる魔法石です。理由は分かりませんが、位置は大体人間の心臓と同じ位置にあることが多いです。覚えておいて下さい」


 そう言って、リリィ様は魔族講座を終えた。


「リリィ様、色々教えて下さってありがとうございます」

「い、いえ、とんでもないです」


 レボリリの原作知識でその存在自体は知っていたものの、魔族の生態についての知識は皆無に等しい状態だったので、今回の話はとても有意義だった。

 おまけに祝福武器の貸与まで。


「なにかお礼を……」

「そ、そんな……、これはリリィのお仕事ですし……。あ、でも――」

「なんですか? なんでも仰って下さい」

「じゃ、じゃあ、この後少し時間はありますか? 久しぶりにお茶でも――」

「喜んで。積もる話もありますし」


 そんなことでいいなら、いくらでも。

 と、私は応じたのだが、


「リリィ、そのお茶会、当然わたくしも同席していいんですのよね?」


 正妻が怖い顔で咎めてきた。


「も、もちろんです。クレア様の目を盗んで、あわよくばレイさんとの仲をなんて……あばばば……」


 リリィ様、口に出てる出てる。


「全く。油断も隙もありゃしないですわ」

「……ちっ、しくったぜ」

「……リリィ様?」

「リリィ?」

「あ、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 久しぶりに聞いた、リリィ様の罵倒癖だった。


「べ、別人格はマナリア様に解呪して頂いたんですが、どうも最近、またあの癖が出るようになってしまって……」

「……まあ、いいんですけれど……」

「なんかもう、リリィ様はそれがないとっていう気もしますよね」

「そ、そんなあ……」


 涙目になるリリィ様を部屋に招いて、私たちは夜まで話し込んだ。

 メイやアレアと一緒に夕飯を食べてから、リリィ様は帰っていった。


「そ、それじゃあ、また逢い引きしましょうね、レイさん」

「さっさと帰りなさい」


 別れ際に、リリィ様とクレア様との間で小競り合いがあったことも記しておく。

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