第117話 適正計測

「クレア様、準備できました」

「結構。それじゃあ、行きましょう」


 時刻は朝の八時。

 太陽は低い位置にあり、気温もまだそれほど上がっていない。

 もう四の月とはいえ、この時刻はまだまだ冷える。


「おでかけですわー」

「おでかけ!」


 メイとアレアには暖かな上着を着せてある。

 なんとクレア様の手縫いである。

 縫製ギルドの製品かと見間違うほどの完成度の上着は、さすがクレア様という他ない。

 メイはクレア様と、アレアは私と手を繋いで、バウアー大聖堂へと続く道を歩いて行く。


「まほう、はやくつかいたいですわー」

「メイはクレアおかあさまといっしょの……えーっと、てきせー? がいい!」


 私たちがなぜ揃って外出しているかというと、今日は二人の魔法適正を測って貰う日だからである。

 革命後、王国は魔法をさらに重要視するようになった。

 その一環として、市民たちは六歳になると、魔法適正を調べることが義務づけられるようになったのである。

 魔法適正は年齢によって揺らぎがある。

 生まれたての頃は適正が小さかった者も、成長するとある程度の適正を得たりすることがある。

 それがひとまず安定するのが、六歳くらいと考えられているのだ。


 メイとアレアの誕生日は十二の月、十三の日。

 今から四ヶ月ほど前に六歳になった。

 二人はクレア様や私が魔法を使うところを何度も見ているので、自分たちも使ってみたいとしきりに言っている。

 魔法適正の計測を待つまでもなく、クレア様や私が魔法を手ほどきしてもいいのだが、魔法という技術は最初が一番危ういと言われている。

 適正の違う者がその人の感覚で別の適正を持つ者に魔法の使い方を教えると、思わぬ事故に繋がることがあるからだ。

 私はクレア様と話し合って、魔法を教えるのは二人の適正が安定して計れるようになってからにしようと決めた。


「クレアおかあさまはひがつかえるんですのよねー?」

「そうですわ。わたくしは火の高適正ですわ」

「わたくしはどのてきせーだとおもいますのー?」


 アレアが無邪気にそんなことを聞いている。


「そうですわね。アレアはなんとなく風の適正を持っている気がしますわ。とても器用ですもの」


 クレア様も特に構えることなく、そんな答えを返した。

 クレア様が言うとおり、アレアは非常に器用である。

 年齢のせいもあるのかもしれないが、それでも色んな事を覚えるのが非常に早い。

 リリィ様に聞いたところ、読み書きや計算もメイよりずっと覚えるのが早かったらしい。


「ねぇねぇ、メイはー? メイはどんなてきせー?」


 繋いだ手をぶらぶらさせながら、メイもクレア様に問う。

 どうでもいいけど、二人とも私には聞いてくれないのね。

 いいもん、寂しくないもん。

 ぐすん。


「ふふ、メイは火かもしれませんわね。とっても元気ですもの」

「やったー! クレアおかあさまといっしょー!」


 まだ決まったわけでもないのに、メイは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。

 アレアが内気というわけでは決してないが、メイの方が元気なのも間違いない。

 アレアは何かと大人の真似をして背伸びしたがるのに比べて、メイの方はまだまだ無邪気である。


「わたくしもクレアおかあさまといっしょがよかったですわー」

「まだ決まったわけじゃないよ、アレア。それに、風だったとしたら、クレア様が尊敬するマナリア様と同じだよ?」

「マナリアおねえさまと!?」


 しょげて顔を伏せていたアレアはばっと顔を上げて、キラキラした瞳で私を見た。


「なら、わたくしもくあっどきゃすたーになれますのー?」

「いや、それは流石にどうかな。クアッドキャスターはまだ世界で一人だけ、マナリア様しか確認されてないからね」

「でも、かのうせーはあるんですのー?」

「それは……まあね」


 あんまり期待させすぎるのもよくないと思ったのだが、すっかり機嫌を取り戻したアレアを見ていたら、強く言い含めることは躊躇われた。

 私はこの子たちに本当に弱い。


「そろそろ見えてきましたわよ」


 クレア様の声に前を向くと、大聖堂の厳かなたたずまいが見えてくるところだった。

 すでに親子連れの行列が出来ていて、皆、期待に目を輝かせているようだった。


「わたくしたちも並びますわよ」

「はいですわー」

「はーい!」


 列の最後尾に四人で並ぶ。

 列は比較的順調に流れているようだった。

 これならそれほど待たなくて済むかも知れない。


「メイ、しりとりしませんことー?」

「いいよ!」

「じゃあ、しりとりのりからですわよー?」

「リス!」

「すずめ、ですわー」

「め、め、め……めいろ!」

「ロッド、ですわー」

「ド、ド、ド……どかん!」

「メイのまけですわー」

「あ! いまのなし!」


 まだ並んだばかりだが、そこはやはり子どもである。

 メイとアレアは手持ち無沙汰なのか、しりとりを始めた。

 語彙を増やすにはもってこいの遊びなので、クレア様や私ともよくやる。


「じゃあ、もう一回ドからですわー」

「ド、ド、ド……どうくつ!」

「つですわねー。つな、ですわ」

「な、な、な、なかよし!」

「それはアリですのー?」

「ありだよ! だっていつもクレアおかあさまとレイおかあさま、しんしつでなかよししてるもん!」


 待ちなさい、キミたち。


「め、メイ? その仲良しってどういう意味?」

「? そのままだよ? 仲良くすること!」

「そ、そう……」


 冷や汗が出た。

 前世の隠語ではあるが、仲良しという言葉にはアレな意味が込められることがある。

 見れば、クレア様も額に一筋汗が伝っていた。

 子どもって何でも受け入れるから怖い。


 その後も順調に列は進み、ほどなくメイとアレアの順番が来た。

 応対に当たってくれたのは、見知った顔だった。


「これはこれはクレア様、レイさん」

「お久しぶりですわ、司祭長」

「ご無沙汰してます」


 二人を担当してくれたのは、革命前、リリィ様と一緒に奉納舞の練習を指導してくれた司祭長だった。

 生真面目な人で指導は厳しかったけど、信頼出来る女性だ。


「しさいちょうさま、こんにちはですわー」

「こんにちは!」

「……! え、ええ、こんにちは」


 司祭長は双子とも面識があるらしい。

 ただ、その顔には驚きの表情が浮かんでいる。


「驚きました。二人がこんなに表情豊かになるなんて」


 ああ、そうか。

 司祭長が知っているメイとアレアは、まだ心を閉ざしていた頃の二人なのだろう。


 メイとアレアは肉親を亡くしてからしばらく、孤児としてスラム街で暮らしていた。

 子ども二人でどうやって暮らしていたかというと、二人は魔法石を売っていたのだ。

 メイとアレアには血の呪いがある。

 彼女たちの血を浴びたものは、魔法石になってしまうのだ。

 幸い、魔法力の強い者には効果が薄く、そういう理由もあって二人の世話をしたのがそもそも二人との始まりなのだが、それについては今は割愛する。

 メイたちは教会に引き取られていた時期があるのである。


「クレア様たちに預かって頂いて、本当に良かったです」


 司祭長は珍しく相好を崩して微笑んだ。

 彼女なりに、メイとアレアのことを案じてくれていたのだろう。

 教会も色々と問題を抱えているとリリィ様が言っていたけど、彼女のような人がいるのだから、まだまだ捨てたものではない。


「さあ、計測をしてしまいましょう。二人とも、そこの水晶玉に手を乗せて」

「こう?」

「こうですのー?」


 二つある水晶のような魔道具に、メイとアレアがそれぞれ手を乗せた。

 魔道具がまばゆい光を放つ。


 ――ただし、メイの方だけ。


「おかしいですね……?」


 司祭長も困惑している。

 魔道具の故障が疑われたので、水晶を取り替えてもう一度計測が行われた。

 しかし、やはりアレアの方は光らない。


「これは……」


 司祭長が沈痛な面持ちになっている。


「何か問題が?」

「いえ、今の時点では何とも。結果を精査してからお答え申し上げます」


 思わず、といった様子で尋ねたクレア様に対して、司祭長はそう答えた。

 結果は後日手紙で届くらしい。


「計測は以上です。お疲れ様でした」


 クレア様も私も嫌な予感がしていたが、その日はとりあえず帰路に就いた。

 途中、


「メイはなんのてきせいかなー?」

「わたくしはきっとかぜですわー。クレアおかあさまがいっていましたものー」


 無邪気に盛り上がる二人。

 私は二人の笑顔が陰ることになるのでは、と憂鬱な気分になるのだった。

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